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☆僕がソクラテスについて考えるたびに思うことは、その思想のあれこれの内容ではなく、思想をもって生きるということはどういうことか、ということです。
☆あるいは、知識とは、結局、人間にとって何なのか、ということです。明治以降に導入された日本の学校制度は、学校を階級の上昇手段として位置づけることによって定着してきました。
☆つまり、学校は資格や社会的ステータスとして作用したのです。「学歴」というのがそのような意味ですね。何を学んだかではなく、どこの学校を出たかが、この国の一般的な履歴書の中味となりました。
☆「知をもって生きるとはどういうことか」という知の反省は、残念ながらなされませんでした。
☆大学の入学案内に「〜の資格が取れます」ということを謳っている大学は、言い過ぎかもしれませんが、学ぶに価しない大学のような気さえします。
☆「知をもって生きるとはどういうことか」こそが、恐らく、最高の知なのかもしれません。
☆知り得たことに従ってどこまでも進んでいこうという「知的誠実さ」ということは、「妥協」ということにいつのまにか慣れてしまった僕に、いつも反省を迫ります。
☆「生活のためにする妥協」が、いろいろな仕事を引き受けさせますが、たとえそうせざるを得ない状況だとしても、この姿勢は、自分の人生を貫く柱としてもちたいなぁ、と思います。
☆真の対話ということは難しいことですね。ある方が、「深く青い湖を隠しもっている人は、話せばわかる、二言三言で」という詩を贈ってくださいました。真の対話は、その二言三言で成り立つと、僕は思うのですが、どうでしょうね。
☆対話には、深い意味を持つ沈黙が必要だと思いますし、僕自身がその沈黙の意味を感じ取れる人間であれたら、と願います。