kierkegaard

その30

 他の著作同様、長い副題をもつ『序文ばかり』は、『不安の概念』と同じ日に、著者ニコラウス・ノネベタの名前で出版された。
 通常、書物の序文というのは、本文があるからこその前書きであり、本文では述べることのできない本文の意図や動機を短く述べるために書かれるものである。しかし、『序文ばかり』には、その著書名が示すように、本文はない。八つの異なった序文と、その前にさらに「はじめに」と題する序文が置かれているのである。まさに、「序文ばかり」の書物であり、本文のない無内容な書物という体裁が施されている。当然、この種の書物が読まれる可能性はほとんどない。キルケゴールは、そのことを重々承知の上で、多額の費用をかけてこれを出版したのである。
 それは、ある人に言わせれば、「キルケゴールが1843年に出版した数々の書物に対するデンマークの批評家たちに対して、彼自身がひとこと報いたかったから」である。その書物の内容は全く読まずに、あるいは表面だけしか流し読みせず、真実を理解することもなく、序文や後書きだけを読み、これを批評する。そして、世間の人々は、その書物よりも批評家が書いた批評文の方を尊重する。こうして「大勢の物知り屋」が製造される。これは今も昔も変わらない。
 キルケゴールが書物の体裁を「序文ばかり」にしたのは、無内容な序文ばかりの本の愚かさを示すことによって、序文しか読まない読者の愚かさに呼びかけ、読者がそこで自分の愚かさに気づくことを期待するからである。
 しかし、それ以上に、この書物はキルケゴールのアイロニーで貫かれている。これはキルケゴールの全著作に共通することであるが、彼は全てのことを文字面で表現しない。『哲学的断片への結びとしての非学問的後書き』の中でも、「直接的伝達は不可能である」と述べられているが、修士論文『イロニーの概念』でも「現象は本質ではなく、本質の反対である」と記し、実存者にとって必要なものが、現象と本質を分離させるアイロニーであり、現象の中で、現象に振り回されずに本質を見出すことが重要である、と指摘していた。実存なき言葉は、ただの「無駄話」であり、「騒がしいおしゃべり」にすぎないからである。それ故、著者ニコラウス・ノネベタは、アイロニカルな人間として描かれている。
 ニコラウス・ノネベタは、若い頃から作家を志していた人物として設定されている。
 人は、自分が何かの考えをもつようになると、それを表現したいという欲求に駆られる。文学、芸術・・・への欲求が生まれる。日記を記し、詩を書き、曲を作り、キャンバスに向かう。自分の中に何かが「ある」という思いが、表現への欲求として現れてくる。しかし、このような欲求に駆られて書かれたものは、経験上からいっても、「直接的、一面的」になり、「背伸びしたもの」か「青臭いもの」のどちらかである。
 しかし、ニコラウス・ノネベタは、それらの「青臭い作家志望者」とは異なり、相当の洞察力を持ち、人生に対する確信もあり、余裕とユーモアを持ち合わせた人物である。
 彼は『序文ばかり』の序文としての「はじめに」で、「論争におけるさすがの私のあらゆる熟練も、わが家の家庭生活では、実際の役には立たないぜいたく品になりはててしまうのです」と書いて、彼の内なる精神性を理解しない妻によって、むしろ軽視されている彼の日常生活をユーモラスに描く。ソクラテスとその妻のクサンティッペとの関係が想定されているのかもしれない。「わたしの女房は、自分の考えに固執し、それを終わりまで押し通します」と語るノネベタは、自分の妻からでさえ無視される自分の知性に苦笑しているのである。自分の妻さえ動かすことができない知性、実際には何の役にも立たないと思われる知性、ノネベタは、その知性によって、せめて「序文」だけでも書く、というのである。このこと自体が、また、強烈なアイロニーに他ならない。

