(土)
- 2 28, 2004
普通、2番じゃなくて1番でしょ?
「民主党知的財産制度改革推進議員連盟」の名をかたった「決議(案)」と題する電子ファイルが送られてきました。これによると、同連盟は、
この観点にたって、今国会における
(1)
海外でライセンス生産された音楽CDが我が国に逆輸入されることを防止する措置の導入
(2)
書籍・雑誌が著作者に無断で貸与されない権利(=貸与権)の付与
についての立法化を行うよう決議する。
ことを画策しているようです。おそらく怪文書の類だとは思うのですが、民主党の議員で本気でこんな決議を行おうという人がいるとしたら、私はその方の政治的センスを疑います。
なぜなら、こんな決議を行って著作権関連団体におもねってみたところで、著作権関連団体に「2番目に好かれる」政党にしかなり得ないからです。民主党が本気で政権を取る気があるのならば、著作権関連団体を除く国民に「1番目に信頼される」政党を目指すはずだからです。
著作権関連団体を除く国民は、「日本在住者は、音楽CDを購入するためには、アメリカ在住者の2倍以上の代金を支払うのが当然である」とは考えていないわけだし、「日本国内では、公立図書館以外には図書館を設立・運営させてはいけないのだ」とは考えていないわけです。もし、自民党が、文化庁と著作権関連団体のいうがままに、レコード輸入権創設、書籍・雑誌の民間業者による貸与の禁止を消費者無視で実現しようとするならば、それは、その非を国会やマスメディアを通じて明らかにして、「一部の業界の利益よりも、一般の国民の利益を重視するのが民主党である」とアピールするチャンスになるのです。それなのに、自民党と一緒になって、著作権関連団体にすり寄って行こうだなんて本気で考えているとしたら・・・ほんと、政治的センス、なさ過ぎですね。
Posted at 12:41
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(水) - 2 25, 2004
自民党に物申す
今日、自民党のwebサイトにアクセスして、次のような投稿をしました。
商業用レコードの日本国内への輸入を禁止する権利をレコード製作者に付与する著作権改正法案を自民党の部会が承認したとの報道がなされています。
英米のメジャーレーベルからライセンスを受けて日本のレコード会社が生産し販売するディスクの大部分が、同じ先進国であるアメリカやイギリスの市場価格よりも遥かに高い「定価」が付けられており、しかも、規格に従ったCDプレイヤーによる再生すら保証されていない(レコード会社もオーディオメーカーも再生を保証してくれません)コピーコントロールディスク(CCCD)規格が用いられているため、多くの洋楽愛好家は、英米で正規に流通している音楽CDの並行輸入品をHMV等の大手量販店で購入するか、Amazon.com等のネット通販で取り寄せるかすることにより、何とか、安心して再生できる新譜を入手しているというのが実情です。
しかし、レコード製作者に音楽CDの輸入禁止権が与えられてしまうと、我々洋楽愛好家の一縷の望みすら絶たれてしまう虞が大いにあります。文化庁や日本レコード協会は、レコード輸入権が創設されても英米のメジャーレーベルが洋楽CDの並行輸入を禁止するためにこれを行使することは考えられないと説明しているようですが、国際的市場分割に活用できる法制度を日本が創設してくれたというのに、英米のメジャーレーベルがこれを活用しないと考えるのは余りに楽観的です(私が彼らの顧問弁護士ならば、当然これを活用して、日本の消費者には高い価格を押しつけ、利潤を極大化するように進言することでしょう。世界的映画産業が、DVDについて、「リージョンコード」を用いて国際的市場分割を行っているのと同じように、世界的音楽産業が、輸入権を行使して、国際的市場分割を図ろうとすることは考えられない、となぜ考えられるのか、私には不思議でなりません。)。
もし、自民党が、文化庁の著作権法改正案を了承し、法案として成立させるつもりであるのならば、せめて、それが洋楽CDの並行輸入を英米のメジャーレーベルが禁止するのに用いることができないような文言に改めるべきです。
それもしたくないというのであれば、せめて、今回の著作権法改正の目的は、「邦楽CDの日本国内環流の防止」ではなく、邦楽・洋楽を問わず、海外で流通している商業用レコードの日本国内流入防止であるという正しい説明を国民に対し行うべきです。
政権政党としてもっとも許されないことは、特定の業界と癒着して、当該業界のために、国民を騙して、他の国民の犠牲の下に特定の業界の利益を保護する新たな規制を作り上げてしまうことです。
私は、自民党本部の裏で執務する者として、自民党がそのような愚を犯さないことを願ってやみません。
Posted at 12:43
