人間学(die Anthropologie)は、その基本的課題として人間存在の原理、つまり、人間を人間として成り立たせている原理とその存在の目的との両方を射程としてもちます。
人間は何によって生きることができ、また、何のために生きているのかということをはっきりさせることを課題として持っているのです。
それは、人間学はその対象の性質上、諸科学の部分的な一つとは成りえないということであもあります。そうでなければ、それはただ生物学か社会学、あるいは形而上学であるか、諸学の一部分となり、必要とされている人間の全体像の再建に至らないでしょう。
諸科学は人間の営為の一つに過ぎないのです。諸科学がそれぞれ発達して専門化し、部分的になるに従って、人間の全体像から、何のためにその営為をするのかが問われなければ、諸科学はその方向を見失います。
また、人間が宿命として持つ自己とその環境の開発を正しく行うことを指し示すことができないし、存在の原理を明確にするという人間学の目的そのものを達成することが不可能になるからです。
ですから、人間学は諸科学の個々のものを統合し、人間の全体像から諸科学に明瞭な基盤と目標を提示するような総合科学に他なりません。
このことを明瞭に認識し、元々は人間の自然的形態や生物学的側面を研究対象とする「人類学」を意味した "Anthropologie" というドイツ語を、そのような今日の人間学を意味するものとして最初に用いたのは、I.カントではないかと思います。
カントは、1772ー73年の冬学期から "Anthropologie(人間学)" と題する講義を始め、その最終講義は1796年の春まで続き、1798年にそれらをまとめて、彼自身が刊行した最後の書物として出版しました。
彼はその「序文」で人間学を「生理学的見地におけるもの」と「実用的見地におけるもの」との二つにわけ、彼の人間学講義を、単に自然との必然的関係における生理学的人間学ではなく、自由な行為存在者としての人間の探究である実践的意図をもつ人間学として限定しています。
カント自身がこの講義でその意図の全部を果たすことができませんでしたし、この人間学講義をカント哲学全体の中でどのように位置づけるのかは難しいところですが、彼自身が自己限定した講義の内容は明らかに、彼の経験哲学に対応しています。
カントは先に『純粋理性批判』の第1版を1781年に、第2版を1787年に出版しましたが、その「超越論的方法論」において、人間の理性の立法としての哲学の体系的考察を行い、哲学全体を純粋哲学と経験哲学に分け、その経験哲学の中に経験的人間学を位置づけています。
こう書きますと、カントがなにやら難しく人間学を考えているようですが、要するにカントは、1787年頃までは、人間学を観察や経験によって分析することができる人間の形態の研究ぐらいにしか考えていなかったということです。
人間を観察してみると、これこれこういう人間がいて、人間はこういうものだ、という具合の一般によく見られる人間研究です。
しかし、1791年以降少なくとも5回に渡ってなされた『論理学講義』においては、人間学は哲学の総体として位置づけられています。
彼は、「哲学のすべての問いは次の諸問題に帰着する」と述べて、次のような4項目の問いを提示しているのです。
☆今回、カントの人間学の位置づけ、つまり、人間について考えることはどういうことを意味するか、を述べたため、途中できることができず、長いものになってしまいました。
☆その思考の過程は別にして、結論は簡明です。人間を考えることはすべてを意味するし、人間を考えることはすべての学問の集約である、というのです。
☆しかし、カントは、彼が意図した人間学を完成させることはできませんでした。
☆今日では、人間の生物的なメカニズムや生理機能、遺伝子の構成や行動形態など、カントの時代とは比較にならないほどの知識が得られていますが、それらもまだ、人間学の一部分でしかありません。
☆こう考えてみれば、人間学を総合科学として再構築しようとする僕の試みは、とてつもない無謀な試みではあるなぁ、と改めて感じてしまいます。