世界の思想 vol.1_No.69-90

- ソクラテスとは誰か(2) -

親愛なる Wiseman 様

ずいぶんと遅い時間のメールでしたが、ありがとうございました。ソクラテスの「汝自身を知れ」の意味が少し整理されてきました。

それは、結局、こういうことでしょうか。

それまで、ミレトスのタレス以来、連綿と引き継がれた古代ギリシャの知は、主として自然についての認識、つまり自然科学に他ならなりませんでした。たとえば、現代の基礎数学の論理を築いた紀元前6世紀の終わりから紀元前5世紀に活躍したピタゴラスとその弟子たちはその最たるものと言えるかもしれませんね。あるいは、ソフィストたちのようなこの世をうまく渡り歩くための処方箋的知識に過ぎなかったようですね。

紀元前5世紀の終わり、独自の民主制を施行していたアテネは、政治を司る人々の腐敗、諸外国からの新知識をもたらすソフィスト(知者)と呼ばれる人たちの多様な混乱した道徳と教え、享楽にふける人々の無節操さなど、知性の混乱はもとより、政治的にも社会的にも混乱していたと言われています。

そこにソクラテスが登場して、人間の「自己意識」、「人間」そのものを持ち出したのですね。

思考の中心に、はじめて、「人間」というものを据えたと言えるのではないでしょうか。どんなに客観的な知識があっても、合理的な分析があっても、そこに「人間」がいないと、それらは無意味な、ただの「おしゃべり」にすぎないことを、ソクラテスは示したのでしょうね。

人間が自らを知ること、これこそが真理に至る「知恵」の基である、とソクラテスはそう認識したのでしょう。

そして、人間を中心に据えることによって、人間の精神の営為である「知」は、総合的に統合されますね。ソクラテスは、「知の人間実存への統合」によって、人間の「理性」の向かうべき方向を指し示したのだと思います。

彼は、「知」を獲得することは「徳」を獲得し、その合一こそが、人間に「幸い」をもたらす、と説いたのですね。

だいたい、わたしは上のように理解したのですが、どうでしょうか。

朝晩、ずいぶん冷え込むようになりました。明朝あたりは霜かもしれません。風邪など引かれませんように。お返事をお待ちしています。ではまた。

−読者のMaiより−

O. Mai 様:

ソクラテスの思想的な位置づけについて書かれたメールを拝見しました。大まかにおいて、お書き下さった通りだと僕も思います。

ソクラテスは、これだけの思想的な意義をもちつつも、プラトンはその日常生活を大変ユーモラスに描いていますね。この点については、どう思われますか。

こういうことを考えてみるのも、ソクラテス像をはっきりさせる上ではおもしろいと思います。

本当に寒くなりましたね。お元気でお過ごし下さい。

−K. Wiseman−

親愛なるWiseman様:

お元気でお過ごしでしょうか。メールと新しい視点をありがとうございます。

考えてみれば、ソクラテスの日常は、本当にユーモラスに描かれていますね。彼には、今日でも夫の真実の価値を理解しないヒステリックな悪妻の代名詞として使われるクサンチッペという妻と何人かの子どもがあったらしいですね。

おまけに、毎日、ぶらぶらとし、その鋭い論争の故に人々に嫌われ、彼の妻クサンチッペの小言や苦言を聞かされてはおろおろする恐妻家でもあったみたいです。

こういうソクラテスは、おもしろいなぁと私も思います。ただ、このソクラテスのユーモラスな日常の姿と彼の精神の高さは、彼の思想の深さに呼応している、と私は思っています。

思想は、それが深ければ深いほど、日常的にはユーモアをかもし出すのではないでしょうか。Wiseman さんがお書きになるご自分の日常も、大変ユーモラスですよ。

アテネの有為な青年たちは、このユーモラスで、しかも深い洞察をする彼だからこそ師事したのではないでしょうか。

プラトンは、クセノポンをはじめとする後代の知者たちがソクラテスに師事したと告げています。そしてプラトン自身が、何よりもソクラテスを尊敬して止まなかった弟子の一人でした。

ソクラテスの最期を看取ったプラトンは、自分がソクラテスの理解者であり、後継者であることを自認していましたが、ソクラテスの日常は、これらの青年たちとの対話と教育に彩られていたのではないでしょうか。

その意味でも、彼は本当に真理の教師だったような気がします。今、ソクラテスが私の前にいたら、私も喜んでその弟子になったように思います。

以上のことを踏まえて、私も、もう少しソクラテス像をまとめてみたいと思います。

ありがとうございました。もう一度、ソクラテス像についてまとめてみますので、読んでいただければ幸いです。

お体を大切にお過ごし下さい。

−読者のMaiより−

O. Mai 様:

お元気でお過ごしでしょうか。

ソクラテスについて、もう一度まとめてみられるということですが、それには、彼が死刑の判決を受ける理由なども考えてみるのも良いかもしれません。

プラトンは、「回顧」という形でソクラテスを想起しているのですから、そこには常に彼の死の意味を探る姿勢がありますね。ソクラテスを弁証したいという弟子としての純粋な気持ちもあったと思います。

