世界の思想 vol.1_No.69-90

- ソクラテスとは誰か(1) -

O. Mai 様:

キルケゴールについてのメール、ありがとうございました。

前回は、彼の思想の理解の鍵の一つがソクラテス理解にあるということを少し書きましたが、それでは、そのソクラテス自身はいったいどのような人だったと思いますか。

伝えられているソクラテス像やその解釈もいろいろありますし、まず、このあたりをはっきりさせていった方が良いかもしれませんね。

ソクラテスについては、プラトンの対話編、たとえば『ソクラテスの弁明』などがありますし、日本でも古くから研究されていますから参考になると思います。

ソクラテスは「哲学者」の代名詞にもなっていますね。ソクラテスといえば哲学者、哲学者といえばソクラテス、といったイメージさえありますが、ソクラテスは不思議な人です。

彼については、彼を好きな人と嫌いな人にはっきり別れるようです。あなたがソクラテスを好きになってくだされば、「好きこそものの上手」で、彼の思想についての理解は早いのですが。

秋の日々、もの悲しくもあり、ものを考えるには最適な季節です。ソクラテスについてお考え下されば幸いです。

−K. Wiseman−

Wiseman 様:

段々と秋が深まってまいりましたが、お元気でしょうか。前回のメールから少し時間が経ってしまいましたが、ソクラテスについて考えていました。

「ソクラテスは不思議な人物」という言葉がありましたが、わたしもそう思います。彼の名前は、今日では、哲学を学んだことのない人も知っていますし、「太ったブタより痩せたソクラテスであれ」という言葉さえあるくらいですね。

私たちはソクラテスについて痩せて目が鋭く、頭脳明晰を示す碩学の人というイメージを持ちやすいのですが、実際のソクラテスは、頭髪が薄く、あまり好ましいとは思われない容姿をし、どこまでも食い下がって離れない粘着質の人物だったようですね。

ある人は「世紀の醜男」とさえ呼んだりしていますね。でも、ソクラテスがその容姿にも関わらず、人を惹きつけて止まなかったのは、その知恵の故でしょうか。

わたしは、醜男というのは後世の「ねたみ」で、美男というわけではなかったのでしょうが、その立ち居振る舞いや語る言葉が、とても魅力的だったのではないかと、密かに思っています。

そこで、彼の生い立ちを少し調べてみました。もちろん、これも通説でしかないのかもしれませんが。

ソクラテスは、BC.469年、当時、都市国家として隆盛を誇ったアテネで、石工を父に、産婆を母に生まれたとされています。

一説では、ソクラテスの母は産婆であるが、父は彫刻家であったと言われますね。最も当時の石工は主として建築用の石材を切り出していたのですから、何らかの建築、つまり創造的仕事に携わっていたと考えることもできるでしょうが、ソクラテスの両親の仕事を特定することには、あまり意味はないことかもしれません。

なぜなら、これは、多分にソクラテスの思想形態から導き出された後代の脚色の強い理解ではないかと思われるからです。

つまり、ソクラテスの思想形態が、相手との対話で、赤ん坊を引き出すようにして人々の中に内在する問題(無知性)と真理を引き出そうとし、そこから新しい創造を意図していたからです。

だから、人々は、彼の母が赤ん坊を引き出す産婆で、父親が建築家などと考えたのではないでしょうか。

ソクラテスを知る手がかりは、プラトンの対話編以外に、クセノポン『ソクラテスの思いで』やアリストパネスの喜劇『雲』、また、今日では失われてしまったといわれ、その断片だけがアリストテレスなどで言及されたりする小ソクラテス学派の対話篇などの資料があるそうですね。

私も少し当たってみましたが。そこに描かれるソクラテスの姿は、常識人であったり、ソフィストと同類の似非科学者だったり、猥雑な快楽論者であったりして、彼を見る立場に応じて、一定していないようです。

どれが本当のソクラテスか、これは難しいですね。ただ、わたしはキルケゴールが主としてプラトンの対話編でのソクラテスを取り上げていますから、わたしもそれで十分ではないかと思っています。

少し長くなってしまいました。この続きは次回のメールで書くことにします。お忙しいのに、読んで下さることを感謝しています。

健康に注意して、風邪など引かれませんように。

−読者のMaiより−

親愛なる Wiseman 様

秋も深まってきて、ずいぶんと寒くなりましたが、お元気でしょうか。

前回のメールでは、ソクラテスの容姿や両親について、少し触れましたが、今回は、プラトンが描くソクラテス像に基づいて、彼の思索の始まりともなったデルフォウスの神殿での出来事について考えてみました。

私たちは、幼少年期のソクラテスについてほとんど何も知ることができません。私たちが知ることができ、しかも彼を理解する上で重要なことは、その青年期のある時、アテネのデルフォウスの神殿で、そこに刻まれていた「汝自身を知れ」という文字を読み、「自らを知ること」をもってその活動を展開していった、ということだろうと思います。

