|
Wiseman 様:
段々と秋が深まってまいりましたが、お元気でしょうか。前回のメールから少し時間が経ってしまいましたが、ソクラテスについて考えていました。
「ソクラテスは不思議な人物」という言葉がありましたが、わたしもそう思います。彼の名前は、今日では、哲学を学んだことのない人も知っていますし、「太ったブタより痩せたソクラテスであれ」という言葉さえあるくらいですね。
私たちはソクラテスについて痩せて目が鋭く、頭脳明晰を示す碩学の人というイメージを持ちやすいのですが、実際のソクラテスは、頭髪が薄く、あまり好ましいとは思われない容姿をし、どこまでも食い下がって離れない粘着質の人物だったようですね。
ある人は「世紀の醜男」とさえ呼んだりしていますね。でも、ソクラテスがその容姿にも関わらず、人を惹きつけて止まなかったのは、その知恵の故でしょうか。
わたしは、醜男というのは後世の「ねたみ」で、美男というわけではなかったのでしょうが、その立ち居振る舞いや語る言葉が、とても魅力的だったのではないかと、密かに思っています。
そこで、彼の生い立ちを少し調べてみました。もちろん、これも通説でしかないのかもしれませんが。
ソクラテスは、BC.469年、当時、都市国家として隆盛を誇ったアテネで、石工を父に、産婆を母に生まれたとされています。
一説では、ソクラテスの母は産婆であるが、父は彫刻家であったと言われますね。最も当時の石工は主として建築用の石材を切り出していたのですから、何らかの建築、つまり創造的仕事に携わっていたと考えることもできるでしょうが、ソクラテスの両親の仕事を特定することには、あまり意味はないことかもしれません。
なぜなら、これは、多分にソクラテスの思想形態から導き出された後代の脚色の強い理解ではないかと思われるからです。
つまり、ソクラテスの思想形態が、相手との対話で、赤ん坊を引き出すようにして人々の中に内在する問題(無知性)と真理を引き出そうとし、そこから新しい創造を意図していたからです。
だから、人々は、彼の母が赤ん坊を引き出す産婆で、父親が建築家などと考えたのではないでしょうか。
ソクラテスを知る手がかりは、プラトンの対話編以外に、クセノポン『ソクラテスの思いで』やアリストパネスの喜劇『雲』、また、今日では失われてしまったといわれ、その断片だけがアリストテレスなどで言及されたりする小ソクラテス学派の対話篇などの資料があるそうですね。
私も少し当たってみましたが。そこに描かれるソクラテスの姿は、常識人であったり、ソフィストと同類の似非科学者だったり、猥雑な快楽論者であったりして、彼を見る立場に応じて、一定していないようです。
どれが本当のソクラテスか、これは難しいですね。ただ、わたしはキルケゴールが主としてプラトンの対話編でのソクラテスを取り上げていますから、わたしもそれで十分ではないかと思っています。
少し長くなってしまいました。この続きは次回のメールで書くことにします。お忙しいのに、読んで下さることを感謝しています。
健康に注意して、風邪など引かれませんように。
|