「家庭」を意味する英語の「Home(ホーム)」は、住居や住まい、「うち」や故里、国など、多義的な意味を持つ言葉であり、人間の帰属場所、根元的なアイデンティティーを見い出す場所を意味している。ギリシャ語の「ケイスサイ」は、本来、横たわったり眠ったりすることを意味する言葉で、人が休息をする場所を意味している。つまり、ホームとしての家庭は、人が安心して休息をとり、生きるための生命の根元的活力を得る場所を意味している。従って、家庭の第一義的な意味は、その役割と機能からきており、いわば人間にとっての帰還基地のような機能を持つ場所を意味している。
人間は、第一に、生物として生きるために休息を必要とする。人間の組織や細胞は休息なしにその活動を継続することができない。休息は生物としての人間にとって必要不可欠なものであり、人間はそのための空間と場所を必要としている。それ故、外の脅威から守られ、安心して休息がとれる場所を、人は自らの手で形成しようとする。それは、生物学的本能的行為であり、家庭はこの行為の延長として形成される。
従って、家族は共同してこの休息の場所を形成しようとするし、そうして形成された場所としての家庭が自己の休息の場であることを第一義的に期待する。「家に帰るとほっとする」とか「安心する」とかいうのは、この家庭の第一義的な機能が良く働いている場合であり、「家庭の崩壊」といわれる多くの場合は、この「安心して休息をとる」という家庭の第一義的機能が破壊されたり失われたりしている場合である。
たとえば、19歳の息子が父親を金属バットで殴り殺すという悲惨な家庭崩壊の事件の場合がその代表的なケースと言えよう。この事件は、当時の多くの日本人が、いわゆる「典型的な理想の家庭」、「あるべき普通の家庭」として思い描いているような家庭で起こったし、その事件の背景となった問題も、どこにでも見い出せるようなものであっただけに、極めて衝撃的なものであった。
殺された父親は、一流といわれるような大学を出て、企業戦士として骨肉を削るような努力をし、ある程度の成功を収めた人であった。そして、現在の日本のどこにでも見られるような中年期の父親のように、仕事のために家庭を顧みることが少なかったとはいえ、もし、誰かに「何のために働くのか」と尋ねられたら、「家族のため」と答えるような人であったし、彼の息子にも大きな期待を寄せていた。母親も、高等教育を受け、教養ある主婦として家庭を守り、少年を育成し、その教育には比較的熱心で、父親と同じような大学に進学することを期待していた。
少年は両親の期待に答え、順調に育ち、どこにも問題がないように思われた。しかし、挫折が起こった。大学受験に失敗し、少年は浪人し、受験一色の生活が始まった。
ある日、仕事から帰宅した父親が勉強していない少年を2階の部屋で見つけ、なじった。少年は机の横に立て掛けてあった金属バットをつかみ、階段を降りかけていた父親を追いかけ、その頭を何度も殴りつけ、続いて、台所にいた母親を殴った。母親は一命を取り留めたが、父親は死亡した。家の中は血の惨劇であり、少年はその中でうずくまっていた。
事件は、受験による人生の挫折、競争社会と学歴社会の問題、青少年のキレた衝動行動の問題、中流中年家庭の問題など、現代社会が抱える諸問題の先駆的事例としてセンセーショナルに報道された。
この事件の背景は、そう単純ではないが、家庭の第一義的機能の視点から言えば、この家庭は、受験という競争原理の中に陥ることによって、「安心して休息をとる場所」であるホームとしての機能を失い、少年のみならず、家族全員にとって、帰還基地ではなく、競争を勝ち抜いていくための前線になってしまっていることが伺い知れる。日本の平均的な中年期の家庭に特徴的な、夫は職場、妻は家庭か別の職場、子どもは学校、といった家族の集団性の危機だけではなく、競争原理に支配されることによって、家庭が「安心して眠ることさえできない場所」へと変貌していたのである。家庭がそれを形成する家族個々人が安心感を得る場所であることを失ってしまった時、その家庭そのものがストレスを生む場所となり、家族の精神のバランスが壊れていくのである。
精神分析学者の小此木啓吾は、家族成員の生活時間やリズムがばらばらで、その関係が希薄になっている現代の家族の状態を、あたかもホテルの宿泊者たちのような暮らしであるとして、「ホテル家族」と呼んでいるが、家庭はそのホテルでさえなくなってしまっているのである。その意味でも、家庭が「安心して休息をとる場所」であるという家庭の第一義的機能は再認識される必要があるように思われる。
