19世紀のイギリスの哲学者であり社会現象を科学的に考察しようとしたジョン・スチュアート・ミルは、早熟な幼少の頃から経済学や法学を学び、実際に、東インド会社に就職したりする中で、「功利主義」を基底に思考を展開しました。
「功利主義」は、文字通り、効率や合理性を追求する姿勢を指しますが、ミルは宇宙を統括するものが法則と秩序であることを信じていました。そして、その法則の発見のために世界の諸現象を分析しました。
宇宙(世界)を成り立たせている法則を見いだそうとすることは、古代ギリシャ以来、西欧の知的情熱が傾けられてきていた課題で、現代科学の基本的な姿勢でもありますが、ミルはこれを経験によって知ることができる現象世界に限定して考えたようです。
そのため、たとえば1848年に『経済学原理』を書き、私有財産制や経済的自由、労働者階級の地位向上などの社会の具体的な問題を取り扱ったりしました。
彼の主著は『自由論』(54年)、『代議政体論』(61年)、『功利主義論』(61年)、または婦人解放史上の記念碑的文献となった『婦人の隷属』(69年)などですが、その題名を概観しただけでも、彼が哲学的な問題以上に、社会科学的な思考をしていたことがうかがえます。
一方、同時代人であり、同じくイギリスのハーバート・スペンサーは、1860年から1896年までの37年間に渡って書き続けてきた『総合哲学大系』で、宇宙の星雲の生成から人間社会の道徳の原理展開までを、ダーウィンの進化論を基礎にして展開しました。
スペンサーは、人間が認識可能なものは現象だけに他ならず、現象の元となった事柄については不可知ではあるが、それは進化の法則に従って現象として現れるというのです。
これまでの世界観で求められてきたもの、あるいは、ミルが求めた宇宙の法則を、スペンサーは進化論であると考えたと言えるかもしれません。
スペンサーによれば、進化とは物質の結集と運動の消散であり、簡単に言えば、物質が集まってあるものが作られ、それに伴って運動力を失い安定した状態へと向かう過程のことです。集合した物質は、やがて、この両者の平衡、つまり、安定状態にいたって停止します。そして、やがて、解体(分散)の段階に至ります。
だから、世界(宇宙)は進化と解体の振り子運動が無限に存続するものであると考えました。いわば、誕生と死の繰り返しに他なりませんでした。
今、ここで見ましたように、ミルにしてもスペンサーにしても、彼らが着目したのは、世界の本質ではなく、世界の現象でした。
そして、この傾向は、やがてアメリカ合衆国の思想的根底ともなったプラグマティズム(実用主義)を生みだしたのではないかと思います。
20世紀を席巻しているプラグマティズムを提唱したアメリカのウィリアム・ジェームスは、その学問的経歴もおもしろいのですが、彼は、すべてのものが合理的な科学的法則で支配されているという世界観に問題を感じていました。
法則による世界理解は、人生や生活を一種の運命論としてしまうからです。彼は人間の倫理的責任や自由、個人の努力などを許容する理論の構築の必要性を感じたのです。
プラグマティズムは、近代が押し進めてきた科学的合理的思考と、自覚されてきた個人の自由を「価値論」で統合したもので、現代世界の基本的思考方法の一つになっていますので、次回、これを少し考えることから始めて、今回はこれまでとします。
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☆ハーバート・スペンサーの進化論的世界理解は、日本でも早くから紹介され、今日でも、生物学や歴史学、自然科学などが持つ世界観の基本的なモチーフになっているように思われます。
☆もともと、ダーウィンの進化論自体が、実験的観察と実証を伴っているとはいえ、ヘーゲル的世界観の生物学的焼き直しではないかと思いますので、スペンサーの世界理解もドイツ観念論の延長のような気もしますが、どうでしょうか。
☆それにしても、37年もの長きに渡って体系的思考を押し進め、哲学による諸科学の統合を試みたことは驚嘆に値します。
☆今回は、前回提示しました問題を、2〜3の哲学者を取り上げることで簡単にたどる作業の一部ですが、功利主義にしろ実用主義にしろ、思考そのものが実証的な領域でなされているのに気づかさせられます。
☆そして、この思考の傾向が現代思想の特徴ではないかと思っています。