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(月) - 2 23, 2004
見ざる、言わざる、聞かざる
新聞社などを被告として名誉棄損訴訟などを提起したりすると、彼らは大抵「社会の木鐸」を自認し、「国民の知る権利に奉仕している」かのように主張するのですけど、音楽CDに関する昨今の騒動を見る限り、「そういう悪い冗談はやめてもらいたい」という気分にさせられます。 新譜をコピーコントロールCDで発売する予定との情報が流されたアーティストの掲示板に、ファンたちの悲痛な叫びが書き込まれるという現象が近年頻発しています。ファンの声が届き、コピーコントロールCDでの発売が回避されたり、次作からはコピーコントロールCD規格は使用しない旨の表明が制作サイドから出されたりという現象も生まれています。基本的に大人しい日本の若者が声を上げて理不尽に対し抗議し、行動している姿は、立派にニュースバリューがあります。 でも、新聞も、テレビも、それどころか日頃大新聞に対し対抗意識を燃やし「大新聞が絶対書けない」などと称して「タブーねた」を掲載する週刊誌や夕刊紙も、この問題には触れません。 レコード輸入権の問題にしても、2月17日付の読売新聞
等を読んでも、法改正によって原盤権者による差止めが可能になるのは、邦楽CDに限られない、洋楽CDもそうなのだということはわかりません。まして、つい最近まで正規の音楽CDについても輸入禁止権が認められていたオーストラリアにおいてはメジャーレーベルの音楽CDを流通業者が並行輸入することができず、オーストラリアの消費者は「少ない品数、顕著な高価格」を余儀なくされたということや、正規品の並行輸入を合法化する法改正を与党連合が提案したときにアメリカ大使館が反対に回ったことや、長らく並行輸入を禁止してきたことはオーストラリア国内の音楽産業の活性化には繋がらず、オーストラリアは音楽に関しては輸入大国であり続けたこと等は全く報告されません。 それよりなにより、政官財が癒着して消費者の利益を損なう規制が作られていく場面が、今まさに、ある意味公然と行われているのに、「規制緩和」とか「構造改革」とかそういうことを普段声高に叫ぶ人たちが、「見ざる、聞かざる、言わざる」を決め込んでしまっているということに違和感を感じざるを得ません。
Posted at 01:03
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(木) - 2 19, 2004
音楽産業はいずこも傲慢?
TIMES
ONLINEの2004年1月22日の記事
によれば、The British Phonographic Industry (BPI)
と、CD
Wow!という、香港で売られている音楽CDをイギリスの消費者に安価で販売する香港の会社との間で、低価格市場から仕入れた音楽CDをイギリスの消費者には販売しないということで和解したそうです。同記事によれば、BPIは、ジャージー島?ノある「Play.com」というCD及びDVDのネット通販業者に対しても別途訴訟を提起しており、さらにAmazon.comのような著名なネット通販業者が並行輸入をするのではないかと監視を続けるつもりだといっているのだそうです。 この例を見ると、「レコード輸入権が創設されても、Amazon.comを利用すればよいから自分には関係がない」と思っている洋楽ファンは、もう少し危機意識を持った方が良さそうです。個人輸入代行業者を利用すれば大丈夫だと考えている人も「甘い!」ということがいえそうです。レコード団体からの要求が不当なものであっても、CD
Wow!がそうであったように、訴訟を続けることは時間的にも金銭的にも高くつきすぎる?ニいうことで和解に応じざるを得なくなってしまうのです。 日本で同じような悲劇が行われないようにするために、今何ができるでしょうか。 誰にでも簡単にできるのは、地元選出の国会議員に、レコード輸入権が創設されると、洋楽CDの並行輸入も止まってしまうし、Amazon.com等でUS版、UK版の音楽CDをネット通販することもできなくなってしまうので反対して欲しいと陳情すること、及び、口コミで陳情する仲間を増やしていくことではないでしょうか。そして、地元選出の国会議員が、今回の法改正は「邦楽CDの逆輸入を禁止する」だけのものだと勘違いしているようだったら、それは違うということを伝えることが大切です。 きちんとした身なりで、きちんとした態度で、きちんと実名を明示して陳情をすれば、地元選挙民からの陳情を門前払いできる国会議員は滅多にいないはずです。
Posted at 02:05
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(火) - 2 17, 2004
Amazonがあるから大丈夫?
