小さなまとめと脚注
われわれがここで試みようとしている新しく再構築されるキリスト教倫理学は、世界を内包する自己自身が「神の前」に立っていることを認識するところから出発する。それは、真実の沈黙のうちに自己と世界を静かに認識するところから始まる。倫理学は沈黙の学である。
キリスト者は、自らを「神の前」で認識し、「神と共に」、「神なし」に自己の自由と責任において決断と行為を為し、その後、再びその場所に帰るのである。
「神の前」にある人間が、初めて正しくすべてを「神なし」に認識し、判断し、「神と共にある」ことによって、「神の前」で「神なし」に行為することができるのである。
そしてまた、すべてを「神なし」に自己の主体的決断と責任によって引き受けようとするものは、常に自己を「神の前」で「神と共に」保持するのである。キリスト教倫理学は、この「神の前」から始まり、「神の前」に帰っていく運動の道筋を整えるものにほかならない。
注
第一章
- Troeltsch, E., 佐々木勝彦訳 『倫理学の根本問題』, トレルチ著作集3, ヨルダン社, 1983, 111頁
- 金子武蔵編『新倫理学事典』 弘文堂, 19857, 200-210頁
- 中村元 『東洋人の思惟方法3』, 春秋社, 1972, 参照
- 大島晃訳, 藤堂明保監修 『孟子』, 中国の古典4, 学習研究社, 1983, 152頁
- アリストテレス, 高田三郎訳 『ニコマコス倫理学上』, 岩波文庫, 1971, 55頁
- プラトン, 田中美知太郎訳 『ソークラテースの弁明・クリトーン・パイドン』, 新潮文庫, 1968, 84頁, 59頁
- アリストテレス 『ニコマコス倫理学上』, 前掲書, 33頁
- 拙論, “The Comprehension of God in Early Christian Thought", 日本ルーテル神学大学紀要 第2号, 1993, 128-133頁, 参照
- 初代キリスト教神学における倫理的諸問題に関して、近年多くの研究が為されているが、その代表的なものの一つとして、R. M. Grant, “Early Christianity and Society", 1977
- Luther, M., 福山四郎訳 『善きわざについて』, ルター著作集第1集第2巻, 1963, 聖文舎, 参照
- Kant, I., 原佑訳 『純粋理性批判』 第2版序, カント著作集4, 理想社, 1986 6, 50頁
- Kant, I., 深作守文訳 『人倫の形而上学の基礎づけ』, カント著作集7, 理想社, 1984 5, 63頁
- Bonhoeffer, D., 村上伸訳 『キリスト教倫理の根本問題』, ボンヘッファー選集7, 新教, 1968, 7頁
第二章
- Troeltsch, E. 佐々木勝彦訳 『倫理学の根本問題』, トレルチ作集3, ヨルダン社, 1983, 268頁
- Bultmann, E. 土屋博、山形孝夫、他訳 『信仰と理解』, ブルトマン著作集11−14, 「神学論文集」I ー IV, 新教出版社, 1981−1986. 引用は、「神学論文集 I」、「神を語ることは何を意味するか」, 42頁, 「神学論文集 IV」、「非神話化の問題によせて」, 174頁
- Bonhoeffer, D. 倉松功、森平太訳 『抵抗と信従』, ボンヘッファー選集5, 新教出版社, 1974 7, 252−253頁
- Jaspers, K. 重田英世訳 『啓示に面しての哲学的信仰』, 創文社, 1986, 17頁
- Barth, K. 井上良雄、吉永正義訳 『現代における倫理学の問題』, カール・バルト著作集5, 新教出社, 1986, 41−80頁
- 20世紀のプロテスタント神学は、すべて、この神学の根幹にかかわる問題について努力が払われてきたといっても過言ではないだろう。K.バルトは「啓示」という概念で、R.ブルトマンは「非神話化」で、P.ティリッヒ(Tillich)は「存在の根底」という概念で真正面からこの問題を取り上げてきた。
聖書学的にも、教義学的にも、厳密な考察と展開がなされてきたし、その後にもそれぞれの影響下で膨大な論文が提示されているが、私自身は、日本という非キリスト教社会の中で、「神についての考察」は、まだあまりに進まなさすぎると感じている。
20世紀プロテスタント思想史については、H.ツァールント(Zahrnt), 新教セミナー訳, 『20世紀のプロテスタント神学上下』, 新教出版社, 1975がよくまとめられている。