プラトンによれば、この出来事はソクラテスに「神託」として神によって語られた神秘的出来事として起こったとされていますね。

ソクラテスはデルフォウスの神殿で「この世に汝ほどの知者はいない」という声を聞いたというのです。

『ソクラテスの弁明』の中で、ソクラテスは、「アテネの諸君」と言って語り始め、彼の告発者であるメレトスやアニュトスの方を向き、遠くに親しい者たちの顔を見ながら、この神託の真偽を確かめるために、本当の知者を求めて、専門家や詩人、政治家などの知者と呼ばれる人々の間を訪ね歩いた、と述べています。

そして、自分よりも知恵があると考えて訪ねた専門家や詩人も、結局は自分と同様無知であり、ましてや政治家は知者などではなかった。自分が彼らよりも勝っているのは、「ただ自分が無知であると言うことを知っていること」であり、そこから始めることこそが「徳」への道であると説いています。

この出来事は、ソクラテスがすべてのことを抽象的で客観的なことからではなく、「自己」という具体的な足場から始めたということを意味していると、私は思うのですが、どうでしょうか。

そして、いっさいの知恵や知識は、まさに、自己から始まり、自己へと帰っていくのではないでしょうか。デルフォウスの神殿の「汝自身を知れ」は、「無知の知」から始めて真理を追い求める人間の姿、いわば「真理を求める永遠の求道者の姿」そのものを意味しているように思えるのです。

その意味で、ソクラテスは永遠の求道者であるところから始めたと思うのですが、Wiseman さんは、このソクラテスの神託の出来事をどのように理解されていますか。

寒くなってきました。お風邪を引かれませんように。

−読者のMaiより−

O. Mai 様:

ソクラテスについてのメール、ありがとうございました。秋の色が濃くなってきましたね。

ソクラテスの「無知の知」については、僕はキルケゴール同様、逆説的な表現と思っていますので、これについては後ほど考えることに致しましょう。

まず、「汝自身を知れ」とデルフォスの神殿に刻まれていた言葉との出会いですが、神殿に刻まれていた本来の「汝自身を知れ」の意味は、「神々の前で、お前は小さな人間にすぎない。謙遜になって、神々にひざまずけ」というほどの意味に他なりません。しかし、ソクラテスは、そこに自分の生き方、生きるべき姿を見出したと言えるでしょうね。

ここで大切なことは、まず、ソクラテスが「知恵、あるいは知性」を求めたということです。彼にとって、「知恵、あるいは知性」は「徳」そのものを意味しましたから、彼が「徳」を求めたと言っても良いかもしれません。

彼は「徳」を求め、「徳」が知性にあることを知り、その知性を求め、その知性の始まりに「自分自身を知ること」を置いたということです。デルフォスの神殿の出来事は、その象徴でした。

そして、知者と呼ばれる人々を空しく尋ね歩いたソクラテスは、「自分自身」という強烈な自己意識から出発します。これは、ものの考え方においては、コペルニクス的な180度の展開を示すものでした。

彼は、それまでのソフィストたちの客観的な世界観を批判して、自己の実存から始めました。思想の根幹を世界の様々な姿にではなく、自己自身の実存においたのです。

自分にとって意味のない知識、あるいは「徳」をもたらさないような知識は、何の意味もないようなものでした。世界をどんなに客観的に認識したところで、その知識は「無知の領域」をでないものです。

ソクラテスは、真の知識(知恵・知性・理性)は人を作ると信じていたようです。そして、人を作らないような知識は、真の知識ではないのです。ソクラテスにおいては、知識(理性)と人格はどこまでも相関的ですね。

今日、私たちが獲得する知識とはいったいなんでしょうね。試験のために勉強したり、成績のために勉強したり、他の人からよい評価を得るために勉強したりすることは、ソクラテスに言わせれば、「無知の世界」そのものかもしれませんね。

今日は、もう遅いのでこのくらいにしておきますが、このことについて、もう少し考えてみると、ソクラテスがもたらしたものがもっとよく理解できるのではないでしょうか。

今週、よい一週間であればいいですね。ではまた。

−K. Wiseman−

☆今回はよく知られているソクラテスの姿に少しだけ触れました。アテネの街で太ったソクラテスが汗を拭き拭きして歩いている姿は、ユーモラスだったかもしれません。

☆ソクラテスは恐妻家で有名です。ピーター・フォークには失礼かもしれませんが、映画の「刑事コロンボ」のようだったのかもしれません。

☆「知恵ある者」の日常には「小言をいう女性」が似合うのかもしれませんね。プラトンがこうしたソクラテスの姿を描くのは、ユーモアでしょうが、それだけでおもしろいものがあるような気がします。

☆ソクラテスが見いだした「汝自身を知れ」の託宣は、まさに「託宣」であり、人生のあれこれの中で、常に響いている言葉ではないでしょうか。

☆自分自身を知ることは、本当はとても難しいことだと思います。あれこれの失敗を重ねる度に、自分自身について思い知らされてきます。

☆でも、それらをたしても、なお、自分自身は謎なのかもしれません。ただ、人はいつも、それが良くても悪くても、自分自身から出発する以外にはあり得ないのです。

☆人のせいにも世間や環境のせいでもなく、自分自身であろうとすること、ここからすべてが始まるのではないでしょうか。

☆ソクラテスは、この始まりを明瞭に認識したのではないかと思います。

☆感想、ご意見、批判などをお寄せいただければ幸いです。