その31

 『序文ばかり』に納められている『序文1』は、一冊の書物を出版する際の心得と行ったものから始まる。ノネベタは次のように指摘する。
 出版に際して最も重要なことは、「内容そのもの」よりも「どれほどの報いがあるか」ということであり、読者の気に入られるかどうかにかかっている。要は「時代の要求」に合ったことを書き、人気を得、それで「儲かる」なら、その出版は最高のものとなる。内容はどうあれ、ベストセラーの肩書きでもつけば、たとえ読まれなくても本は売れる。出版は成功となるのである。
 これは、言うまでもなく、ノネベタの皮肉(アイロニー)である。しかし、これは、キルケゴールが生きた19世紀のデンマークも20世紀の日本も変わることのない現実でもある。
 出版社が存続するためには、まず本が売れなくてはならない。難解なものや「固いもの」はまず売れない。おまけにそれが無名の著者となると、出版の計画すら立てない。最も売れるものとして好まれるものは、「人々の気に入るもの」、手軽で、寝ころんでパラパラと読めるもの、読者が容易に理解できる分かり易いもの、読まなくても、ただ眺めているだけで分かるように写真や絵が豊富にあるもの、読んですぐに役立つもの、でなければならない。
 これにはキルケゴール自身の体験も反映している。彼が1843年に最初の左手著作として出版した『あれか−これか』は、やがては消え去るべきものとして位置づけられていたにもかかわらず、出版後10日して、すぐに書評が出され、新聞や雑誌で論議され、評判になった。『あれか−これか』は525部出版され、まもなく品切れとなり、やがて再版の話も持ち上がった。しかし、キルケゴールが、これこそ読んで欲しいと願って『あれか−これか』と同時に出版した『二つの建徳的講話』は、「どの人からも深い意味では注意を向けられたこともなければ、念頭におかれたこともなかった。」
 出版社は読者のために本を出すのではない。「もうける」ためであり、作家も嫌らしいこびへつらいの迎合的文章をつづる。かくて、人間の精神行為は「お金」に支配された醜悪なものとなる。現実は、常に醜悪である。永遠ではなく即時、聖ではなく俗、信頼ではなく裏切り、愛ではなく憎しみが、なぜか好まれる。ノネベタはこの現実を描くことによって、現実の醜悪さを指摘しようとする。
 『序文2』では、ノネベタは、出版社の現実に続いて、読者の現実を描く。
 多くの読者は、「読まずに書かれた書評」や「うわさ話」に左右させられている。「『あのすばらしい批評をお読みになりましたか』『いいえ、まだです』『あなたは、あの批評を読むべきですよ。』」かくして、書物それ自身の内容ではなく、批評や解説が中心に据えられていく。これが「読者」といわれる世間の現実である、というのである。
 ここには、キルケゴールがこの書物を出版しようと決意した背景がうかがわれる。
 コペンハーゲン大学のヨハン・ルートヴィヒ・ハイベル教授がキルケゴールの『反復』についての批評を公にした。ハイベル教授は、詩人であり、後期ロマン派の指導的立場にいた人であり、ヘーゲル派の哲学者、批評家、劇作者、流行作家、でもあった人であり、1849年から1856年までは王立劇場の支配人もした人であった。この名声ある人が、キルケゴールに言わせれば、満足に読みもせずに、『反復』を批評し、人々はこの名声ある人の批評をこそ取り上げたが、『反復』それ自体を取り上げることはなかったのである。
 こうしたことは、20世紀の日本でも、いつも起こっていることである。いつの世でも、時流に乗った軽薄短小の薄っぺらな批評家が好まれる。
 ニコラウス・ノネベタは、本の出版という一つの例で、こうした現実を描き出し、「時代の要求」か「永遠の要求」か、「世間の関心」か「神の関心」か、を問おうとしているのである。そして、不確かな世間を相手に生きることではなく、真理の神を相手に生きることを、暗黙の内に主張するのである。  ノネベタは、『序文3』と『序文4』でも、このことを繰り返す。