みんなが自己中心的になった現代では、自己弁護はあっても、他者を弁護する、それも他者から非難が集中している人を弁護する姿は、なかなか見ることができなくなりましたが、「理想(イデア)」を追い求めたプラトンだからできたことかもしれませんね。

よいまとめができますよう。ではまた。

−K. Wiseman−

親愛なるWiseman様:

メール、ありがとうございました。ソクラテスは、自分では「教えているのではなく、『対話』をした」と語っていますが、「真理の対話」が直接できるのは素敵でしょうね。

わたしも「尊敬できる師」を持てればいいなぁ、と思います。

ソクラテスの死について、わたしは今でも、彼がなぜ死ななければならなかったのか、納得できないところがあります。多分、現代の合理的な価値基準ではない別の価値基準があったのではないかと思います。

ソクラテスは市囲の知者たちを訪ねては、その無知性を暴き出し、そのためにまた、「知者」を自認する多くの人々反感を買い、ついに、メレトスやアニュトスらによって「無益なことに従事し、悪事をまげて善事とし、かつこれを教授するだけではなく、国家の信じる神々を認めず、新しいダイモニア (神・力)を信じて、青年たちを腐敗させる者」という理由で告発されています。

告発の中心は、「国家の神々を信じない」というところにあったようです。

プラトンがソクラテスの思想活動開始の出来事をデルフォウス神殿における「神託」という神秘的出来事として語らなければならなかった理由がここにあるのではないでしょうか。

ソクラテスの告発理由にある「国家の神々を認めない」ということに対する反駁のように思われるのです。

そして、紀元前399年、ソクラテス32歳、プラトン28歳の時、人々の逃亡の勧めを自ら否定して、「悪法も法なり」と法政国家の判決に従い、毒杯を仰いで、ソクラテスはその生涯を閉じました。

ソクラテスが残したものは、簡単に言えば、人間の知性の方向づけではないかと思います。

「ただ生きることではなく、よりよく生きることが問題なのだ」と語った彼は、知性の方向を単なる自然の認識から「よりよく生きること」へと向け変え、「知性による世界」の形成へと進めました。

頭髪は薄く、足先が見えないほど腹が出て、だるまさんのような格好をした一人の人間、しかも人間の精神性の高みを示す人間、これがソクラテスなのではないでしょうか。

わたしは、ソクラテスが残した「知の方向づけ」が重要なことだと思っています。その人の精神の高みは、その人が向かう知性の方向と相関的ではないでしょうか。

その人がどこを向いているのか、これがその人の精神性で、ソクラテスは真理に向かうことを提唱したのではないかと思います。

以上が、わたしが理解するだいたいのソクラテスの全体像です。ご意見をお聞かせ願えればと思います。

−読者のMaiより−

O. Mai 様:

ソクラテスの全体像についての2回にわたるメール、ありがとうございました。ソクラテスという人について、だいたい僕もそのように考えています。

今度は、その思想の中味の検証ですね。もちろん、これは「キルケゴールのソクラテス理解」というテーマですから、キルケゴールが問題にした範囲でのソクラテスの思想内容ということになりますが、少し、じっくり検討された方がよいかもしれません。

プラトンがソクラテスについて書いた『対話編』を読まれる場合には、いままで書いてくださったようなソクラテスの姿を思い浮かべながら読まれるといいでしょうね。

風邪がはやっているそうですが、健康に注意してお過ごし下さい。ではまた。

−K. Wiseman−

☆ソクラテスが「わたしという人間」をその思考の始まりと終わりにおいたということは、彼の提示するものが極めて実践的であった、ということをも意味しています。

☆それは、当時の学問の中心であった修辞学(いかに表現するか)ではなく、実際の生きた言葉を語る、というソクラテスの姿勢を生みました。

☆もっとも、ソクラテスはその表現を自由にしているとは言え、当時の弁論の作法や法廷の作法を無視したのではなく、これらに則りつつ自由に語っています。それが、ソクラテスのソクラテスたるゆえんではないかと思います。

☆いずれにしても、礼儀や作法は必要でしょうね。それに捕らわれるのは愚かではありますが。

☆ソクラテスが問題にした「知の方向づけ」は、諸科学が発達し、細分化されて個々の専門知識だけがもとめられる現代では、いっそう必要なことではないかと思います。

☆「あなたの知の目的は何か」、「あなたはどこに向かおうとしているのか」人生が地図のない旅をしているものであるとしても、目的地を明瞭にすることこそが迷わない第一の条件になります。

☆とは言え、僕自身はいつも迷いの連続の中にあります。「道、未だ遠し」なのです。そして、「人生が二度あれば」ですが、「いっさいのことは、常に、今から始まる」とも思います。

☆「哲学を学び始めると、どうでもよいことと大切なことが見えてきますね」と、ある方のメールにありましたが、まさに、ソクラテスの主張は、「人生で何が大切であるかをよく考えよ」ということでしょう。

☆感想、ご意見、批判などをお寄せいただければ幸いです。