K's Community 現代倫理学概説

その6


<人間とは何かの考察の歴史(2)>

 ともあれ、こうしたプラトンに代表されるような古代ギリシャ思想とキリスト教に継承されていったヘブライ思想とが合流し、西洋思想の源流となって中世を貫いていったことは、一般に指摘されるとうりです。
中世の長い歴史的過程の中で、ある時はプラトンに、またある時は古代ギリシャ思想をまとめあげたアリストテレスに、そしてキリスト教の聖書のメッセージそのものに、繰り返し立ち返っていくような思想の運動が展開されていきました。
その中世の入り口に巨大な裾野を広げてそびえ立っているのが紀元5世紀のアウグスティヌス(A. Augustinus)です。
 アウグステッィヌスの思想は、プラトンの哲学、特にネオプラトン主義の影響を強く受けたと言われ、ネオプラトニストのプロティヌスと同様に、人間を最も聖なる至高の存在と最も下位の存在の中間的存在として位置づけ、人間はその精神(魂)の有り様によって、最も聖なる存在へと上昇することもできるし、最も下位の存在へと堕落することもある、そのような生命の連続性の中の中間に置かれた存在として理解していました。
この中間存在としての人間理解は、その後の中世を貫いて宗教的ヒエラルキーの制度化とともに西欧の人間理解の太い線として流れていきますし、「聖化」や「堕落」といったキリスト教の教会教義を基礎づける根本概念となっていきました。
つまり「聖化」は、生命の連続性における上位存在への上昇であり、「堕落」はその下降というわけです。
 アウグスティヌスは、彼の主要著作の一つでもある『三位一体論(De Trinitate)』の中で、「人間とは、古き人々が定義したように理性的かつ死ぬべき動物である」(*7) と述べ、古代ギリシャの思想家たちがおこなったように、人間を「魂と身体の統一体」として理解し、理性的であることによって動物と区別され、死ぬべき存在であることによって神的なものから区別されると考えていました。
それは、人間の存在が、死という存在の究極的限界の中におかれつつも、なお、神的な超越に向かって開かれた存在であることを意味し、その理性において神的超越に向かいうる存在として人間を位置づけていたことを示しています。 その意味においては、彼はギリシャ哲学の人間理解を継承し、これをキリスト教的神理解において深めていったと言えると思われます。
 しかし、ギリシャ哲学がその全体的な傾向において人間をコスモス的秩序の一部として考えていたのに比して、かってソクラテスが「理性」概念において人間学的集中を示したように、アウグスティヌスは個々の存在としての人間の現実的実存の在り方を問題にし、人間の内面へと集中しました。
「あなた(神)のうちに憩うまでは、安らぎをえません」(*8) と記して、自己の本質的不安から安息にいたるまでの苦闘した精神的遍歴をつづった、全13巻にも及ぶ著名な『告白(Confessionum Libri)』を表したのはそのためでした。
『告白』は、彼が43歳の時のA.D.397年に書き始められています。
 歴史家たちは、彼が自己の内面、魂に集中したのは、彼が生きた時代がローマ帝国の崩壊期であり、「ギリシャ的コスモス概念」そのものが崩壊していたからだと指摘するかも知れませんし、心理学者たちは、彼の青年時代の苦渋に満ちた精神遍歴を指摘するかも知れません。
しかし、いずれにしても、彼が自己の内面、魂のあり方、心(cor)と苦闘し、ことに「罪」と「罪の自覚」の問題を深く掘り下げたことは、その後の西欧精神史に多大な影響を与えました。
彼は、人間の本質的欠如の宗教的概念である「原罪」をアダムからの遺伝として理解しましたが、それは人間の生物学的問題としてではなく、すべての人間が自らの力ではどうあがいても「まぬがれることができない罪」の中に置かれているということの強調に他なりませんでした。
彼は神の前で自分の罪が自覚されることを経験します。「あなたは、わたしがいかに醜く、いかにひねくれ、不潔で、汚らわしく、傷ついているかを悟らせるために、わたしをわたしの面前に立たせました。」(*9) と告白します。
そして、彼の思想のすべては、この罪の問題とそこからの救済の問題に注がれたのです。
彼はこの救済の問題に時間的・歴史的視座を取り入れ、人間の現存在が歴史的にも中間的過程に置かれていることを認識し、罪を背負う人間の救済のためになされる神の「恩寵」の歴史を開示したのです。
それによって、彼は、人間が、罪ある存在ではあるが、同時に神の恵みの歴史の中にもあり得る存在でもあることを明瞭にし、神の恵みの歴史を認識し、その神の救済の歴史を歩む人間を「神に選ばれた人間」という概念で指し示したのです。
 このアウグスティヌスの人間の現存在への理解は、その後の中世の人間理解を貫いていきました。
人間は罪ある存在であり、また、信仰によって神の恵みの中に置かれ得る存在であるという極めて平易な人間理解は、中世の人々にあまねく行き渡りました。
