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倫理学とは、簡単に言えば、「何が善で、何が悪か」の善悪の基準を問う学問です。
しかし善悪の基準を問う問いというのは、私たち人間がもっているさまざまな問いの一つというよりも、人間の行為を前進させるための必要不可欠で、最も根本的な問いに他なりません。
「良いことが何か」を知らずに「より良い生」を営むことができないからです。
そして、人はだれでも、自分自身とその環境を開発しなければならないという宿命を背負って生きていますが、その宿命的な開発の方向を決定づけるのが倫理学だからです。
倫理学は、方法論的には、他の諸学問と同様に、それを客観的に考察する学問ですが、今日、私たちは、ほとんど無数といってもよいくらいの倫理学に出会います。
科学や学問の発達にともなって、医学倫理、生命倫理、政治倫理、社会倫理と個人倫理、状況倫理、宗教倫理、などなど、各々の立場や分野で「倫理」と名のつく言葉が数限りなく生み出されてきました。
しかし、それがどんなものであれ、倫理学の構造は、「倫理」という言語概念によって、おおまかにではありますが、枠づけられています。
(2)日本的倫理構造
日本語の「倫理」という言葉は、「人間関係をうまく保つための道筋」という意味があります。
「倫理」の「倫」という言葉は「仲間」という意味ですし、「理」は「道筋」を意味しています。ですから、日本語表現の「倫理」という言葉で表されているものを厳密に概念規定するとすれば、「共同社会における他の仲間との関係のあるべき姿」ということになります。
日本人の多くは、いつも、「どうしたらまわりの人たちとうまくやっていけるか」に頭を悩ませますし、日本語の「幸せ」(仕合わせ)とは、「物事がうまく合わさっている状態」であり、共同体内での関係がうまくいっていることを言います。
その意味では、人間関係を考える倫理の問題は、日本人にとって、その人生の幸不幸を決定する最も重要な問題として自覚されてきました。
たとえば小中学生や高校生ですら、その多くの人たちが学校生活で最も重要なものとして、勉強や学問追求ではなく、「友人」と答えています。
従って、日本語の「倫理」という言葉が示すように、日本人にとって、「道徳」や「礼儀」といった事柄を含めて、その倫理観のほとんどは「人間関係を円滑に保つこと」によって占められ、それを基にして倫理の構造が形成されていると言っても過言ではないように思われます。
もともと、古代日本社会においては、倫理道徳思想と呼ばれるような思想的な自覚以前に、人々は、感覚的に美しいものや快いものを「ヨキ」とする道徳的感情をもとに、自分が属する共同体を保持するための素朴な自然的感情に従って「ヨシ、アシ」を決めていたと思われます。
感覚的に美しいものや快いものに対する原初的な自然感情が道徳的な感情へと移行する際に、これもまた原初的な共同体保持の感覚が働くのは、家族や仲間や村といった共同体なしには自分が存在することができないことを自覚した人間にとって、極めて自然な出来事でした。
つまり、それらの「美」や「快」や「浄」の感覚や感情は、「調和のとれた状態」を「ヨシ」とする方向へと自然に流れて行ったように思われます。
そして、「万葉集」や「枕草子」などの古典文学に代表されるような、「調和のとれた状態」を「美」として表現する豊かで美しい言語が無数に生み出され、それらがまた、倫理的価値判断を形成していきました。
こうした古代社会の感覚的倫理判断は、もちろん今日の私たちの中にも見られますが、感覚的に「ヨキ」とした「清浄感」と結びつき、やがて「赤心(日本書紀)」や「あかき心(万葉集)」といった自覚的表現を生み出し、そうした道徳的感情が日本文化独自の倫理観として根強く残る「恥の文化」へとつながって行ったように思われます。(*1)
もちろん、その場合の「恥」とは、「調和を乱すこと」に対する感覚的な知覚を意味しています。
たとえば、「恥じをかく」とは、社会的な調和を乱したという自覚によって生み出される意識であり、「恥ずかしい」は自分自身の内的混乱状態に対する感覚的自覚を意味しているのです。
そして、この古代の「清浄感」をもとにした道徳感情に、倫理思想として多大な影響を与えたのが仏教と儒教に他なりません。
しかし、仏教や儒教の受容の仕方には、日本的な「共同体の調和のとれた状態」を最優先にする独自の方法がとられました。
例えば、6世紀半ばの仏教の受容は、聖徳太子の「十七条憲法」に顕著なように、国家社会形成的な意義を第一に置いた受容でした。
つまり、ある国家的理想が先にあり、その理想に従って共同体を保持するために、仏教思想を用い、それによってその共同体を形成する個人の社会的倫理観を規定していくという構造をもつ受容だったのです。
聖徳太子と蘇我馬子によってとられた仏教奨励政策は、何よりもまず朝廷の権力誇示による国家的統一と安定のための政策であり、一般の人々がまだ床さえない小屋のようなところで生活していた時代に、法隆寺をはじめとする壮大な仏教寺院の建築を行ったのは、支配者としての朝廷の権勢を高めて、それを見上げて暮らす人々の恐れとおののきを生み出すことによる人心の統一を目的としたものでした。
十七条憲法の第一条が「和を以て貴しと為す」で始められているのは、朝廷を中心にした国家共同体の統一と安定、調和がまず第一に求められたことを明白に表わしています。
