<その13 教育環境の整備−5−「生徒論(2)」>
学んだ事柄を深化させ、それを発展させていくことは「学ぶ」ということの基本的な姿勢に他なりません。学んだことを「記憶する」ということと「深化させる」ということは、全く別のことです。
昨今の「学習」が「暗記」という作業にすり替わってきたのは、教えられる知識の量が膨大になってきたことや記憶力を試すようなテストによる点数至上主義による悲しい現実ですが、「学習」は「暗記」とは無縁の知的作業に他なりません。
たとえば、「understand」という英単語を学んだとします。これを、「理解する」と覚えて、「understand=理解する」と暗記することは、まだ「学習」ではなく、単なる機械的な作業を脳で行っているに過ぎないのです。「学習」は、「understand」が、なぜ「理解する」という意味をもっているのか、この言葉が表しているのがどういう状態や状況なのか、この言葉の構造はどのようになっているのか、「アンダー・スタンド」と発音される時の音の響きは何を表すのか、などを考えていくところから始まるのです。
そこから、この言葉が「under+stand」という二つの言葉の合成であり、それぞれの単語は「下に」と「立つ」であり、「下に立つ行為」を表していることがわかり、「understand」は、「謙遜になる行為」そのものを表していることが理解されます。つまり、英語の「理解する」は「謙遜になる」ことに他ならないのです。あるいはまた、「under」や「stand」の一語一語の理解を深めることも必要で、「under」は、おそらく、ある事柄を基準にしたら、その基準よりも「下方、マイナスの方向」を指し、「stand」は物事が「スッと立っている状態を表すのでしょう。「理解する」ためには「立つ」ことが必要なのです。
そこから、たとえば、日常でよく使われる慣用句で「I can not stand.」(我慢できない)という言葉がありますが、「立つことができない状態」を「我慢できない」という風に表現することや「忍耐」を「立つこと」とする言語思想が理解されていくような学習の発展が起こります。
その他、いちいち事例は挙げませんが、これらのことは、他の英単語や漢字、数学などの基礎学習から他の諸科学のすべての学習に言えることでしょう。ひとつひとつのことをこのように学んでいく時、そこで得られる知識が生きたものとなるのです。しかし、このような学びをするには、時間がかかります。だからこそ、学習には「ゆとり」が必要なのです。
学ぶ者が、こうした学びの深化と発展を行う時、学んだ事柄は自己自身の知識となって生かされていきます。そして、生きた知識というのは、それがどのような抽象的な概念であれ、極めて実用的なものなのですから、ベーコンが語ったように、「知は力」として働くのです。
さらに、学びの深化と発展の作業の中で必要なことは、学んだ知識の具体化と普遍化を行うという作業です。知識は、すべて、具体的な事柄から立ち上がってきたものですから、知り得た事柄が成り立ちうる条件や状況をきちんと限定する必要があり、その知識の限界と成立条件を具体化する必要があります。1+1=2が、いつでもどこでも成り立つのではなく、これが成り立つのは、いくつかの条件が必要なのです。
そして、こうした限界と成立条件を知ることは、そこから知識の普遍化を生み出していきます。「普遍的な真理の探求」は、こうして始まるのです。
教える者と学ぶ者が、こうした知的な作業を共同で行う時、そこに教育の基本的関係が生まれます。
残念ながら、現在の日本の学校教育では、幼稚園から大学院に至るまで、こうした学びの深化と発展が行われずに、競争原理に則った暗記教育や知識の詰め込み教育が行われていますが、「知のゆとり」がないために、そこで学ぶ多くの知識が死滅していくのが現状です。
忘却は人間の特徴であり、また、素晴らしい能力の一つでもありますが、学んだ知識が、あまりにも簡単に忘れ去られ、数学の公式や英単語など、その最たる例で、なんのための学校教育かわからなくなっています。
人は、生きるために学ぶのであって、学びはそれ以外の何ものでもないことを明瞭に自覚すること。それが、学ぶ者としての生徒論の本質でしょう。
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☆「教育」について、ずいぶん長く描いてきました。人間と教育について書き始めたのは2004年の2月ですから、もう1年半近く、この問題を取り上げてきたことになります。いつもながら、もうすこし掘り下げる必要があるのですが、ここではいくつかの問題を概観するだけにし、次回から第5章として知識と言語の問題を考えてみたいと思います。
☆知識の基本的問題は、「人間にとって知識とは、ついには何なのか」ということであり、その知識の本質である言語については、近年、言語学のめざましい発展がなされてきました。
☆言語学は人間の言語構造の分析から始めますが、それはまた、優れて解釈学や哲学の問題でもあります。
☆次回から、例によって、その当たりをぶらぶらと散策したいと思っています。
☆暑いですねぇ。「暑い、暑い」と言っても涼しくなるわけではありませんが、つい、言いたくなります。
☆よい日々を。ではまた。
第一章
宇宙(世界)と人間
第二章
人間とその位置づけ
第三章
人間と社会
第四章
人間と教育
第五章
知識と言語
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