教育が共同体や集団の正式な構成員となる成人儀式として位置づけられ、その重要性が認識されるに従って、教育の社会的要請が大きくなればなるほど、教育の内容は社会によって規定されてきました。
この教育の原初的形態は、現代でも、国家が学校で国歌の斉唱を強要したり、「日の丸」の掲示を要求したりする姿として色濃く残っています。
しかし、やがて、社会的な要請とは別の、思想家や哲学者たちが教育に大きな関心を示し始めました。これが、ギリシャ思想の基でもあったのです。
哲学者たちは、それぞれ、自分が真実と信じたものを他の人にどう伝えたらよいかの問題に直面します。自分の思想を受け入れてもらえるにはどうすればよいか。そして、彼らは共通して、「教育をとおして」と考えたのです。
思想の営為というものは、いつでも「啓蒙」を伴います。この「啓蒙」の手段として、「教育」が考えられたのです。
哲学者たちが教育をそのように位置づけることによって、教育そのものが社会的な規定の枠を越えて発展し始めました。
まず、「どう教えるべきか」という教育技術が生み出され、教育の目的やねらい、教育の方法などが論じられて、いわば、「教育学」のようなものが意識的に取り上げられていったのです。
古代ギリシャ思想家の中でソフィストと呼ばれる人たちは、彼ら自身が寄留の人々でしたので、個人主義を標榜しましたから、その教育観も極めて個人主義的なものでした。
彼らは、人間はいつでも自分のことは自分でできるように鍛錬されるべきだし、社会の中でいかなる代償を払っても自分の地位を向上させるべきであると考えていましたので、個人の社会的成功を保証する教育を提唱したのです。
個人主義者にとって、教育は、いつでも、社会的な地位向上のための手段ですが、そこに現代社会の教育の姿と同じものを見いだすことができます。
ソフィストたちは、教育の基礎を修辞学と雄弁術におきました。それは、当時の人々の多くが公衆の討論と意見によって行動を決定させていましたので、若者たちが公衆の前で十分に説得力のある意見を出すことができるようにするためでした。
つまり、自己実現が最も可能な方法としての修辞学と雄弁術が教育の根幹を占めたのです。修辞学や雄弁術は、最も有効な自己表現の手段に他なりません。要するに、表現力をつけることが、その教育の目的でした。
この教育の訓練は、実に注意深く、そして、徹底して行われました。若者は他から論破されないように論理的に論を組み立てることを学び、さらに、聴衆の心を勝ち取るために声の出し方や身振りといった表現方法を学んだのです。
この目的のために、筋道を立てて論を展開する論理学、その主張が有効かどうかを立証するための法律(アテナイの法と習慣)、例証として利用できるようにするための過去の文学、声をうまく出すことができるための音声学、人々が使う言葉に熟達し、自由に使うための言語学、などがそのカリキュラムでした。
ソフィストたちはプロの教師であり、報酬をもってこれらを教え、遍歴しました。彼らにとって、演説者としての成功は、最高の指導者になることを意味していましたので、そのための教育プログラムが注意深く検討されたのです。
ソフィストのひとりであるプロタゴラスは、「自分と語り合えば、以前よりも優れた人間になって帰ることができる」と豪語し、教師としての自信を持っていましたが、こうした自信をソフィストたちは多かれ少なかれもっていたのです。
しかし、ソフィストたちの誰よりも、最も偉大な教師であり教育の実践家だったのは、いうまでもなく、ソクラテスです。
ソクラテスもまた、ソフィストたちと同じような教育観をもち、教育は人をよりよき市民にするためであり、それによって、人がいっそう幸福になるためのものでした。ソフィストたちと異なっているのは、彼らが個人の幸福を追求したのに対して、ソクラテスが集団(アテナイ市民)の一員となることを強調した点でしょう。
ただし、彼のいう「よりよいアテナイ市民となるため」というのは、極めて普遍的な意味を持つものでした。彼は、人間が持つことができるもので最も貴重なものは知識であり、その知識は、個人的な差異を取り去って、すべての人が賛同する要素を見いだすことによって与えられる、と考えていたからです。
彼が教育の方法として取ったのは、「産婆術」、あるいは、「ソクラテス的弁証法」と呼ばれるものですが、(それについては、これまで何度も触れてきましたが)、知的な精神運動を真理に向かって繰り返すという方法でした。
ソクラテス自身は、彼の教育プログラムとでもいうものを全体的に開示はしませんでしたが、一つの問題から次々に疑問を発展させていく方法は、むしろ、今日でいうようなカリキュラムを必要としなかったのではないかと思います。
教育プログラムを提示し、教育理論の一つを最初に展開させたのは、弟子のプラトンです。
プラトンは、『国家論』の中で、最も優れた幸福な国家を保証する教育体系を示しました。
(次回、そのプラトンの教育プログラムを見てみたいと思います。)
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☆ソフィストたちの姿を考えれば考えるほど、現代人と似通った共通性を見いだすことができるような気がします。現代も、その主流が個人主義にあるからでしょうね。
☆ソフィストたちが活動した社会背景も現代と似ています。諸外国との交流が活発になるにつれ、価値観が多様化すると同時に、固定化した社会の中で出口が見いだせず、社会全体がどの方向に向かうかが曖昧になっていました。
☆多様性の中での閉塞感というものを人々が感じていたのです。個人主義はそうした中で生まれてくるのですが、それがやがて滅亡へ繋がったことは特筆すべきことでしょうね。
☆日本の教育制度も、明治期以降、人々の社会的階級上昇手段として定着していきましたので、現代のように社会全体が閉塞すると、その教育の目的が壊れますので、制度的な崩壊が生まれますね。
☆国立大学の民営化や経済効果からだけの学校運営は、その一つのあらわれかも知れませんね。
☆「アカデメイア」を設立して、学校教育を始めたプラトンの教育観は、その「揺れ戻し」もあったのではないかとおもいます。
☆インフルエンザ、周囲の人たちがかかってしまいました。ウィルスの時代なのでしょうね。でも、春がもうすぐです。よい日々をお過ごし下さい。