その32

 『序文5』は、いわゆる倫理的善行運動ということについてである。
 現代でも、禁酒運動、禁煙運動、ボランティア活動、慈善運動というものが数多く行われている。特にボランティア活動は、最近盛んになった。それはそれで意味のあることかもしれない。しかし、たとえば、ある愚かな大学では、時流に乗り遅れまいと、ボランティア活動を学生の必修科目にさえ指定している。「ボランティア」とは、本来、自分の「意志(ボランタリー)」で行うものであるにもかかわらず、大学が学生にそれを強要するのである。それが大学の教育のうたい文句になっているのを見た時、その大学の指導者たちの腐った脳細胞の腐臭を感じざるを得なかった。
 ともあれ、1843年10月8日に、コペンハーゲンで禁酒連盟が創設され、その会員はブランデーを断ち、アルコール飲料を一切口にしないことが義務づけられた。
 1813年にイギリスとの戦争に敗れたデンマークは、その敗戦の苦境から、経済成長と民主主義を柱にして、何とか立ち上がろうとしてきた。その経済成長の代償として社会全体の倫理的側面がなおざりにされてきた。それは、第二次世界大戦後の敗戦国日本の社会状況と同じである。その背景の元で、禁酒運動が多くのスローガンと共に始まったのである。倫理や正義が声高に叫ばれる時は、倫理が地に落ち、不正義が横行する社会背景がある。「仲良くしましょう」という時は、「不仲」が横たわっている。
 しかし、慈善運動や禁酒運動、立派なスローガンで、真の倫理性を回復することができるのだろうか。
 ニコラウス・ノネベタは「否」と言う。人はこのようなスローガンを掲げ、レッテルを貼ることによって、ただ他の人々からの賞賛と名声を勝ち取るだけに過ぎない。彼らが得るものは、倫理とは逆のことである。彼らが得るものは、酒飲みへの軽蔑と嫌悪、そして自己満足だけである。彼らの実体は、禁酒団体の会員数に「1」という数字を加えられただけの存在であり、団体という賛同者はいても、彼自身はどこにもいない。彼は自らをただの数字におとしめただけである。
 組織の歯車、人はそこに自分の実存をおくと、組織が大きければ大きいほど安定した気分を得ることができるように錯覚する。選択と責任は組織が引き受け、全ては非人格化される。酒には酔わないかもしれないが、世間に酔い、組織に酔う。
 こうして、倫理運動は、本来の倫理からずれ、団体や組織は人間の実存を曖昧にする。ノネベタは、団体者として生きる者に、その矛盾をアイロニカルに突きつけるのである。
 キルケゴール自身は、後に「単独者」という概念を明確にしたが、単独者は、ここで言われている団体や集団、大衆や政治に相対する概念である。「世には、衆(多数者)のあるところには真理もあるとか、衆を味方につけることが真理には必要であるとか考える人生観がある。」しかし、真理は衆でもなければ政治でもない。それ故、何らかの団体に加わっているということだけで、自分に何らかの意味づけをしようとすることは無意味なことである。それがたとえ禁酒会であろうが教会であろうが、会員というレッテルだけでは何も意味しない。しかし、世の中では、多数者が主導権を握り、大衆の支持は最大の力となる。大衆の中では常にこの世的なものが優先し、労働も生活も努力もそのためになされる。そして自分自身を失う。
 単独者は、ただ一人で、自分自身で確固として立つ。それ故、彼は自分自身を失うことはない。確固として立つ者、それが実存者に他ならない。実存の形態は、突き詰めれば二つしかない。徒手空虚でありつつ自分で自分をたてようとする無神論的実存者と自分で自分をたてることが不可能であることを知り、神の前で自分を立てようとするキリスト教的実存者である。(ただし、ここでいうキリスト教的というのは、既成の歴史的宗教としてのキリスト教とは少し異なる。)彼は神の前に一人で立つ。これがキルケゴールの言う「単独者」である。単独者は、人生のあれか−これかを厳密に選択する。なぜなら、「あれも−これも」の人生の残すものは一握の灰だけだからである。
 ニコラウス・ノネベタは、衆や団体を頼むことの愚かさを描き、この単独者の姿を暗示しようとするのである。