 その後、中世ヨーロッパの思想的営みは、キリスト教会の勢力の増大によって、もっぱら教会の神学的営みの中で行われるようになり、人間論は、9世紀のヨハネス・スコットゥス(Johannes Scottus またはEriugenaとも呼ばれている)などのように、アウグスティヌスが前提にしたイデア的人間へと関心を移行させていきました。
全体的に見れば、人間は「霊と肉」の二元論的構造の中で理解され、イデアとしての人間は、神の精神において、神の似姿(Imago Dei)として、創造された知性的イデアであると定義づけられて、人間のスピリチュアルな部分、つまり、「霊」、「魂」、「精神」が強調されたのです。
それによって、いわば人間の概念的抽象化が進展したと言えるかも知れませんが、これは、プラトン哲学、あるいはネオプラトニズムの「イデア論」の影響を受けて発展してきた中世初期の人間論の必然的結果とも言えるように思われます。
 こうした抽象化された人間論を現実の実体へと引き戻したのは、ちょうどプラトンのイデア論に対してその弟子のアリストテレスが「現実態」を主張したように、アリストテレスの哲学を基盤にして神学思想を展開したトマス・アクィナス(Thomas Aquinas)でした。
 12世紀から13世紀にかけて、十字軍の遠征によってもたらされたアラビア文化で、それまでイスラム文化圏の中で埋もれていて一部しか知られていなかったアリストテレスの哲学のほぼ全容が知られるようになり、トマスは、それまでのプラトン主義的な人間論を引き継ぎつつも、アリストテレスの現実的で合理的な哲学体系を用いて、常に人間の「実体」を射程に入れる人間論を確立したのです。(*10)
 彼はアリストテレスの「形相」と「質料」という「実体」の分析概念を用いて、それまで二元論的に分離されて思考されてきた人間の「魂」と「体」の関係を説明し、それによって、人間が「霊的実体(spiritualis substantia)と物体的実体(corporalis substantia)とから複合されている」(*11) 存在であることを説き、「魂」という形相が「体」という質料と結合して、人間の「実体」を形成すると主張したのです。
つまり、人間においては、「魂」と「体」は結合しており、「魂」がその質料である「体」から離れると、人間という「実体」も消滅するし、「魂」の実体的形相は「知性」であり、人間の知性は体の形相としてのみ人間の知性であり得るのであり、それによってのみ感覚的な事柄を把握し、それを認識し、思惟することができると考えたのです。
そして、アリストテレスが考えたように、形相そのものはイデアとして普遍的であるが、その形相が個々の「体」と結合することによって人間という「実体」を形成するので、実体として存在している個々の人間こそが問題となることを指摘しました。
また、形相にそれ固有のはたらきを行わせるのは、「存在(esse)」としての神であり、その意味で、人間は「神の似像(Imago Dei)」であるが、それが「体」という質料によって限界づけられているが故に、「不完全な神の似像」に過ぎないと考えました。
そして、その不完全さが個別であることを認識したのです。
 トマスは、こうした人間論を実にち密に論じていますが、彼の人間論の最大の功績は、先述したように、彼が個々に実体として存在している「個人」という存在に十分な神学的・哲学的基礎づけを与えたことにあるように思われます。
彼のこの人間の具体的な個人性の尊重は、やがて、ルネッサンスのヒューマニズムの隠れた源流の一つになっていったように思われるからです。
個人性の尊重は、やがて因襲的な義務や束縛からの個人の自由をもたらし、トマスの影響下で進展した後期スコラ哲学が古典語の研究を促進することによって、教会の制約を受ける以前の古代の「純粋に人間的なもの」を求める方向がとられ、人文主義の運動とそれによるルネッサンスが引き起こされていきました。
 ルネッサンスは、それまでの封建勢力の崩壊にともなって台頭してきた商人や市民による芸術、建築、を初めとする文化の全般に渡っての独自の市民文化の形成を中心にした、いわば人間の生活の全領域にわたる時代の空気のような運動ですが、商業と自然科学の発達が経験主義的な思考に基盤を与え、アラビア・ビザンツェン文化の影響を受けつつ、古代ギリシャを模範にした古典的理想主義が掲げられ、文字どうり「再生(ルネッサンスはそのフランス語で、もとになったイタリア語は rinascimento)」、しかも「人間の再生」を試みたものに他なりませんでした。
「人間」を中心にした人間中心の文化運動といってもよいかも知れません。
12世紀のトマスは、人間の個人性の尊重を神学的・哲学的に基礎づけましたが、それはあくまで超越した神、「存在(esse)」によって実体を与えられる人間でした。
しかし、ルネッサンスでは、そうした「神」の存在なしに、それまで絶対的超越として位置づけられてきた「神」に対抗するものとしての「人間」が考えられたのです。