Posted at 08:41
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異例ずくめのレコード輸入権騒動
私は、一応法律の専門家ですから、法律に関する諸々の事象について基礎知識はあるつもりなのですが、今回のレコード輸入権騒動は非常に異例です。
まず、法律の概要として公表されていることと法律案の文言との間に瑣末的でない齟齬があるという点があります。文化庁は、「海外生産の邦楽CDの日本国内への還流」を禁止できるようにする法改正を行うかのような説明をしているようですが、提出される法律案は、「海外生産の音楽CDの販売目的での日本国内への輸入」一般を禁止することができるようにするものであるようです。「海外生産の洋楽CDの日本国内への輸入」は禁止されないというのは、せいぜい文化庁関係者の希望的観測でしかないわけです。このような官僚の希望的観測に過ぎないものをあたかも改正法案の内容に組み込まれているかのように説明している例を私は知りません。
また、中央官庁が法案提出前にパブリックコメントを求めるようになって以降、パブリックコメントとして寄せられた意見の概要をまとめたものを公表するというのが慣例でした。多岐に渡る論点についてパブリックコメントを求めておきながら、その中の2つの論点について、賛成意見の数と反対意見の数だけを公表するにとどめ、改正案をそのまま法案として提出してしまおうとした例を私は知りません。しかし、昨年の12月24日締切りのパブリックコメントについては、レコード輸入権の創設と書籍貸与権の創設に関する賛成意見と反対意見の数しか公表されていません。
文化庁としては賛成意見の数と反対意見の数を知りたいだけだったのならば、そのように言ってくれれば、「まとまった意見を書くのは出来ないけれども、賛否は表明したい」という人々がそれぞれの法改正に対する賛否を表明したのではないかとも思います。しかし、少なくともレコード輸入権の創設に反対するような人々には、文化庁のそのような意図は伝えられなかったようです。
また、国の基本政策に真っ向から反対するような法改正が、特定の業界からの要請で、あっさりなされてしまうというのも異例です。規制緩和を行い、競争を促進して、小売価格を引き下げ、内外価格差を是正して、国民経済に利益をもたらすということが10年来の日本政府の基本政策となっています。しかし、レコード輸入権の創設というのは、内外価格差を法律の力で維持することが唯一の目的です。アメリカの約2倍という価格差を全ての国民に押しつけることこそが制度の目的です。他の「規制」と異なり、小売価格の高値維持による特定業者の保護以外に何の目的もありません。
規制緩和を求めて様々な提言を行ってきた経団連も、会員企業が内外価格差を維持するための規制創設を求めたら、押し黙ってしまいました。情けないの一言です。
また、明らかにわかる嘘を誰も指摘しようとしないというのも異例です。2月16日付朝日新聞朝刊によれば、「レコード協会は『全世界を市場とする欧米会社が、販売地域を限定したCDを発売することは考えにくく、実質的に還流禁止の対象にならない』としている」とのことです。しかし、全世界を市場とするからこそ市場を分割しようとする、というのが世界の常識です。だから、レコード輸入権が創設されたら、全世界を市場とする欧米会社が販売地域を限定したCDを発売することは容易に考えられます。日本における並行輸入に関する訴訟が「全世界を市場とする欧米会社」の商品について行われてきたこと、DVDにおいて「リージョンコード」が設けられたのは「全世界を市場とする欧米会社」の意向に基づいていることなどを考えても、「全世界を市場とする欧米会社が、販売地域を限定したCDを発売することは考えにくく、実質的に還流禁止の対象にならない」なんていえないことは、簡単にわかることです。
Posted at 02:08
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(月) - 2 9, 2004
我々は猿よりは賢い。────果たして政治家はどうか?