その33

 『序文6』は、いわゆる「教養人」と呼ばれる人の実体を暴き出そうとするものである。その書き出しで、ノネベタは、「デンマーク文学は、今日まで、まだ教養ある人々のための建徳的な文書というものをもっていません」と言う。そして、1823年に出版されたデンマークのキリスト教会の指導者ミュンスターの『あらゆる日曜日と金曜日のための説教集』を好意的に取り上げ、それを読む「教養人」の実体を批判するのである。
 ミュンスター監督は、キルケゴールの父ミカエルの聴罪牧師(罪の告白を聴く牧師)であり、父が尊敬してやまなかった人であることから、当時のキルケゴールはその説教集を好んで読んでいた。晩年、ミュンスターへの疑問がふくれ、彼を徹底的に批判したが、当時は、ノネベタの口を借りて、「この説教集は、もちろん、とりあえず個々の人間がいっそう真剣な自己検討をするように目を覚まし、そのような態度を養い、それによって自分自身に関する、自分自身のための、自分の幸福や、救いや、祝福のためのより深い配慮を持つようにすることを望んでいます」と肯定的に賞賛している。
 しかし、この十分建徳的である説教集は、それを読む「教養人」によって、「満足のいかないもの」になっているというのである。
 ある書物が人々に満足を与えない場合は、その理由として二つのことが考えられる。ひとつは「その書物自体が人を満足させるに足りない」からであり、もう一つは「人がその書物を満足に読めない」からである。ノネベタは、デンマークの「教養人」は後者であると言う。
 教養ある人は、教養があるにもかかわらず、いや、正確には教養があるからこそ、あの書物をあの書物として読めないのだ、と指摘する。教養ある人は、その自分の教養によって読もうとするので、学問性を求め、その目は、文の構成や論理の展開の方へ向けられてしまう。ところがあの書物は建徳のために書かれている。
 教養ある人は、「建徳的な気持ちを起こさねばならない場合に、己の心を乱されることを欲しないのであり、すべてのこまごましたこと、個々の人間、自分自身などというものを思い起こすようにされることを望まない。」最初から、学ぶことも、教化されることも、建徳的になることも望まず、不動の自分を基盤にしている。彼が望むのは、人々からの賞賛か他の人への試験官、批判者であることである。彼の中には、自分自身への巨大な信頼と尊敬、自己満足がある。彼には自己吟味は不要であり、基準は揺るぎない自分自身である。だから、教養ある人は、建徳的な書物を、建徳的なものとしてよむことができない、とノネベタはいうのである。
 このことの背景には、もちろん、教養人と呼ばれる人たちへの、その教養ゆえのアイロニーが含まれている。つまり、教養人は、自分自身の教養、学問、揺るぎない自分自身、に立つことによって、「生きているようであるが、実は死んでいる。」教養人は「今」をいきることができない。なぜなら、「今」を生きる者、つまり実存者は、絶えず生成の中にあり、また自分が生成の過程にあることを知っているので、絶えざる自己変革を試みる。それ故、その目には、建徳的なものは建徳的に、学問的なものは学問的に、映り、それらが自分自身を高めるように受け取ることができる。
 ノネベタのアイロニーは、自己を確立したと思っている人間と自己がいつも生成の過程にあることを知っている人間のアイロニーである。

