日々の糧を与えたまえ
小副川 幸孝(著)
本書は、日本福音ルーテル久留米教会での説教を無作為に二二編選び、録音テープから起こし、文章としての体裁を少し整えたものです。毎週の説教のための原稿はありますが、その原稿を基にしなかったのは、実際に語り、また聞かれたとおりの生きた説教ということを大事にしたいと願ったからです。…(本書「はじめに」より)
定価:本体 2500円(税別); ISBN:4-947668-73-3; 発行所:リトン; (全240頁)
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愛することと信じること
小副川 幸孝(著)
本書は、キリスト教の基本的、本質的思想内容を知的誠実さに欠けることなく理性的に理解するために書かれました。(…)
人間が呪術的宗教から解放され、非宗教的になること自体はすべての事柄を人間的次元の中で引き受け、これを解決していこうとする人間の自立の豊かさの形態として、歓迎されるべきことであるに違いありません。その意味で、人は、ようやくにして「主の名をみだりに唱えなくなった」のです。何もかもを神秘のベールで包み、人間の弱みにつけこむような宗教のいやらしさが、もはや無用の長物となり、人間は自分の責任を明白に自覚しなければならないし、それと同時に、宗教もまた、宗教本来の意義が厳しく問われ、こうして非宗教的であることによって、相互に何が本当に大切であるかが認識されるようになってきたのです。(…)
キリスト教の概論的著述はキリスト教についての学問の総体であり、それが学問である以上、客観的検証が必要とされることは当然のことですが、そこに留まってしまうものではなく、そこから開かれる新しい世界に直接的に向かうものです。…(本書「はじめに」より)
定価:本体 1500円(税別); ISBN:4-400-51996-1; 発行所:新教出版社; (全160頁)
人間が呪術的宗教から解放され、非宗教的になること自体はすべての事柄を人間的次元の中で引き受け、これを解決していこうとする人間の自立の豊かさの形態として、歓迎されるべきことであるに違いありません。その意味で、人は、ようやくにして「主の名をみだりに唱えなくなった」のです。何もかもを神秘のベールで包み、人間の弱みにつけこむような宗教のいやらしさが、もはや無用の長物となり、人間は自分の責任を明白に自覚しなければならないし、それと同時に、宗教もまた、宗教本来の意義が厳しく問われ、こうして非宗教的であることによって、相互に何が本当に大切であるかが認識されるようになってきたのです。(…)
キリスト教の概論的著述はキリスト教についての学問の総体であり、それが学問である以上、客観的検証が必要とされることは当然のことですが、そこに留まってしまうものではなく、そこから開かれる新しい世界に直接的に向かうものです。…(本書「はじめに」より)
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翻って生きよー希望を生きるー
小副川幸孝(著)
ISBN:4-400-51145-6;新教出版社(全176頁)
神学的に言えば、聖書本文の非宗教的解釈ということを考え続けながら、如何せん、如何せんと思いつつ、私自身も教壇や説教壇に立ち続けて来ました。この本に収録されている短い説教や講話は、その一つの試みですし、生きることに疲れている人々のために、特に、未来を生き抜こうとする青年たちのためになされたものです。(本書「序」より)
目次:序/翻って生きよー生きることの意味ー/キリストに従う/希望を生きる/覚書
この著書は品切れです。
小副川幸孝(著)
ISBN:4-400-51145-6;新教出版社(全176頁)
神学的に言えば、聖書本文の非宗教的解釈ということを考え続けながら、如何せん、如何せんと思いつつ、私自身も教壇や説教壇に立ち続けて来ました。この本に収録されている短い説教や講話は、その一つの試みですし、生きることに疲れている人々のために、特に、未来を生き抜こうとする青年たちのためになされたものです。(本書「序」より)
目次:序/翻って生きよー生きることの意味ー/キリストに従う/希望を生きる/覚書
この著書は品切れです。