産経新聞の報道<http://www.sankei.co.jp/news/040204/bun020.htm>によると、日本レコード協会や日本音楽著作権協会など音楽関係8団体が、アジア地域で廉価販売された日本の音楽CDの逆輸入を防ぐ措置が法制化されれば、国内販売のCD価格の値下げに業界として取り組む考えを表明したとのことです。
音楽関係8団体って、おそらく、社団法人日本音楽著作権協会 社団法人日本芸能実演家団体協議会 社団法人日本レコード協会 社団法人日本音楽事業者協会 社団法人音楽出版社協会 社団法人音楽制作者連盟 日本レコード商業組合 全国レコード卸同業界のことなのでしょうが、彼らはいかなる権限で「国内販売のCD価格の値下げに業界として取り組む」のでしょうか。
国内のレコード会社が正規にプレスして全国レコード卸同業界加盟の問屋を介して日本レコード商業組合加盟のレコード店が販売する音楽CDに関していえば、再販価格の指定がなされているので、「国内販売のCD価格」は各CDを製造しているレコード会社が決定することになっているはずですし、日本レコード協会に加盟しているレコード会社間で国内販売のCD価格について協議を行うのは独占禁止法上違法となる疑いが高いように玄人判断では思えてなりません(国内販売価格の決定は「著作権の行使」にはあたりませんし。)。
一つの考え方としては、再販価格の指定をやめてしまうということは論理的にはありえる(別に、独占禁止法上は、レコード会社がレコード・CDの再販価格を指定しても独占禁止法違反には問わないとしているだけで、再販価格を指定する義務をレコード会社に課しているわけではないですから)のですが、その場合、負け組は、日本レコード商業組合に加盟している中小のレコード店ということになりそう(小売店で再販価格(小売価格)を自由に設定していいということになると、中小のレコード店はHMVやタワーなどの大型レコード店に比べて、品揃えだけでなく、特に売れ筋商品について価格でも不利益な状況に立たされてしまう。)なので、音楽関係団体のうち残り7団体はそこのところを説得し切れたのだろうかという点に疑問の余地がないわけではありません。もっとも、レコード輸入権が創設され、HMV等が洋楽の並行輸入を扱えないようになれば、洋楽について現存している救いようないほどの品揃え及び価格の格差が、HMV等のサービス水準を無理矢理引き下げる方向で解消されるわけで、そうなると、再販制度を廃止して邦楽レコードで「規模の利益」から来る価格格差を甘受するか、HMV等だけが海外の安い洋楽CDを並行輸入してくることから来る価格格差を甘受するかという選択である可能性もあり、日本レコード商業組合加盟の中小のレコード店が前者を選択するということもあり得なくはありません。とはいえ、そのつもりがあるならば、政治的には、レコード・CDに関しては再販価格の指定はもうしないからその分輸入権を認めてくれと表明した方が、与党や公取の覚えもめでたくなり、レコード輸入権の創設を悲願とする音楽関係団体の皆様にはお得な状況がやってくることは明らかなのにそうしないということは、再販価格の指定をやめるなんてことはする気がないんだろうなと想像するのがよさそうな感じですね。
もちろん、日本芸能実演家団体協議会の会員である実演家が歌唱印税の引き下げに応じたり、日本音楽著作権協会(JASRAC)が商業用レコードに関する使用料を引き下げたりすれば、CDの国内販売価格は若干下がるのかもしれないですが、JASRACが徴収する使用料自体CD価格の6%程度ですし、歌唱印税も普通はCD価格の1%前後ですから、アーティストたちを全員ただ働きさせたところで、アメリカどころか、フランスとの価格差すら埋まらないんですよね(例えば、Amazon.frによると、今週第3位のKyoの「Le
Chemin」が16.45ユーロ(約2200円)で売られています。)。「市場規模」を考えたら、邦楽CDの方が、仏楽CDより有利な状況にあるのですけど。
Posted at 01:50
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(火) - 1 13, 2004
PCJapan
複製権は、「自己の所有する本や音楽CDなどの著作物をコピー機で複写したり、手で書き写したり、MDなどにダビングする権利」ではありません。他人に複製行為をさせない権利です。
私の名誉のためにいいますと、この部分は、編集サイドが挿入したものであり、訂正を申し出たときには時既に遅しということで、印刷機が回ってしまった後だったということです。
Posted at 03:54
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(日) - 1 11, 2004
Above us, only Majors?