その34

 『序文7』は、本来、『不安の概念』の序文として書かれたものである。『不安の概念』は、当初、キルケゴール自身の実名で出版される予定であったが、最終的には、ヴィギリウス・ハウフニエンシスという仮名での出版となった。そのため、当初書かれていたこの序文がふさわしくないものとなり、この『序文ばかり』に納めることによって公表されたものである。
 キルケゴール自身は、この『序文7』を出版するためだけに、『序文ばかり』を出版しようと思ったのかもしれない。それは、ニコラウス・ノネベタがこれまで述べてきたことの総体が、この短い文章の中に現れてきているからである。ここでは、「実存」と「見せかけ(錯覚)」、「実相」と「虚飾」などの区別が示されているが、それはまた、実存に生きる主体性と美的直接性に生きる者との区別でもある。
 「実」を現す側には『不安の概念』の著者、ヴィギリウス・ハウフニエンシスが置かれ、「虚」を現す側には、『十一冊目の本』を意味ありげに出す著者がおかれている。もちろん、これらは、キルケゴール自身の内面の二つの極端な姿である。
 ヴィギリウス・ハウフニエンシスに関して、『序文ばかり』の著者ノネベタは次のように言う。
 「人間というものをみんな理解しようというような途方もない課題のかわりに、彼は、おそらく人はせせっこましい、ちっぽけだと言うかもしれませんが、自分自身を理解する、という課題を選んだのです。」と。
 つまり、ヴィギリウスは自分のできうる範囲で、自分自身にどこまでも誠実にあろうとする実存者である、と言う。
 他方、「十一冊目の本をさも意味ありげに出版しようとする者」は、「見せかけ」と「虚飾」の中にいる者である。
 『序文1』でも述べられたように、書物の出版には、おもに4つの目的が考えられる。多い順から言えば、大多数のものが「もうけるため」である。次に「評価されたいため」であり、「他の人を助けるため」である。そして最後が「自己理解のため」となる。
 「十一冊目の本」というのは、その内の最初の3つの目的で出される書物のことである。たとえば、多くの書店に並ぶ本や学術論文。書店に並ぶ本は、その多くが「もうけるため」に書かれれている。実際にもうけるかどうかは別にしても、それが「読まれる」ことよりも「買われる」ことが期待されている。発行部数の多さが誇らしげに記されるのはそのためである。学術論文は、「もうけること」がほとんど期待されないが、人々からの賞賛と評価を得るために出される。世間からの評価を得、それが「もうける」ことに繋がればよい、ということになれば、内容がどんなに専門的で高尚なものであったとしても、それはそこらの週刊誌や広告収入を期待して出される就職情報誌と大して代わりはない。注目されるのは、売り上げや発行部数や、評価であり、著者の実存は無関係である。
 「他の人を助けるために出される本」が確かに存在する。比較的純粋な気持ちで、この本は書かれ、出版される。出版の大義名分ともなる。美談にもなる。しかし、いったい誰が他の人を助けることができるだろうか。ノネベタは、「自分は他人を助けるために書物を書くということをしない」し、自分にはできない、と言う。彼は、自分の中に実のない間は、決して他人には口出しはしない、と言う。たとえそれがどんなに些細なことであっても、他者の実存に関わることを口出ししない。否、少なくとも彼は、自分が他者の実存を手助けできるほど立派な人間ではない自分自身をよく知っている。自分を知る者は、どんなに優れた心理学の知識を持っていたとしても、また、目を見張るような心理分析が可能であったとしても、自らカウンセラーになることを拒否する。自分の実存は自分自身からでないと見つけることができないことを、彼は知っている。
 だから、今はまず、自分自身を理解することを目標として掲げ、もし、その作業を通して、人が喜びを見出すならば、「それはそれで、ますますけっこうなこと」であるに過ぎない。たとえこのような人が一人もいなくても、いっこうにさしつかえないのである。彼は自由である。その自由の中で自分自身を見出そうとするのである。
 人々からでもなく、人によってでもなく、自分の目で見たところに従って、神の裁きを心に留めつつ、自由に、自立して生きること。これが彼の姿である。「人生や人生の関係を考察する場合、何が真剣な試練に耐えうるのか、何が薄い氷の表面のように、ただスケートでさっと通り過ぎることだけにしか耐え得ないのか、ということをわきまえ知るほどになっていない人は、もちろん決して自分自身においても、また、自分の業績においても、まじめさに立ち至ることはない。」
 見せかけのものや虚飾は、それがどんなに輝かしいものであろうが、またどんなに実感があろうが、安定しているように見えようが、真の日の光の下で消え去る影に過ぎない。それゆえ、見かけ上安定した人、しかも他人のために何か貢献しようと思うほどに安定した人に、彼は、「彼が他人のために行うことに対する考えにおいて、まじめになることに喜びを感ずるような場合には、この人は根本から愚か者であり、あらゆる容姿や振る舞いや、力強い話し方や細心の注意を払った役者のような身振りにもかかわらず、その人生は冗談であり、冗談であり続ける。」と言う。彼は他人を知らないだけでなく、自分自身を知らない。知らないが故に、「他人のため」という高貴な思いを抱く。自分自身を知らない者は、自分の足下に没落という深淵をもち、その根底は無にすぎない。自分自身が「無」として死んでいるのに、他人のために何ができるというのか。これは人生の冗談以外の何ものでもない。自分自身を理解すること、これなしに何ものも生まれない。
 しかし、ここでいうノネベタの自己理解とは、自分の性格や性質、立場や考え方の理解のことではない。それらの二次的なものである。時代や状況、立場で変わるものに過ぎない。自己理解は、自分の中に隠されている本質の理解である。そして、この本質は、「苦しみ」によって噴出してくる。「苦しみなくしては、誠の知識がないというのは確かなことです」とノネベタは言う。ただ苦しむ者だけが、真の自己を見出す。それが実存に生きる者の姿に他ならない。ノネベタは、そう結論づける。
 キルケゴール自身は、この「苦悩」の問題を、後の『哲学的断片への結びとしての非学問的後書き』で明瞭にしている。

目次
 生涯
「あれか−これか」
「おそれとおののき」
「反復」
「初期建徳的講話」と「哲学的断片」
「哲学的断片」(2)
「不安の概念」(1)
「不安の概念」(2)
「序文ばかり」
「人生行路の諸段階」
「哲学的断片への非学問的後書き」(1)
「哲学的断片への非学問的後書き」(2)
「哲学的断片への非学問的後書き」(3)
「哲学的断片への非学問的後書き」(4)
「哲学的断片への非学問的後書き」(5)
「現代の批評」
「死に至る病」(1)
「死に至る病」(2)
「死に至る病」(3)
「死に至る病」(4)
「死に至る病」(5)
「野の百合・空の鳥」
「わが著作活動の視点」

キルケゴールのソクラテス理解
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