この時期を代表する一人であるピコ・デラ・ミランドラ(Giovanni Pico della Mirandola)の『人間の尊厳についての演説』(1486年)では、人間は宇宙の中央に位置し、その本性は本来は不確定のものであるが、一切の位階秩序に拘束されず、それを超越しており、欲すれば上へも下へも向かうことができる自由意志の主体であることが主張されています。
彼はプラトンとアリストテレスの根本的一致を説きましたし、その説は、単に伝統的な「中間存在としての人間」理解から「神」の概念をとっただけのようにも見えますが、「自由な主体」としての人間が主張されていることは重要なことのように思われるのです。
主要な関心は 人間の尊厳を問い直すことに他ならなかったからです。
 この時代に、現代の西洋精神を特色づけるいくつかの重要なものが明瞭な形を与えられました。
すなわち、自由な個人の人格を尊重する個人主義、理性と経験に基づく経験主義と宗教的・社会的束縛や目的に拘束されない科学技術の発達と収得、数理的認識に基づく合理的思考と世俗化などが「人間中心」の明確な意識の下で獲得されていったのです。
そして、これらの「解放の風」は西欧人の生活の全般に及び、新しい人間の可能性の意識に満たされた理性的な文化的巨人が西欧社会全土を闊歩したのです。
 一方、ルネッサンス人や人文主義者のように「人間」を有頂天に謳歌すること に背を向けて16世紀初頭の宗教改革を行ったM.ルター(Luther)は、トマス・アクィナスのアリストテレス主義を批判し、人間を神との関係において深く捕らえ、アウグスティヌスの「罪の自覚の人間学」を再登場させました。
ルターは、人間の行為としての理性的営みによってではなく、あくまでも、人間が神の恵みによってのみ救われる存在であることを主張したのです。(*12)
彼は、アウグスティヌスと同様、人間(自分)の罪の深い自覚から出発し、その罪の中で、これを救われる神を仰いだのです。
そして、「人間は罪人であるが、信仰によって同時に義人である」との信仰義認論に基づく人間理解を展開したのです。
彼の人間の罪性に対する認識は深く、その人間理解は極めて実存的です。そして、実存的であることによって、彼の人間理解は歴史を深く貫いていきました。
 こうして西欧史上に文化と社会構造全体の変革として起こったルネッサンスと宗教改革は、一方では、自由で可能性に満ちあふれ、人間としての尊厳を持ち、あらゆることがらを合理的に判断する個人としての自覚を持つ近代的人間像を提示し、もう一方で、自己の罪性と限界の認識を実存的に深めていく方向を指し示しました。
近代西欧の「人間理解」は、結局のところ、この二つの人間理解の流れを発展させていったと言っても過言ではないように思われます。
 そして、この二つの人間理解を何とかして統合し、総合的で全体的な「人間学」を形成しようとする試みが、次に登場しました。
この試みを行ったひとりは、I.カント(Kant)ではないかと思われます。
 カントは、人間が持つ理性の可能性と限界を明瞭にすることから始めて、1772 - 73年の冬学期から「人間学(Anthropologie)」と題する講義を始め、その最終講義は1796年の春まで続き、1798年にそれらをまとめて、彼自身が刊行した最後の書物として出版しました。
彼がそこで試みたものは、単に生理学的な、あるいは生物学的な人間学ではなく、自由な行為存在者としての人間の実践的見地からの基礎づけでした。(*13)
このカントの『人間学講義』をカントの哲学全体の中でどのように位置づけるかは難しいところですが、1791年以降、少なくとも5回に渡ってなされた『論理学講義』においては、人間学は哲学の総体として位置づけられています。
彼は「人間とは何か」の問いが、あらゆる問いと関係していることを明言し、総合的な人間学の形成を目指していたことが伺えます。
 その後、このカントの意図を意識して、19世紀から20世紀にかけての科学技術の驚異的発展とそれに伴ういくつかの人類全体の存亡の危機を経験し、先に述べたM.シェーラーやA.ゲーレンらを初めとする現代の哲学者たちが「総合的人間学」の必要性を説くにいたったのです。
 こうして、「人間」は、今や、可能性と限界を同時にもつ二律背反的な存在として理解されるようになり、一方では、その限界の中で、人間自身の可能性をどこまで広げるか、またどのような方向で広げていくか、個人的なレベルで言えば、自己実現をどのように図るかが大きな課題となり、他方では、救いがたい残虐性や傲慢を含めた人間の「罪性」をどのように解決していくかが重要な問題となったのです。
 それ故、ここでは、この経過と問題を充分に認識した上で、「人間とは何か」を少し具体的に考えてみることにしましょう。

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