しかし、このことを主張する家庭帰還基地論は、ドイツの精神科医H. E. リヒター(Richter)のいう「サナトリウム家族」と区別されなければならない。「サナトリウム家族」というのは、それぞれの家族の構成員にとって、家庭が自分の心身の疲れをいやし、健康のためにさまざまなケアーをしてくれるサナトリウムのような場所であると受け止められている家族であり、そこでは母親の役割への期待が大きく、彼女はサナトリウムの看護婦の役割を担わなければならない。「サナトリウム家族」は、一見したところ、家庭の第一義的機能を最も良く果たしている家族のように見えるが、しかし、家庭の重要な形成員である母親自身の疲れのいやしは無視されがちになる。このことは、今日では、老人の介護負担の問題としても重要な問題となっている。
家庭の第一義的機能としての「安心して休息をとる場所」ということは、「人間が安心をするということはどういうことか」といった、もっと根本的なことから考え直されなければならないのである。
いったい、人間の安心感はどこに由来するのだろうか。
人間が持つ安心感とその反対の不安感に関しては、精神医学と心理学が病理学的にその対処法を含めて分析しているが、それらの分析の前提となっているのは、S.キルケゴール(Kierkegaard)の「不安の概念」をより実存的に解釈したM.ハイデッガー(Heidegger)の概念規定である。S.キルケゴールは、人間の存在そのものが無限と有限、時間的なものと永遠、自由と必然などの矛盾に満ちた存在であるが故に、人間は自ら不安を生み出し、不安を人間の生の本質であると規定したが、M.ハイデッガーはそれを人間の根源的な無に対する根本的な気分として位置づけた。そして彼は、不安を日常の現存在が本来的実存に覚醒するものとして積極的に位置づけている。しかし、不安の積極的位置づけ以前に、根本的には、不安は、自分が無化されることに対する恐れを伴った気分であり、感覚的には、将来の危機や苦痛の可能性に対する不快な情動現象である。従って、安心感は、第一に自己の実存が明確に確認された時、第二に将来に対する確信が持てた時に、われわれが感じることができる可能的気分であると言うことができる。
では、人間はどこで、どのようにして、自己の実存を確認することが可能となるだろうか。M.ハイデッガーは、人間の本来的実存が、虚無、より具体的には死を認識することによって覚醒すると指摘したが、死や無は実存にとってはあくまでもネガティブなものとして感じられる。よりポジティブな実存の確認は、世界内存在としてのわれわれの存在が、その世界によって認識されていることを知覚することができる時に起こるのではないだろうか。つまり、自分の存在が自分を包んでいる世界によって受容されていることを認識することができる時に可能となるのではないだろうか。かけがえのない唯一性をもって存在している自己が、そのような存在として他から受け入れられていることを知ることによって、人は自己の実存を確認し、それによって世界をポジティブに認識しなおすことができるのである。赤ちゃんは自分を誕生させてくれた母親に優しく抱かれた時に最も安心感を覚えるといわれるが、それは、赤ちゃんが、自分の存在が母親によって無条件に受容されていることを感覚的に知ることができるからである。反対に、優しく抱かれなかったり、自分を受け入れてくれる者が側にいない時に、本質的な不安を感じて泣き出す。そのように、存在が受容されているかどうかの認識が人間の安心感と不安感に直結しているのである。
従って、家庭がホームとしての第一の機能を果たすかどうかは、家庭を形成する構成員、つまり家族が互いに「存在の受容の関係」にあるかどうかにかかっているのである。存在の受容の関係は、信頼を持って人生を生き抜くことや人間そのものを生き生きとさせる力をもち、それを「愛」と呼びかえてもよいかもしれないが、それだけにそれを形成するためには、感覚的愛情といった人間の自然発生的な感性に依存するだけではなく、意識的にそれを形成していく努力が必要とされる。
