第2章 人間とその位置づけ

8.近代の人間観(2)

 20世紀という時代は、人間の欲望が大きく拡大された時代ではないかと、ふと思うことがあります。そしてその欲望が「利益」という名で正当化されてきた時代ではないかと思うことがあるのです。

国家の利益を守るために侵略戦争が行われ、個人の利益を拡大するための労働と経済システムを増大させ、私有財産を拡大してきました。

「利」を拡大し、「快」を求めて、20世紀の終わりには、大量の消費と娯楽のための文化が形成されてきたのです。「利」を求めるということは、「実用」ということが大切な要素になりますので、功利主義的で実用的な事柄がすべての基準となっていったのです。

実用的で功利的であること、しかも人間の理性にかなったものであることが、現代の人間の行動の一定の基準となっていることは、私たちの日常のものの考え方のパターンを見れば明らかです。現代に人間と社会が抱える問題もここにあるように思われます。

しかし、これまで、人間の「利」と「快」を否定するいかなる思想も衰退してきましたので、むしろ、人間の幸福のために、「利」と「快」を追求することが大事なことだと考えられてきました。満足感と幸福感は近似値をもっているからです。

これが、現代の功利主義と実用主義の根底に横たわっている指向性ではないかと思われます。スペンサーやミルといった初期の功利主義者たちの根本的な動機は、人間の「幸福」の追求でした。

J.ベンサムによれば、「功利性の原理とは、その利益が問題になっている人々の幸福を増大させるように見えるか、それとも減少させるように見えるかの傾向によって、・・・すべての行為を是認し、また否定する原理を意味する」ということになります。

しかし、「幸福」といっても、幸福感そのものが人や状況によって異なるのですから、できる限り多くの人の幸福感が満たされることが求められます。そこで、一つは、カントの倫理観から「最大多数の最大幸福」(J.ベンサム)という原理が導き出されました。

一人より二人、二人より十人が幸せを感じることを社会の基準にしたのです。それは、市民階級が誕生し、市民の平等意識が増大するにつれ、一人一人の権利を最大限に認めていこうとした結果でもありました。

そして、もう一つは、誰でもが理解できるように合理的であり実用的であることを求めて満足感や幸福感が比較可能であるように、これを数値で表していくという幸福の数値化が図られました。

市民は平等であり、均一化のための数的な平均が求められ、それをもって満足感を図ったのです。

こういう中での人間は、たとえば一人の人間はどこまでも一人であり、「1」という数字以上でもそれ以下でもないものと見なされます。

たとえば、選挙で、どういう意図や思想をもって投票するにせよ、あるいは買収されて投票するにせよ、1票は1票の重みを持つだけで、それ以上でも以下でありません。人間は、今や、数字の「1」となったのです。

また、実用性が重んじられるに従って、人間の有益性が最も重要視されるようになり、「役に立つこと」が人間の条件にさえなりました。存在よりも行為が重要になり、人間は自らを「使い捨てカイロ」にし、有効性によって価値が決定されるようになったのです。

一方では、個人の人間としての権利が最大限に重んじられると同時に、他方では、それによって、ただの「1」となる。一方では人間の有益性が重要視されると同時に、他方では、それによって人間の無用性が宣言される。

現代の人間観はこうした分裂の中に置かれているのです。人間はその分裂の中で、なんとかして個人の統合性や個性を見いだそうとしているのではないか。僕にはそう思えてならないのです。

これは現代の人間観の一つの姿に過ぎないのですが、未来の可能性があるとすれば、人間とは、もともと本質的に二律背反的な分裂した存在であることを認識することから始めることができるということかも知れません。分裂したものの統合、それが人間だということです。

しかし、このことはさらに詳細で多角的な検討を必要とするでしょう。僕自身は「人間論」として、これを行いたいと願っていますが、この『散歩道』では、先に進んで、この人間が形成する集団の問題、家族や組織や社会、国家の問題を取り扱いたいと思います。

次回は、その第1として、最小集団としての家族の問題を取り扱いたいと思っています。

- A Promenade of Western Thought - K.Wiseman 著

Note

☆功利主義の著名な例として、よく臓器移植の問題が取り上げられます。1人の健康な人の臓器を病人に完全に移植すれば10人の人が救われるとします。

☆あなたは、この問題をどう判断するでしょう。1人を殺して10人を救うでしょうか。

☆あるいは心臓移植を待つ100人の人がいて、有効な心臓が1つしかありません。100人のうちの1人しか救えないのです。その一人を選ぶ基準は何でしょう。1996年にアメリカでは、最も重症で緊急な人という基準をやめて、最も生存時間が長い可能性がある人という基準になりました。最大の有効性を選択しようというわけですが、あなたならどういう基準で選ぶでしょう。

☆功利性の追求は人間の幸福の追求を確かなものにしようとするのですが、それが、ある場合には人間を不幸にしてしまうのも事実です。

Index

第一章
宇宙(世界)と人間

第二章
人間とその位置づけ

第三章
人間と社会

第四章
人間と教育

第五章
知識と言語

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