ベルギーには以前旅行で行ったことがあるのですが、料理はおいしいですし、美術館にはルーベンス等の大作がごろごろ転がっているし、趣のある建築物もここかしこにあるし、とてもすてきなところです。 さて、イギリスBBCのWebサイトに一つのニュースが飛び込んできました。「Consumers sue over anti-copy CDs
」という記事がそれです。ベルギーの消費者団体である「Test-Achats」がEMI、ユニバーサル、ソニー及びBMGに対し、コピープロテクトCDの販売を中止するとともに、ファンたちに補償金を支払うように求める訴訟を提起したとのことです。 BBCの記事によると、「Test-Achats」側は、一部のCDプレーヤーでディスクを再生できなかったという怒りのクレームが200通も届いたということを問題としているのに対し、国際蓄音機産業連合(IFPI)は、ヨーロッパ法では技術的な手段によって作品を守る権利がレコード会社にあることは明らかだとコメントしており、議論がかみ合っていないようです。もっとも、「Test-Achats」のプレスリリース
を見る限り、レコード会社が施した技術的手段は、著作権に関連する1994年6月30日の法律の22条1項及び5項により明白に認められた、オリジナルのCDに関して適法に入手し料金を支払った消費者が私的複製を行うことができる権利を阻害するものであり、違法であると述べているようですが(「Test-Achats」は中見出しで、「Les
"majors" ne sont pas au-dessus des
lois」、すなわち、「『メジャー』は法律の上にいるわけではない」と言っていますね。)。再びBBCの記事に戻ると、「Test-Achats」のスポークスマンは、他の消費者団体も自分たちの後に続いてくれると期待しているとのことです。日本の消費者団体は、どう動くのでしょうか?
Posted at 11:50
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I have a dream and a nightmare.
折角のお正月ですから、音楽産業の未来について私の予測を述べることとしましょう。とはいえ、音楽産業の出方次第でよい方向にも悪い方向にも進みうるので、2つのシナリオを用意してみました。
Dream
Version
音楽の供給方法については、インターネットを介した音楽配信とパッケージメディアの頒布とが併存する。
お金はあまりないが音楽に飢えている若者たちは、インターネットを介して音楽データをダウンロードする。レコード協会は、レコード不況を打開するために、96kbps程度の低音質なmp3をネット上で自由に送受信することを認め、その分テレビCM等の広告費を削減することとし、これによりリクープするための売上げラインが大幅に引き下げられる。この大胆な試みは、さびのメロディーだけキャッチーにつくっておいてさびの部分のみをヘビーローテーションでCMで流す、という手法が通用しなくなるという副次的な効果を生み、レコード会社やアーティストに対する消費者の不信を大幅に軽減することになる。また、その楽曲を気に入ったファンがその楽曲のmp3ファイルを知人に送信して布教に努めるという現象が広く起こり、大きな芸能プロダクション等にアーティストが所属していなくとも、よい楽曲を作れば、大ヒットすることが一般化する。さらに、パッケージメディアを重視しないアーティストは、レコーディング環境さえ確保できればよくなっていき、レコード会社離れが進んでいく。これらのことは、消費者が支出した金員がアーティストに届くまでに中間搾取されてしまう機会を減少させる機能を果たすから、アーティストの収入の増大をもたらす。
有料の音楽配信サービスを利用すると、従来のCD並の音質の音楽データが、1曲100円程度でダウンロードできる(音楽等の嗜好品、特に購買力の乏しい若者向けの商品は価格弾力性が大きいから、価格の低下は売上本数の増大を呼び、結局売上げ全体を増大させる。)。消費者は、ネット上で無償で流通しているmp3をダウンロードして視聴して気に入った楽曲を、高音質で聞きたいと思ったら、有料の音楽配信サービスを利用することになる。これにより、従来CDレンタルで済ましていた消費者が、有料の音楽配信サービスを利用するようになり、アーティストの収入が増加する。また、消費者は、ダウンロードした音楽データを、パソコンや携帯用再生機器に大量に収録することができ、これによりいちいちパッケージメディアを入れ替える煩雑さから解放される。また、自宅や職場の周辺に大型のCDショップがない過疎地等の住民でも、大都市住民と同じように多様な楽曲を選択して購入することができる。それどころか、合法的に流通しているmp3ファイルをダウンロードしてその楽曲を気に入ったアジア諸国やヨーロッパ諸国の消費者が有料の音楽配信サービスを利用してその楽曲データを次々と購入する。パッケージメディアにこだわっていた時代には考えられなかった現象だ。
また、有料の音楽配信サービスであれば、CD等とは違って小売店から返品されるという自体を招かないから、「廃盤」する必要がなくなる。これにより、著作隣接権者であるレコード会社により作品が死蔵されてしまうというパラドックスからも解放される。