互いの存在の受容の関係の形成は、単に家庭や家族の問題に留まらず、生きることそのものにとっての重要な問題であるが、ことにその人生の基盤となる家庭における家族間の絆の形成では重要な役割を果たすことになる。ことに、新婚期や子どもの養育期ではそれほど顕著ではないが、中年期や老年期の家族にとっては、存在の受容の関係は意識的に形成される必要がある。なぜなら、新婚期は共に自分の家庭を形成しようとする意識が夫婦間に強くあるし、子どもの養育期では、家庭における子どもの養育が母子関係を中心にしてあり、父親も成長していく子どもを見ることが安らぎや憩いとなり、自然と家庭を中心とした生活が営まれやすいし、また、夫婦ともどもに子どもを中心とした家庭を形成しようとする意識をもちやすい。しかし、中年期では、子どもの社会機能が増大し、学校、職場での機能が増加するに伴って、家族の生活領域が拡散し、それと同時に、家族成員の生活のスタイルや、生き方、価値観、思想、世代の相違が顕著になり、家族間のコミュニケーションをとることが希薄になりがちである。こうした中では、家庭内での互いの存在を受容する関係の形成は意識的になされなければならないのである。また、老年期では、平均寿命が伸びるとことによって、新たに夫婦だけの生活が行われたり、体力の衰えや、病気、経済問題などに直面して、家庭生活の再出発が要求される。そうした中では、思うようにはいかない自分と他者の存在の受容は、具体的に自分の人生をどう終焉させるかといった老年期における人生最大の問題の鍵となるのである。
しかし、存在の受容の関係の形成はそう簡単なことではない。なぜなら、たとえ血縁関係にある者どうしでも、遺伝子が同一構造をもつものでも、人間はひとりひとり異なった存在であり、異なったものに対する最初の生物学的反応は「拒絶」に他ならないからである。たとえば、臓器移植の医学上の最大の難関が、移植された臓器を異物として認識し、これを排除しようとする生物学的拒絶反応をどのように抑制していくかにあるように、集団や共同体の形成上の最大の課題は、異物の認識とその異物を拒絶し、排除しようとする集団論理の抑制に他ならない。そのことは家庭の形成という生活共同体の形成の場合も同じである。ことに家族間においては、それが血縁関係にあるが故に、より複雑となるし、現代社会のように社会構造そのものが急激に変化し、その変化に伴って物事の判断基準となる価値観が多様化している社会の中では、夫と妻が育ったそれぞれの環境社会と年代、親子の世代の価値観の相違などが顕著に見られて、それぞれの存在を受容することには、ある程度の苦痛と忍耐が伴うことになる。しかし、それは「愛」の苦痛と忍耐であり、人間が生き生きと生きていることを実感するために必然となる忍耐に他ならない。
この存在の受容の関係の形成に有益な示唆を与えてくれるものの一つに、「放蕩息子のたとえ」と呼ばれる新約聖書の『ルカによる福音書』に納められたイエス・キリストの教えがある。
この「たとえ」はイエスの神理解を最も端的に示す「たとえ」の一つであるが、物語そのものは極めて象徴的で、明解である。
ある父親に二人の息子がいて、息子たちが成長し、才気に満ちた弟の方が、父の財産を分けてもらい、自分の可能性と自由を求め、父のもとを離れ、独立して町に出る。彼は、しばらくの間は自由を謳歌し、楽しみ、放蕩の限りを尽くすが、やがて持っていた財産や持ち物を使い果たし、無一物となり、食べることにも窮し始める。その人生の挫折と絶望の最悪の状態の中で、彼は父のことを思い起こし、父の許しを乞いに帰ってきた。すると父は、哀れな状態で帰ってきた弟を認め、その過ちを何一つ問わなかったばかりか、彼のために歓迎の宴会を開いて彼を迎えたのである。しかし一方、真面目に父のもとで働いてきた兄が、それに対して不満を述べ、自分は報われないと嘆いた。すると父が、この兄に、「過ちを犯したものが帰って来たことを共に喜ぼう」と答えた、というのである。
この物語の「父」は、過ちを犯した者を黙って両腕を広げて迎え入れ、喜びを持って受け入れる。イエスにとって、「神」はこのような父の姿で理解されているが、その姿は、家庭における存在の受容の姿でもある。
人は、裁かれることによってではなく、許されることによって、否定されることによってではなくて、大胆に肯定されることによって、拒絶されることによってではなく、受け入れられることによって、そのようにして初めて喜んで生きていける。もしなんらかの問題があれば、それを問題として指摘することは必要なことであるが、その指摘の根底に、こうした存在の受容の関係が形成される場合に初めて、その指摘によって前進する勇気を得ることができるのである。