初代教会における神理解は、すでに、拙論 “The Comprehension of God in Early ChristianThought”(日本ルーテル神学大学紀要第27号, 1993)で論じている。 - Jungel, E. 大木英夫、佐藤司郎訳『神の存在』, ヨルダン社, 1984, 32頁
- Bonhoeffer, D. 前掲書, 187-193, 227-233頁、他
- Barth, K. 前掲書, 76頁
- Bonhoeffer, D. 村上伸訳 『キリスト教倫理の根本問題』, ボンヘッファー選集7, 新教出版社, 1968, 9頁
- バルトとボンヘッファー、およびブルトマンの神学の同一点と相違点に関しては、多くの神学者によって論じられている。
20世紀において、この三人は、西欧プロテスタント世界のみならず、日本の神学に最も大きな影響を与えたからである。この問題について、『D.ボンヘッファー神学研究序説ー成人した世界と神』(ルーテル神学校卒業論文,1979)と『成人した世界とD.ボンヘッファーのキリスト論の構造』(立教大学大学院文学研究科修士論文,1983)で論じたが、本文に指摘した相違は、さらに明白で、これについては、ここでは触れることができないが、詳論を必要とするだろう。 - Bonhoeffer, D. 『抵抗と信従』, 前掲書, 258頁
- Tillich, P. 谷口美智雄他訳 『文化の神学』, ティリッヒ著作集7, 白水社, 1978, 大木英夫訳『存在と意味』, ティリッヒ著作集9, 白水社, 1978, 他参照。
- Bonhoeffer, D. 前掲書, 253頁
- Luther, M.WA.56, 171, 27;56, 418, 30、他福山四郎訳 『善きわざについて』, ルター著作集第1集第2巻, 1963, 聖文舎, 参照
- Bonhoeffer, D. 森野善右衛門訳 『現代キリスト教倫理』, ボンヘッファー選集4, 新教出版社, 19748,80頁
第三章
- P. Ricoeur, "Essays on Biblical Interpretation", Ed. by L. S. Mudge, Fortress Press,Philadelphia, 1980, p.49-72. 参照。
- D. Bonhoeffer, 村上伸訳 『キリスト教倫理の根本問題』, 「ボンヘッファー選集7」, 新教出版, 1968, p.10.
- 世俗化についての考察で、代表的なものだけでも以下のものがある。
E. H. Carr, 清水幾太郎訳『歴史とは何か』, 岩波新書, 1978.
M. Weber, 梶山・大塚訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』, 岩波文庫, 1989
M. Heidegger, Halzwege, Vittorie Klostermann, Frankfurt, Main, 1952 - F. Gogarten, Was ist Christentum I, Gättingen, 1956, s.73.
- M. Heidegger, 前書, s.199.
- M. Weber,大場・生松共訳『宗教社会学論集』, みすず書房, 1972, p.101.
- F. Gogarten, Der Mensch zwischen Gott und Welt, Heidelberg,1952, s.38ff., 53ff., 146, 317.
- 同書 s.25ff., 71.
- M. Ende, 大島かおり訳 『モモ』, 岩波書店, 1976.
上田・佐藤訳 『はてしない物語』, 岩波書店, 1982. - I. Kant, 門脇卓爾訳 『論理学・緒論』, カント全集第12巻『批判期論集』, 理想社, 1986 5、p.376−377.
- K. Jaspers, 重田英世訳 『啓示に面しての哲学的信仰』, 創文社, 1986, p.32.
- E. Broch, 山下肇他訳 『希望の原理 I , III』, 白水社, 1982, I , p.17, 355, III, p.14.
- S. Kierkegaard, 氷上英廣訳『不安の概念』, 「キルケゴール著作集10」、白水社、1975 6, p.25−34.
●新刊本のお知らせ
HP『思想の世界』の主幹者である小副川幸孝先生の新しい著書『説教集−日々の糧を与えたまえ』が、リトン社より発行されております(定価 2,500円)。
ぜひお近くの書店にてご注文ください。お問い合わせは K's Community まで。
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