そして、沢山の、多様な楽曲を青少年期に浴びるように聞くことが可能となった日本の若者たちは、その体験を糧として、次々に優れたアーティストとして活躍していく。どの分野でも、優れたクリエーターになるためには、先達の優れた作品に沢山触れることが早道なのだ。
このように音楽配信サービスが盛んになっても、パッケージメディアは自信を失う必要はない。「楽曲データのみ」しか提供されない音楽配信サービスとは異なる付加価値を付ければよいのだ。歌詞カードの存在、ファンを喜ばせるカバー写真、優秀な音楽評論家によるライナーノーツ。コアなファンがパッケージメディアを見捨てるはずがない。CD程度の音質ならば、シングルで300円、アルバムで1200円程度という国際標準価格で提供できれば、並行輸入も逆輸入も恐れるに足りない。もちろん、CCCD等という消費者の不信を買うような規格を採用しないことが前提であるが。
可処分所得が大きい大人たちは、より質の高い商品をより高い価格で購入することをも望んでいる(質の低い商品を高い価格で購入することは、望んでいない。)。実力派アーティストの楽曲などは、DVD-audioやSACD等の高音質のパッケージメディアを購入して、高価な音響機器で再生して、楽しむ(CCCD全盛期と異なり、高価な音響機器が破壊される心配をしなくともよいのだ)。また、アイドルの楽曲であれば、プロモーションビデオの影像を収録したDVDを購入して、影像付きでその楽曲を楽しむ(アイドル歌唱なんて、歌声だけ聞いてたって満足できないのが普通なのだ。)。
Nightmare
Virsion
レコード輸入権が創設され、再販制度も維持され、邦楽も洋楽も、日本だけ、シングルで1枚1000円、アルバムで3000円出さなければ購入できなくなった。コンテンツ産業はそれだけでは満足できず、ロビー活動の結果、著作隣接権としての譲渡権については、国内消尽の規定すら撤廃させることに成功し、CD等の中古販売店を廃業に追い込んだ。
DVD-audio等の新規格は独禁法上の再販価格指定規制の例外たり得ないといわれ、パッケージメディアの主流はCDのままだ。いや、正確には、CDではなくCCCDばかりとなっていく。米国・英国において国内版として流通している洋楽CD(CCCDではないもの)は、日本国内での製造・販売ライセンスを取得したレコード会社が、ライセンス契約に基づき、ライセンサーたる米国・英国のレコード会社にレコード輸入権を行使させ、安い正規のCDの国内流入を水際で阻止してしまう。そして、CCCDを再生して再生できなかったりプレイヤーが壊れたりした悲劇を味わった消費者から、CCCDのマークが付いているディスクの購入を回避するようになる。このようにして、パッケージメディアの売上げはじわりじわりと減少していくことになる。しかし、レコード会社は、新しい通信技術等に責任をなすりつけるだけで、消費者がなぜパッケージを購入しないかを謙虚に分析しないから、売上げの減少は止まらない。
また、アメリカやヨーロッパでは1曲100円程度の音楽配信サービスが普及しても、日本では、レコード会社の首脳たちが「著作権保護システムが十分ではない」として、使い勝手のよい音楽配信サービスの日本国内展開を拒絶し続ける。日本国内で利用可能な音楽配信サービスといえば、レコード会社主導の、CD買うより高い、その上、携帯用大容量再生機器にインストールできない、使い勝手の悪いものしか存在しない。だから、日本では、音楽配信サービスは消費者に見捨てられたままだ。
これでは、可処分所得の乏しい中高生には多様な楽曲を沢山享受することは、ごく一部の恵まれた階層に生まれた者以外には不可能となり、クリエーターになるための素養が身に付かない。彼らが大人になったころには、子供のころに多様な音楽を大量に聞いて育った国外のアーティストに全く歯が立たなくなり、日本は、国外のアーティストが創作した楽曲について、世界のどこよりも低い品質のメディアを世界のどこよりも高い価格で購入する国になっていく。
Posted at 02:23
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(火) - 1 6, 2004
お代官様、あんまりだ。
「腐敗した政府」といわれたら、どういう政府を思い浮かべるでしょうか。トップがごく一握りの側近や業者の要求を「よきに計らえ」とばかり聞き入れ、これに反対する箴言には耳を貸さない。側近は側近で、箴言を厭わない忠臣をトップから遠ざけ、一握りの業者側の意見だけをトップの耳に入れようとする。そして、忠臣がいよいよ直訴に及んでも、側近の顔色を見て忠臣を遠ざける。そして、ごく一部の側近や業者の利益ばかりに配慮した政策が行われ、庶民からは怨嗟の声が上がっていく。 時代劇ではよく見る光景ですね。歴史的には、国力を衰退させた政権にはありがちなパターンです。ところで、第6回知的財産戦略本部議事録