そして、それはまた、犯された過ちの罪責を自らが負うという覚悟において、初めて可能となることでもある。この覚悟を持つ者によって、その側に、過ちを犯した者が生きることができる空間と場所が形成されるからである。この空間こそが、人間を生かす空間に他ならない。そして、他者の罪責を負う覚悟を相互に持つことによって、単純で愚かな思考によって生み出される「甘えの関係」は、入り込む余地がないほどに厳格に拒絶され、自立し、独立した人間としての尊重が生まれるのである。人間の自由は、ただそのような罪責を担う覚悟によってのみ成り立ち得るからである。
家族によって形成される家庭がこのような空間を生み出す時、家庭は、人間の存在の根底において「やすらぎの場」となるし、人は、そこで安心して自己の実存を確認することができるのである。そしてその実存は生きることに向かって開かれた実存となるのである。
家庭がホームとしての「真実の安心とやすらぎの場」となるための第二の条件は、家庭が未来に向かって確信を持って開かれていることである。
人間の不安の根本は人間の未来に対する不確定さに由来する。人間は、たとえあらゆるデーターをそろえ、可能な限りの予測されるものをインプットして、未来のシュミレーションを描くことができたとしても、その未来を知ることはできない。しかし、この知ることができない未来が現在の自分の実存を脅かす可能性が増大する時に、人は不安を感じる。不安は人間の実存の未来に対する危うさの感情である。従って、不安の解消は、一時的気晴らしや臨床心理学的療法、あるいは脳内分泌液の調整によってではなく、根本的には未来の確信によってのみもたらされる。それらの心理学的な、あるいは医学的な治療は一時的に有効であり得ても、根本的な解消に行き着くことはできない。不安を根本的に解消させる未来の確信は、人間の精神においては、「信じること」に属する事柄に他ならないからである。そして、自己と自分の環境を開発することを宿命づけられている人間存在にとって、未来は、ただ、「信じること」によってのみ、開かれていくからである。
それ故、精神的な次元においても、肉体的な次元においても、人間は何かを「信じる」ことなしに実存することができない生物である。それは、人間が物理的に定められた限界の中でなお永遠や無限なるものを想定することなしに実存の意味を知覚することができない存在であるからである。
かって、19世紀にF.シュライエルマッハー(Schleiermacher)が「人間にア・プリオリに存在する宗教的感情」といった概念を用いたり、20世紀初頭にR.オットー(Otto)が「聖なるものへの畏敬」といったり、心理学が「スーパーエゴ」と呼んだりして、この人間が「何かを信じることなしに生きることができない」ことを説明しようとした。それらの感性は、真実、人間存在の精神の深みに至る鋭い感性である。しかし、それらの諸概念は十分に根本から考察されてはこなかった。それは、彼らが、初めから、「信じること」によって成り立っていた西欧精神文化圏に生きていたからである。彼らにとって、「信じること」は前提であって、「創造」や「形成」の対象にはならなかったのである。しかし、今日の我々は、まず、信じることから始めなければならないし、「信じること」そのものが「形成」の課題となっているからである。
それ故、今日では、人は生きるために「信じる何か」を見い出さなければならなくなってしまっている。「信じること」は、初めからあるものではなく、人が意識的に見い出さなければならない人間実存と精神の対象に変えられてきた。そこで、人は自分の周りをキョロキョロと見回し、この対象を探ろうとする。ある人にとっては、それは身近にいる愛する者であったり、歴史的経験や事実であったり、科学的合理性であったり、あるいはまた預金通帳の残高であったり、国家や社会体制、法や社会正義、人間のヒューマニズムであったりする。しかし、今日の人間は、それらのものが「信じること」を完璧に満たしてくれないことを経験的に知っている。それにもかかわらず、人は「信じること」を必要とするが故に、多くの欺瞞と偶像に満たされてしまう。
だが、それら一切のものの背後で、それらのものを排除して、信じるに足る何もないと感じられる地平においても、なお信じることを必要とする人間の存在を満たすもの、伝統的な概念を用いて言えば、それが「神」であり、この「神」を信じる行為の総称を「宗教」とすれば、「宗教」が人間の不安の解消に有効なものと考えられれきたことは正当なことである。ただし、ここで言う「宗教」とは、あたかも不安を解消させるようで、実際は危機意識と不安を煽り立てるような多くの偽宗教でもなければ、現実に組織化されて、その運営のためだけに個人の犠牲を強いるような閉鎖集団のことではなく、超越的なものを信じる人間の行為のことである。「宗教」という概念は、非理性的、非現実的のものとしてではなく、最も深く理性的・現実的に考え直されなければならないのである。「宗教」は、限界を持ち、不確かな状態でしかない人間の実存が、その未来に対して確信を持って生きるために必要な究極なものへの信頼の行為の総称を言うのである。そして、そのように理解される「宗教」のみが、人間の「不安」を真実に解消することができるのであり、それは、個人の精神の有り様に属することである。だから、このことは家庭を形成する家族が同一の宗教団体に属さなければならないということでも、もちろん、ない。
