プラトンは、人間はひとりひとり異なり、生まれつきの基本的な差異をもち、理想の社会では、その本性や能力の違いに応じた階級に置かれるべきであると考えていましたので、その階級に応じた教育プログラムを提唱しました。
彼の教育プログラムによれば、すべての人間は、最初の18年間を、体育、音楽、文学の訓練を受けて過ごします。
すべての子どもたちが、18歳までは、読み、書き、演技、歌い方、修辞学などを習い、多くのスポーツに参加させられます。18歳になると、その中の才能のあるものはさらに教育を受け、他の者は教育を終了して職人や商人になるのです。この内容を見てみますと、教育は、物事に理解を深めることと自己表現をきちんとすることに集中しています。それは今日でも変わらないところです。
18歳までの教育は義務教育ですので、日本の教育制度の高等学校までの教育とそれ以後の大学教育という制度を考えると、非常に類似していることが分かります。
教育を続ける者は、その後、2年間の訓練を受け、そこで教育を終える者は軍人階級に入れられ、国の防衛の責を負います。20歳でなお教育を受けるにふさわしいと認められた者は、さらに、哲学、数学、音楽、科学、その他の文学的科目など、多方面に渡っての教育を受け、社会の指導者となるのです。
プラトンは真の哲学者による統治こそ理想の国家であると考えていましたので、社会の指導者は最高の教育を受けたものでなければならないと考えていたようです。
西欧の教育制度は、大体において、このプラトンの教育システムを根幹にもっていますので、当然、明治以後の日本の教育制度も、基本的にはこうした考えから始まっていると言えるでしょう。教育の内容を、初等、中等、高等と区別してシステム化する方法が採られているのです。
この教育システムによって、プラトンは、国家という社会集団に必要な人材の育成、それぞれの階級に応じた人間の選択、能力に応じた選別ということを考えています。
彼は、教育は国家の形成にかかわることであり、国家は教育を保護し、教育はその国家の枠の中で行われ、その機能を国家への奉仕のために選別し訓練するということにおきました。
そして、各人は各人に応じた教育と仕事をすることになるので幸せになると考えていたのです。
この考え方は、今日では、恐らく、国家にかわっての企業ということになりつつあるのかもしれません。株式会社による学校運営が認められようとしているのは、その一つの例でしょう。
社会構造的に、企業が個人の経済的基盤を与え、それによって幸福を与えるものという仕組みの中では、企業に有為な人材の育成が主たる教育目的になるのは必然なのかも知れません。
ソクラテスの教えを受けたプラトンは、教育の重要性を深く認識していましたので、国家の枠内での教育システムとは別に、社会の指導者であると同時に、真理の探究者でもある人間を育てるべく、私財をはたいてアカデメイアと呼ばれる学校も設立しました。
アカデメイアでの学習プログラムは、哲学を中心に、プラトンが思い描きました教育システムのプログラムが組まれていましたし、そこでとられた教授方法は、その主張通りの「対話」と「議論」でした。
このアカデメイアの生徒のひとりであり、後のアレキサンダー大王の家庭教師となり、哲学体系を作り、学問のほとんど全分野に渡って深い影響を与えたアリストテレスは、教育の目的が高い徳性を持つ人間の育成にあると主張しました。
それは、アカデメイアでの教育目標でもありましたが、アリストテレスは、そこからさらに人間の発達段階に応じた教育ということを考えました。
彼は、誕生から7歳までを初期の段階とし、正規の教育に備えての肉体の訓練だけを課題とする教育を行うべきだと考えました。今でいう幼児遊びとスポーツへの参加が、その主たる内容です。
7歳から21歳までは、教育の次の段階で、正規の教育期間としました。文学と音楽、体育が主たる内容になります。そして、21歳からが専門職としての教育になると考えていたようです。
アリストテレスにとっても、教育は国家の業であり、国家によって統制されるべきものでした。彼は、子どもが生まれると、その子どもをそのまま生かすべきか、それとも肉体的欠陥の故に抹殺すべきかを国家が決定する権利を持つと考えましたし、さらに、国家は、望ましい子どもができるように誰が誰と結婚すべきかということまで決定すべきであると言います。
国家は教育を用いて、国家を守り、よりよくする市民を育てるべきであると考えました。
このアリストテレスの主張は、今日の私たちから見れば、ずいぶんとひどいことのように思われますし、国家を教育に持ち込んだ最悪の事例には違いありませんが、今日の先進国でも、たとえば、優生保護法や遺伝子操作の思想に見られるものではあります。
誰もが生きる権利を有するという思想は、実際、近代になって生まれたもので、よりよき市民だけが生きる権利を持つというのが古代ギリシャから中世にいたるまでの通常の感覚だったのです。
しかし、よくしたもので、プラトンやアリストテレスの「国家のための教育」という主張は、当時のアテナイではほとんど影響を及ぼしませんでした。アリストテレスも、後に学校を設立しますが、それは、プラトンのアカデメイアと同様、いわば、少数のエリートのための学校だったのです。
一般のアテナイ市民にとって、ソフィストたちが主張したように、教育は個人の利益のために他なりませんでした。人々は、自分の利益を追求し、自分に成功と繁栄をもたらしてくれる教育を要求したのです。
この点では、当時の人々の方がはるかに優れた感覚を持っていたのではないかと、僕は思っています。しかし、個人の利益と幸福、繁栄が集団の福祉に基づくものであるというプラトンらの教育観の基本は、重要な視点であるに違いありません。
「人間と社会」の章でも触れましたが、個人の利益や繁栄と集団の繁栄がバランスをとることは、今日でも大きな課題ですが、教育についても、それが当てはまります。
次回は、古代ローマ時代の教育を少し見てみましょう。
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☆教育観を見てみますと、アリストテレスは、やはり、問題があると思いますね。何のために教育を行うのかという教育の目的で、徳を高める、というのは、明瞭なのですが、その「徳」が国家や集団に限定されていますので、組織や集団になじめない僕は、組織的な思考をしませんので、特にそう感じます。
☆ソクラテスが措定した「よりよく生きる」の「よりよい」というのが、誰にとって、何にとって良いのかを掘り下げると、その答えによってその人の立場や生き方が現れてきます。
☆僕は個人主義者ですので、国家や集団のために生きようとは思いませんが、自分の身近な人のためには労を惜しみたくはないですね。
☆しかし、アリストテレスが言ったことを少し演繹して、やはり幼児期は遊ぶべきだろうとは思います。「お受験」というのは、やはり、人間を駄目にするのではないでしょうかね。「お受験」によってどんな人間になることを親は期待するのでしょうかね。経済(お金)と集団のロボットでしょうか。
☆右肩の骨にひびが入ったり、年度末の行事に追われたりして、メルマガをしばらく発行できませんでした。肩の骨のひびは、29人の子どもたちと鬼ごっこをしていて転んだためです。極楽とんぼではありました。
☆春を楽しんで、よい日々をお過ごし下さい。