第3章 人間と社会

1.「家族」の思想(2)

3.しかし、家族の定式はない。

 しかし、この「家族」と呼ばれる集団の形態は、歴史的、文化的、社会的環境によって、多様に変化してきました。

世界に住むすべての人々は、様々な形で家族を作り、それぞれの営み方をしています。ある場合は、大家族であったり、核家族であったり、同居であったり別居であったり、母親中心であったり、父親中心であったり、まさに、家族の形は千差万別です。

 ですから、「これが家族だ」という家族の定式のようなものはありません。世間の人々は、家族についての一定のイメージを持ち、それで家族を判断しがちですが、家族の形は、本当は様々なのです。「自分の家族」が「他の家族」と違うのは、当たり前のことなのです。

 通常、私たちはものごとを考えたり判断したりしようとするとき、安易に、「比較」という方法をとってしまいます。つまり、あれとこれとを比べて判断しようとします。

自分自身について考えるときも、周りを見回して、周りと自分とを比べて、これは良いとか悪いとか、おかしくないとかまあまあじゃないかとか考えてしまいます。

 家族の形も、周りの家族の姿と自分の家族の姿を比較して、変だとか「普通」とか思ってしまいます。

 しかし、家族の形は実に多様で、様々です。そして、それぞれに形態は違うけれども、それは「家族」なのです。

 それでは、その「家族」とはいったい何なのでしょうか。

 ここでは、初めにその問題について、生物学と社会学の観点から考えてみることにしましょう。

4.家族の生物学的理解

 生物学では、家族を生物の生殖本能あるいは生存本能に基ずく生存単位として見ます。

 人間の生殖本能は、他の動植物と比べてもかなり強烈で、人間の場合はそこに精神性や意識が働きますので、相当に複雑な要素がありますが、基本的には、他の動植物と同じような求愛行動をとり、その社会的認知を求めて婚姻関係を結びます。

 単なる男女の性関係と結婚が区別されるのは、結婚が社会的認知をもつからです。社会的な認知は、社会の中での生存の保証を意図するものです。つまり、社会的に認められた結婚という形を取ることによって、男女が営む生活が容易にできるようになるのです。

現在の日本の民法でも、単に男女が共同生活をする内縁関係と結婚は、その保障が全く異なっています。財産の分与で婚姻関係が重視されることなどは、その最たる例でしょう。

 婚姻関係そのものの形態は、民族、文化、宗教、習慣などの社会環境によって様々な形がありますし、歴史的にも大きく変化してきましたが、それらのいずれにしても、基本は、性関係と共同による生存を目的としています。

そして、子が誕生するに従って、家族は、親子の血縁関係を基にした生物的生存の保持を第一義的な目標として集団が構成されていきます。家族は、生物学的には、生物的生存集団に他なりません。

 人間の場合は、成人となるまでにかなり長い時間を必要としていますし、その間、子どもは保護されなければ生きることができませんから、その家族の集団意識は、他の動植物よりも強いものがあります。

また、人間の血縁意識は、潜在的に、強烈に人間の行動様式を支配し、集団としての「家族」の形成とその形態に多大な影響を与えています。

 人間のこうした血縁意識や集団構成は、それが自然発生的であるにせよ、意識的であるにせよ、生物としての生存を第一義的に目的としたものであり、基本的には、人間の生物学的本質(biological constitution)に基づいて形成されるものだと言えるでしょう。

ですから、たとえば、動物及び原始的な社会では、家族は常に生物学的群れと同義です。

 古代社会の大家族制度における奴隷や使用人を含めた「家族化」や養子縁組みによって社会的認知を得る「家族化」の場合においても、その目的の第一は生物学的生存であり、「家族」についての生物学的理解は家族について考える場合には不可欠のものです。

「家族」は、生物的生存のために人間が意識的に形成してきた集団に他なりません。

 こうした家族についての生物学的理解は、人間の生物的な本性に基づいた家族の機能と家族を構成する構成員の役割を明瞭にしてくれます。家族の構成員は、その家族に属するものが生存できるように、それぞれに役割と機能を果たしながら構成されているのです。

- A Promenade of Western Thought - K.Wiseman 著

Note

☆「家族」というものには定式がない、ということは、家族について考える上では重要なことだと思っています。

☆だから、よく、「理想的な家族」ということが言われたりしますが、そういう家族はどこにもない、ということです。

☆最近、注目されていることことの一つに、性関係も血縁もないものの共同による共同生活の可能性というのがあります。老年期の人々がそれぞれ集まって共同生活をする可能性を探るのもその一つの形で、「ホーム」を形成していきます。

☆僕はこれを「家族化」と呼んでいるのですが、「個意識」が発達した現代人がどこまで「共有」を可能にするかが課題でしょう。それはまた、ノン・セックス夫婦の可能性を探ることでもありますし、「性」の位置づけも変わるでしょう。

Index

第一章
宇宙(世界)と人間

第二章
人間とその位置づけ

第三章
人間と社会

第四章
人間と教育

第五章
知識と言語

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