「信じること」の究極が「神を信じること」であり、「宗教」的行為であるとするならば、それは、変化していく諸現象ではなく、また諸現象の総括的理性的理解でもなく、諸現象の背後、もしくは根底に隠されている「本質」を見つめることであり、その見えない「本質」を喜びを持って自らの根底として受け入れることを意味している。
「信じること」は、我々が想像する以上に、あらゆることを越えた超越的なことがらであり、また、現実の現象のあらゆることを越えていこうとする時にのみ成り立つ。たとえば聖書は、旧約聖書と新約聖書の両方を貫いて、一貫して、「信じること」が人間の絶望の極みで成立することを教えるし、S.キルケゴールは、「人間の目が絶望の暗闇しか見ないところで、信仰は神を見る」と語る。「信じること」はあらゆる現象を越えることであり、現象の背後に向かうことである。従って、「信じること」はそこに向かおうとする人間の意志と相関関係にある。それ故、家庭が未来に対して確信を持って開かれているということは、家庭を形成する形成員としての家族が、現実のあらゆる諸現象を越えて、たとえそれがどのように悲惨なものであれ、その未来を信じる姿勢を貫こうとすることに他ならない。
家庭は、社会的、経済的危機や身体的、生命的危機の嵐に遭遇する。その危機の嵐の中で、危機に直面した家庭の構成員である家族の個々が、なお未来を信じる姿勢を貫こうとする時、その家庭は未来に対する確信の場を作り出すのである。西欧文化の源流の一つとなり、家庭形成において、世界で最も優れた形態を持つものの一つにユダヤ民族の家庭があげられるが、伝統的なユダヤの家父長制度的家庭の中での父親の第一の役目が、子どもに「信じること」を教えることであり、家庭が何よりもその教育の場であったのは、この民族が、幾多の歴史的に悲惨な現実に遭遇しても、ただ「信じること」によって生き延びることができるということを知っていたからに他ならない。今日の社会の中では、その教育の役割は、母親と学校の教師にすり替えられているが、家庭はあらゆる事柄を通して、「未来を信じること」を教え、また学ぶ場である。このことは、家庭の第三の機能に位置づけられるが、それらを通して指し示されることが「自分たちの未来を確信を持って信じること」である時、家庭は「安心して休息をとる場」として形成されていくのである。
これらのことは、家庭での子どもの人格形成期、つまり、家族社会学で言うライフスタイルの中での子どもの養育期と成長期、および、人生の再出発を考えなければならない老年期においては特に重要なこととなる。幼児期において、子どもはその親が見ているものを見ようとすることによって人生を始める。それ故、未来を見つめる姿勢は親の責任となる。この時に、親が薄っぺらな諸現象に右往左往させられるなら、子どもの情緒は不安定なものとなる。親自身が、過去と現在と未来を貫く本質を自らの根底において、「未来を確信を持って信じて生きる」姿勢を持って、その未来を見つめる責任があるのである。
「未来を信じること」が重要なこととなるのは、子どもの養育期以上に、自分の人生に対する深い反省と、このようにして生きる他にはなかったという諦念が渦巻き、健康や経済生活の不安が増大する老年期である。このことは、これまであまり考えられてはこなかったが、「自分たちの未来を信じること」の形成は人生の終わりを迎えようとする老年期においてこそ重要なこととなるのである。人は、希望を持って自分の生涯を終わることができることを学ばなければならないのである。「あくまでも希望の内に死を迎える」という姿勢は、死の受容において重要なことであり、その「信じるもの」は、肉体の老化や衰弱、あるいは永遠の別離の悲しみなどの辛い現実を越えたものでなければならない。老年期の家庭を形成するものが、このような確信を持つことができる時、家庭は、ホームとして、その第一の機能を果たすものとして形成されるのである。