を読んで異常に気が付かれたでしょうか? 東大で知的財産権法を受け持つ中山信弘教授といえば、知的財産権法の分野では押しも押されぬ第一人者ですし、その温厚なお人柄は、誰からも尊敬を集めるお方です。そこら中に敵を作りまくる私とは対極にいるお方です。 その中山教授が、大学・研究機関における知的財産を巡る動きについて意見を求められたのに、小泉首相、福田官房長官らのいる前で、事務局の在り方について、余りにも独善的であるとして、異議を述べています。中山教授ほどの方が、「事務局はあくまでも本部の事務局でありまして、事務局自体が特定の見解、特定の案に固執するとか、特定の本部員を排除して、政治家や財界のトップと話しをつけて決着をするというたぐいのものではない」ということを、「重大な決意」をもって述べなければならない。そういう状態に、今の知的財産戦略本部はあるようです。 そして、この異例の事態を目の当たりにしていながら、このことを報じようともしないマスメディア。 衰亡していく国というのはこういうものなのでしょうか。
Posted at 01:59
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(日) - 12
21, 2003
輸入権について
文化審議会の報告書に対するパブリックコメントを私も出そうと思って、一応草案
を作ってみました。どんなものでしょうか。
Posted at 04:37
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(水) - 12
10, 2003
商人は不正な利益を貪るフリーライダーか?
同じ商品が異なる場所で異なる価格で取引されているときに、取引価格の安い場所でその商品を仕入れて、それを取引価格の高い場所に持ち込んで、仕入価格よりも高い価格で販売する。これは、古今東西、商人の基本です。これにより、当該商品は、それをより必要としている人々に供給されることになり、社会全体の便益を向上させます。このような商人の活動が活発になされ、またこれにかかる費用が低廉化していくと、同一の商品に付けられる価格は、地域間で均一化していきます。 「士農工商」などといって商人を一段下の存在としてみていた江戸時代ならいざ知らず、現代において商人のこのような活動をネガティブに捉える見解はついぞ見ることができませんでした。しかし、最近になって、商人の基本的な機能をネガティブに捉える見解を発見することができました。しかも、その見解は、政界、財界、学会を代表する「有識者」からなる首相官邸直属の組織──知的財産戦略本部──によって発表されたのです。 知的財産戦略本部は、日本国外で適法に流通におかれた音楽CDを現地価格で仕入れて、これを日本国内に輸入して販売する行為を「不正」還流と位置付け、この「不正」を取り締まるために、商業用レコードについて輸入権を新設することを提唱しました
。すなわち、日本政府は、商人が「安いところから仕入れ、高く売れるところで販売する」ことにより、「同一商品に関する価格の地域間格差を縮小する」という、商人の持つ歴史的に本来的な機能を発揮することを「不正」と評価したのです。何のことはない。日本国政府のの認識は、商人を一段下の職業とみなしていた江戸時代に逆戻りです。 そういえば、商人の有する社会的価値を一切認めようとしない言動は、そう遠くない昔にもありました。ゲームソフトに関して、消費者から遊び飽きたソフトを買い受けて、そのソフトを欲している消費者に販売するいわゆる中古ゲーム店を、あたかもゲームメーカーが作り出した価値に「フリーライド」して不正な利益を貪っているかのように非難する人たちがいて、ゲームソフトの中古品の売買を法的に禁止してゲームソフトの価格を高値で維持しようとしてみたり、又は、ゲームソフトの中古品を遊び飽きた消費者から仕入れて遊びたいと思っている消費者に売却することによって得た利益を搾取しようとしてみたりしてきました。しかし、ある商品を、異なる価格が設定されている2点の間を流通させることによって、その差額の一部を利潤として獲得する商人の活動を、ただ乗り(フリーライド)として、これを禁止したり、利潤をはき出させたりするということは、近代経済学の基本原理である「市場」という考え方すら否定するものと言わざるを得ません。 レコード輸入権導入を支える思想も、中古ゲーム販売規制を支える思想も、根本において、市場原理を否定するものに他なりません。構造改革や規制緩和を唱える小泉内閣の下で、このような市場原理を否定する思想が大手をふるって政府によって採用され、法案化されようとしているというのは、正に喜劇そのものです。政府は、商業用レコードを市場原理の枠外においた後、次はどのような商品を市場原理の枠外におくのでしょうか。市場原理を担う商人の基本的な活動を「フリーライド」なり「不正」なりと評価してしまった以上、商業用レコード以外の商品についても、そのような不正なフリーライドを取り締まる方向で法改正を続けなければ、論理的一貫性を保てなくなります。あるいは、政権政党への献金額や中央官庁の天下り受け入れ状況次第で、その商品を市場競争の枠外に置くことができる不道徳な国家に成り下がるかですね。そのような国家が、どのような顔をして、教育基本法を改正して「道徳」を子供たちに教え込もうとすることができるのか、不思議ではあります。
Posted at 12:37
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(土)
- 12
6, 2003
相手が違うのでは?
