現代キリスト教倫理
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第三章 「神の前で、神と共にある、神なし」の倫理学

第1節 倫理的決断に至る現実認識における提題の意味(2)

 倫理的規範としての「愛の戒め」そのものは、新約聖書の独自なものでもイエスの教えだけに特別に属するものでもないことを、われわれはすでに知っている。

 D.ボンヘッファーの指摘によれば、イエスの時代には、「愛の戒め」はすでに至るところで語られ、教えられていた。(2)

 ユダヤ教のラビ、ヒレルは、「何が最も大切な戒めですか」という質問に対して、イエスの言葉と同様に、「あなたの隣人を、あなた自身のように愛しなさい。これが最も大切な戒めである」と答えたり、「あなたが自分にとってそうあって欲しくないと思うことは、だれにもしてはいけない」と語ったりしている。

 ローマの哲学者セネカは、「皆の幸せのために労し、一人一人を助け、敵に対しても助けの手を差し伸べることに倦んではならない」と教えた。

 仏教の経典にも『論語』にも、われわれは同じ言葉を見い出すことができる。

 恐らくそれだけに、「愛の戒め」は、人間が人間として生きる上で最も基本的な人類に共通の倫理的課題であるとも言えるが、しかし、真実の意味で、聖書に基づくキリスト教は、これを規範的、もしくは倫理的原理として位置づけることを拒否する。

 イエスの生涯と「山上の説教」は、もしそれを真剣に受け止めるならば、愛を規範として用いることを明瞭に否定している。

 そこにあるのは、具体的状況の中でのそれぞれの葛藤において、常に「永遠」という実存的決断の瞬間で「神の前に立つ者」として、自由と責任を負いつつ新しい決断を繰り返していくことだけである。

 そこでは個々の具体的な状況の中での個々の倫理的決断が存在するし、そこで初めて、その自由と決断の実践に関する責任が問われるのである。

 われわれが日毎に出会う予測し難い状況の中で、真実の「愛」は、そのような自由と責任の相の下で、初めて具体的なものとなることができるのである。

 新約聖書のアガペーは、何らかの道徳的規範としての愛ではなく、実存的決断の瞬間における道標にほかならない。

 「神の前」で、人はその道標としての「愛」を告げ知らされるのである。

 イエスの独自性はそこにこそあるのであって、「愛の戒め」そのものにあるのではない。

 従って、キリスト教倫理学を「愛についての道徳的規範の教え」とすることは、現実認識を失わさせるだけでなく、聖書そのものによっても否定されているのである。

 倫理的決断における精神のダイナミズムを見失い、規範としての倫理学を主張しようとするところでは、聖書的諸概念の現実認識と現実についての熟慮された神学的考察が欠落している。

 神学は、言うまでもなく、聖書的諸概念を取り扱うが、概念は現実認識のロゴス化であり、現実そのものは、ちょうど畑に隠されている神の国の宝のように、そのロゴス化された概念の中に隠されている。

 神学はその受肉したロゴスの解釈を必要とする。そして、その解釈と現実認識の交点が常に鋭く問われるのである。

 この交点が抽象化されたり虚像となってしまうところで、人は、宣教によって告知される救済の概念の現実性を失ってしまうのである。

 なぜなら、人間の現実認識は、現実の諸経験の出来事から出発するのであり、何らかの概念化された「神」から出発するのではないからである。

 まして、人間の現実を考察する倫理学は、抽象的な神概念から出発することはできない。

 倫理学は、あくまでも歴史的現実に規定された人間の学であり、本来的に、認識と決断の精神の反復運動の中に置かれるべきものである。

 その意味では、われわれがここで掲げている倫理学上の提題の順序は、もしそれを順序立てて論述しようとするなら、現実についての人間の認識可能な順序にしたがって、「神なしに、神と共に、神の前」での倫理学といった順序となるだろう。

 ただし、この三つの前置詞は相互に浸透的な連環を形成し、螺旋的なサークルをも形成するものであるが、この逆転が、教義学と倫理学の本質的に質的な相違である。

 その意味で、キリスト教倫理学を規定するこの三つの前置詞が示す概念について論述する際、われわれは、倫理的決断における「神なしの現実」から出発しなければならない。

 それは、われわれが直面し、その中に置かれている現実が「神なし」の現実であるからにほかならない。

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