見ざる、言わざる、聞かざる新聞社などを被告として名誉棄損訴訟などを提起したりすると、彼らは大抵「社会の木鐸」を自認し、「国民の知る権利に奉仕している」かのように主張するのですけど、音楽CDに関する昨今の騒動を見る限り、「そういう悪い冗談はやめてもらいたい」という気分にさせられます。 新譜をコピーコントロールCDで発売する予定との情報が流されたアーティストの掲示板に、ファンたちの悲痛な叫びが書き込まれるという現象が近年頻発しています。ファンの声が届き、コピーコントロールCDでの発売が回避されたり、次作からはコピーコントロールCD規格は使用しない旨の表明が制作サイドから出されたりという現象も生まれています。基本的に大人しい日本の若者が声を上げて理不尽に対し抗議し、行動している姿は、立派にニュースバリューがあります。 でも、新聞も、テレビも、それどころか日頃大新聞に対し対抗意識を燃やし「大新聞が絶対書けない」などと称して「タブーねた」を掲載する週刊誌や夕刊紙も、この問題には触れません。 レコード輸入権の問題にしても、2月17日付の読売新聞 等を読んでも、法改正によって原盤権者による差止めが可能になるのは、邦楽CDに限られない、洋楽CDもそうなのだということはわかりません。まして、つい最近まで正規の音楽CDについても輸入禁止権が認められていたオーストラリアにおいてはメジャーレーベルの音楽CDを流通業者が並行輸入することができず、オーストラリアの消費者は「少ない品数、顕著な高価格」を余儀なくされたということや、正規品の並行輸入を合法化する法改正を与党連合が提案したときにアメリカ大使館が反対に回ったことや、長らく並行輸入を禁止してきたことはオーストラリア国内の音楽産業の活性化には繋がらず、オーストラリアは音楽に関しては輸入大国であり続けたこと等は全く報告されません。 それよりなにより、政官財が癒着して消費者の利益を損なう規制が作られていく場面が、今まさに、ある意味公然と行われているのに、「規制緩和」とか「構造改革」とかそういうことを普段声高に叫ぶ人たちが、「見ざる、聞かざる、言わざる」を決め込んでしまっているということに違和感を感じざるを得ません。 Posted: (月) - 2 23, 2004 at 01:03 |
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Total entries in this category: Published On: 2 23, 2004 01:03 |
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