文部科学省のWebサイトに掲載された「各分野における検討事項例
」の「関係者間で合意形成が進められつつある事項等」によると、「「輸入権」の創設(海外で合法的に作られたレコードの輸入への対応)」については、「(社)日本レコード協会」が「協議を行うべき相手方」は、「(社)日本経済団体連合会、著作者団体」なんだそうで、「輸入権の創設」によって、再生できるかどうかもわからず、下手をするとプレイヤー自体が壊されるかも知れないのに誰も責任を取ってくれないCCCDを世界一高い価格で買わされる危険がある消費者たちは「協議するに値しない」んだそうです。 しかも、経団連の産業問題委員会エンターテインメント・コンテンツ産業部会
の部会長は、エイベックス社の依田巽会長だったりする
わけですが、依田会長は、同時に、日本レコード協会の会長だったりもする
わけで、
レコード協会の会長である依田さんと経団連の部会長である依田さんとの意見が合致したら(普通、しますね。)、レコード協会と経団連との間で「合意が成立した」からって、それで「輸入権の創設」に関しては関係者間で合意が成立しているだなんて扱いをされても困るんですよね。というか、日本消費者団体連合会って組織があるのに、文部科学省はなぜここを「協議を行うべき相手方」に指定しないんでしょうね。やはり、輸入権創設に反対している
ところは最初から避けて、できレースでもしようというのでしょうかね。 コピーコントロールCD問題でもそうですけど、マスコミはどうしてこういうことをきちっと問題にしないのでしょうね。いや、マスコミに対して名誉毀損に基づく損害賠償請求訴訟を提起したりなんかすると、国民の知る権利に奉仕するのがマスコミの使命であるとか実に偉そうなことを準備書面などで書いてくるんですけどね(まあ、その割に、担当記者を尋問してみると、肝心の摘示事実については、「複数の」役人から非公式に聞いたことを記事にまとめただけだったりして、国民の真実を知る権利には奉仕する気がないことがあからさまだったりするわけですが。新聞の過去記事検索で「コピーコントロールCD」について検索すると、この国のマスメディアの方々の力量にくらくらする思いで一杯になります。)。
Posted at 01:28
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(土)
- 11 29, 2003
「創造のサイクル」を破壊する権利者
GRAYに続いて、TRICERATOPSもまた、次作はCCCDにはしないことを表明しましたね。CCCDにしてしまうと、楽曲ごとに是々非々で購入する消費者だけでなく、コアなファンの一部をも、購入を回避させてしまっているということが、ネットを通じてファンと交流している彼らにはよくわかったのでしょう。無知なユーザーと、プレイヤーが壊れてもこのアーチストの楽曲が聴けるかどうか試してみたいという熱狂的なファンだけを相手にしていたのでは、市場が限られてしまいます。CCCDでは、普通のCDプレイヤーでも再生できない場合があり、CCCDを再生させようとした後プレイヤーがおかしくなる場合も少なからずあるということは、新聞や、コンピュータ・ネット系以外の雑誌が誰かに配慮してか押し黙ってみたところで、自らの悲しい経験から、あるいはネットで、または口コミで知られていくものです。実際、CCCD導入から1年以上が経って、CCCDで楽曲を提供したアーティストの売上は、徐々に落ち込んできています。CDが売れていないわけ{