そこでは個人の存在は国家的共同体の中でのみ意味をもつものとして位置づけられているのです。(*2)
また、儒教の受容においても、例えば孟子は人間が共同生活の中で守らなければならないことを「人倫五常」として説き、「父子有親、君臣有義、夫婦有別、長幼有序、朋友有信(父と子の関係を可能にするのは親しみであり、君子と家臣は義であり、夫婦はけじめであり、年長者との間は順序、友人関係は信頼である)」(*3) と語って、この人間関係の不変の秩序を守ることによって、人がよりよく生きることができると教えましたが、この「人倫五常」の秩序維持は封建社会における主従道徳を基礎づけるものとして用いられました。
封建社会の基盤としての階級制度を安定させるために、「親しみ」や「義」、「秩序」や「礼」などの言語が用いられたのです。
つまり、仏教はその宇宙観全体において、儒教はその「有徳の思想」において、人間がその属する共同体の中でのみ生きることができる「関係存在」であることを徹底して認識させ、それによって、人は、個人として存在する以前に、社会に帰属するものであるという関係の認識を先行させたのです。
そして、国家が中央集権的封建制を確立し、社会の基本構造としての主従関係をもとにした封建制が、貴族政治や武家政治という形態を変えながらも継続していく中で、社会や共同体そのものの問題、つまり、その社会システムの構造を取り扱うことと、個人の在り方を問う道徳的な事柄とが徐々に区別され、社会システムの構造そのものを問うことがタブー視され、個人の人間関係の在り方だけを問う道徳的な問題だけが倫理的関心の主流になっていったのです。
簡単に言えば、日本人の倫理観は、その根底において、社会的、共同体的帰属意識のもとで人間関係がうまく確立されることを志向することによって形成されてきており、善悪の倫理基準が「共同体内における他者との調和」であるということ以外に体系化されたり普遍化されたりすることがなかったと言えるのです。
それは、その倫理基準の前提となっている属している共同体が異なれば、その倫理観も異なるのですから、その構造上、普遍化することが本質的にできないのです。
そのためにまた、同じ社会の中でも、「武家倫理」、「商人倫理」、「職人倫理」、「農民倫理」などの属している身分や職業によって異なった倫理観が各々に生み出されたのです。
こうした倫理観は、今日では、会社組織の維持発展を第一の命題にして多くの犠牲を強いてきた日本の産業社会の倫理観に直結し、個人の存在はただその共同体としての組織の利益のためだけに意義あるものとされたり、各々の都合と状況に応じて善悪の価値基準をくるくると変えていくような倫理的ご都合主義が、何のためらいもなく声高に主張されたりして、悪く働けば、抑圧、差別、いじめなどを生み出してしまいがちになります。
日本において、いまだに、各個人の差異を認め、それを受容していくような成人した個人主義が十分に発達しなかった理由の一端がここにあるのです。
しかし、物事の諸関係がうまく働くように諸関係を調停しようとする倫理観は、その共同体の基礎構造が確立され、社会全体が一応の安定を示そうとするときには、きわめて重要な倫理観となります。
「良し悪し」を決定する倫理的行為それ自体が、本質的に歴史的、社会的、状況的制約と結びついた事柄ですし、人間存在はその人間がもつ諸関係の中だけでしか実現しないのですから、その人間の諸関係をうまく調整することが「生きることの課題」となるからです。
洋の東西を問わず、古来より、倫理的価値基準として、「調和」や「中庸」が最も尊ばれてきたのはそのためです。
そして、「中庸」は、人間の精神性の最高の段階の一つとして位置づけられてきました。
「中庸」は、いわば「知恵」の倫理的果実とも言えるのです。
このような特定の共同体内の諸関係がうまく保てることを志向する倫理観を、ここでは「調停倫理」と呼びたいと思いますが、その意味で、調停倫理は「知恵ある者の倫理」と呼ぶことができるかもしれません。
日本においては、孔子も仏陀もイエス・キリストも、共に、一般的には非宗教的に「知恵ある者」として受け入れられてきました。
彼らは、宗教的、思想的指導者である以上に、倫理的指導者として受け入れられたのであり、またその側面が強調されてきたのです。ここで言う「知恵」という言葉は、ものごとの「真理」を知ることではなく、「うまく調和し、適合できる方法」という意味で用いられているのです。
しかし、その「知恵」理解の是非は別にしても、調停倫理はその社会の秩序の保持のためには必要不可欠なものであり、その果たす役割は極めて重要です。
人間はその人が持っている関係、その世界の中で存在し得る生物であり、その関係を整えることに生存の条件がかけられているからです。 従って、私たちが新しい倫理思想を構築するためには、この日本的倫理観が結実した「調停倫理」が持つ限界をよく認識した上で、倫理思想全体の中でそれをきちんと位置づけ、人間存在それ自体への深い理解から生まれてくる普遍的な倫理基準に基づいて、それを再構築する必要があるように思われます。
そしてそのためにはまた、普遍妥当的な倫理規範を体系化しようとしてきた西洋の倫理思想をここで概観しておく必要があります。
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