第一章 キリスト教倫理の構造
第一節 倫理の概念的命題(5)
こうして、自然法をも含めたすべての倫理的実践行為が形而上学的超越としての神に基礎づけられ、そこから体系化されたものが「倫理」概念となったのである。
古代ギリシャ人は人間の四元徳として、知恵、節度、勇気、正義、を考えていたと言われるが、それらの人間の善性は、人間が神的なものから創造された際にその神的なものの一部として人間に本性的に備わっているものであり、この神的本性を開発し、形成していくことをもって「倫理」を位置づけたのである。
アリストテレスは、先に挙げた『ニコマコス倫理学』の中で「人間の善とは、人間の卓越性(アレテー)に即しての、またもしその卓越性が幾つかあるときには、最も善き最も究極的な卓越性に即しての魂の活動である。」(7)と述べているが、彼が、究極の卓越性として「不動の第一動因」としての超越(神)を前提としていたことは言うまでもないことである。
そして、このような「倫理」概念の倫理的動機と究極的目的としての形而上学的基礎づけが、実は、倫理学の基本的問題として歴史的に西洋倫理思想を発達させると同時に、それぞれの倫理学の根本に置かれ、倫理学を特色づけ、真、善、美、法、良心、哲学と神学、奴隷意志と自由意志、特殊性と一般性、倫理と宗教などの問題の根底に横たわってきたのである。
従って、キリスト教倫理学の特殊性と普遍性を論じる場合にも、この問題は焦眉の課題となる。
問題はその「倫理学」の基礎づけとしての形而上学的超越概念の崩壊にあるが、この問題は歴史的には西洋哲学思想とキリスト教神学の中で深められてきたので、キリスト教倫理学の形成史を概観することによっていっそう明らかとなる。
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