現代キリスト教倫理の基本問題

現代キリスト教倫理の基本問題

ー序ー
第1章 キリスト教倫理の構造
 _第1節 倫理の概念的命題(1)(2)(3)(4)(5)
  _第2節 キリスト教倫理の形成と超越(1)(2)(3)(4)
第2章 倫理における超越としての神
 _第1節 宗教と倫理(1)(2)(3)(4)
 _第2節 現代の神学的神理解(1)(2)(3)
  _第3節 現代キリスト教倫理学の基本構造
第3章 「神の前で、神と共にある、神なし」の倫理学
_第1節 倫理的決断に至る現実認識における提題の意味(1)(2)
_第2節「神なし」の現実 世俗化の本質聖書における「神なし」のススメ(1)(2)世俗化と世俗主義
_第3節「神と共に」あること 「存在の深み」としてのインマヌエルー1ー ー2ー非汎神論的「神と共に」
_第4節 「神の前」での認識
小さなまとめと脚注

第1章 キリスト教倫理の構造

第1節 倫理の概念的命題(5)

 こうして、自然法をも含めたすべての倫理的実践行為が形而上学的超越としての神に基礎づけられ、そこから体系化されたものが「倫理」概念となったのである。

古代ギリシャ人は人間の四元徳として、知恵、節度、勇気、正義、を考えていたと言われるが、それらの人間の善性は、人間が神的なものから創造された際にその神的なものの一部として人間に本性的に備わっているものであり、この神的本性を開発し、形成していくことをもって「倫理」を位置づけたのである。

アリストテレスは、先に挙げた『ニコマコス倫理学』の中で「人間の善とは、人間の卓越性(アレテー)に即しての、またもしその卓越性が幾つかあるときには、最も善き最も究極的な卓越性に即しての魂の活動である。」(7)と述べているが、彼が、究極の卓越性として「不動の第一動因」としての超越(神)を前提としていたことは言うまでもないことである。

 そして、このような「倫理」概念の倫理的動機と究極的目的としての形而上学的基礎づけが、実は、倫理学の基本的問題として歴史的に西洋倫理思想を発達させると同時に、それぞれの倫理学の根本に置かれ、倫理学を特色づけ、真、善、美、法、良心、哲学と神学、奴隷意志と自由意志、特殊性と一般性、倫理と宗教などの問題の根底に横たわってきたのである。

従って、キリスト教倫理学の特殊性と普遍性を論じる場合にも、この問題は焦眉の課題となる。

 問題はその「倫理学」の基礎づけとしての形而上学的超越概念の崩壊にあるが、この問題は歴史的には西洋哲学思想とキリスト教神学の中で深められてきたので、キリスト教倫理学の形成史を概観することによっていっそう明らかとなる。