「創造のサイクル」を破壊する権利者


GRAYに続いて、TRICERATOPSもまた、次作はCCCDにはしないことを表明しましたね。CCCDにしてしまうと、楽曲ごとに是々非々で購入する消費者だけでなく、コアなファンの一部をも、購入を回避させてしまっているということが、ネットを通じてファンと交流している彼らにはよくわかったのでしょう。無知なユーザーと、プレイヤーが壊れてもこのアーチストの楽曲が聴けるかどうか試してみたいという熱狂的なファンだけを相手にしていたのでは、市場が限られてしまいます。CCCDでは、普通のCDプレイヤーでも再生できない場合があり、CCCDを再生させようとした後プレイヤーがおかしくなる場合も少なからずあるということは、新聞や、コンピュータ・ネット系以外の雑誌が誰かに配慮してか押し黙ってみたところで、自らの悲しい経験から、あるいはネットで、または口コミで知られていくものです。実際、CCCD導入から1年以上が経って、CCCDで楽曲を提供したアーティストの売上は、徐々に落ち込んできています。CDが売れていないわけではありません。SMAPの「世界に一つだけの花」は超ロングヒットです。女子12楽坊はインストなのにミリオンです。

GRAYに続いて、TRICERATOPSもまた、次作はCCCDにはしないことを表明しましたね。CCCDにしてしまうと、楽曲ごとに是々非々で購入する消費者だけでなく、コアなファンの一部をも、購入を回避させてしまっているということが、ネットを通じてファンと交流している彼らにはよくわかったのでしょう。無知なユーザーと、プレイヤーが壊れてもこのアーチストの楽曲が聴けるかどうか試してみたいという熱狂的なファンだけを相手にしていたのでは、市場が限られてしまいます。CCCDでは、普通のCDプレイヤーでも再生できない場合があり、CCCDを再生させようとした後プレイヤーがおかしくなる場合も少なからずあるということは、新聞や、コンピュータ・ネット系以外の雑誌が誰かに配慮してか押し黙ってみたところで、自らの悲しい経験から、あるいはネットで、または口コミで知られていくものです。実際、CCCD導入から1年以上が経って、CCCDで楽曲を提供したアーティストの売上は、徐々に落ち込んできています。CDが売れていないわけではありません。SMAPの「世界に一つだけの花」は超ロングヒットです。女子12楽坊はインストなのにミリオンです。

普通の業界の普通の経営者ならば、CCCD化は売上を減少させることはあっても、増加させることはないことが、実際の売上データ等から読みとれるわけですから、CCCDから撤退するはずなんですが、レコード業界はそういうふうには行かないようですね。CCCDにすれば消費者は携帯を解約してでも、あるいは援助交際してでも音楽パッケージをがんがん買ってくれるようになるはずだと信じているのでしょうか。それとも、現場のアーティストやファンたちに不快感を与えることが経営者の大切なお仕事だと考えているのでしょうか(讀賣ジャイアンツの三山代表の「アドバイザー」発言といい、この国の経営者は、なぜ現場の人間に気持ちよく仕事をさせることを第1に考えないのでしょうね。)。

他方、Apple社のSteve Jobsは、iTune Music Storeサービスを、2004年にも日本国内で提供することを表明したようですね。新聞報道(http://www.asahi.com/business/update/1128/005.html)などだと、iTune Music Storeは、アメリカでは1曲99セントで提供され、開始1週間で100万曲以上を売り上げたということや、日本ではソニーグループのレーベルゲート社が配信サービスを行っているが、月間約7万曲程度の売上しかないってことは報じられているのですが、日本の配信サービスがどうしてだめなのかについて触れられていないですね。値段が高い(開始当初350円、今は210円)。MAGIQLIP2 という、Macintoshでも携帯用プレイヤーでも再生できないファイル形式を採用している。売る気があるとは思えない仕様だということを、マスコミは、きちんと読者に知らせるべきですよ。

あとは、問題は、レコード会社各社が許諾を行うかですね。日本のレコード会社の方々は、何だか、iTune Music Storeは権利保護システムが不完全だ云々といって拒否するか、1ダウンロードあたり250円くらいよこせといってJobsを呆れさせたりするのではないかという不安がよぎらなくもありません。権利保護システムとしては完全ではないという点でいうと、CCCDの方が凄かったりするわけですが、そんなことはどうでもいいことなのかも知れませんね。

音楽について「創造のリサイクル」を確保するためには、音楽を創造するアーティストにそれなりにお金が行くようにすることと、これからアーティストになるかも知れない子供たちがたくさんのよい音楽に触れられるようにすることが大切であって、そのどちらがかけてもだめだったりするわけですが、日本では音楽著作権なり隣接権なりというものは、後者を押しつぶすために用いられている上に、前者を促進するためには用いられなかったりするわけですね。アーティストでも何でもない業界関係者の利権なりエゴなり面子なりを満足させるために、アーティストもリスナーも置き去りにして、音楽著作権なり隣接権なりが活用されているわけです。いやほんとうに、独占権を「創造のリサイクル」の確保に結びつける見込みすらないのに、独占権を欲しがり行使したがる連中には困った者です。ユーザーが望む方法で作品を流通・活用させないこと、そのため、ますますアーティストにお金が行かないようにすることが、どうして「創造のリサイクル」の確保に繋がるのだか説明をしてもらいたいものです。それとも、RockやPopsやHip Hopも、お金を持っている親御さんからたくさんの高額CCCD及び何台ものCDプレイヤーを買ってもらうことができるいいとこのボンボンだけがアーティストになれるようにしたいってことですかね(Classicじゃあるまいし。)。

Posted: (土) - 11 29, 2003 at 04:19      


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