復刊要望文:
スティーブン・レヴィ 著
武舎広幸 訳
発行:翔泳社
ISBN4-88135-085-4
この文書の文責:矢野 勉
「コンピュータは『メディア』なのだ!」
−アラン・ケイ
「お役所が大仰にことを興さなくたって、社会に影響を与えることは民間企業でも出きる。むしろ民間企業の方がその影響力は大きいかも知れない。僕も、エジソンと電球の方がマルクスなどよりはるかに大きく世界を変えたという意見に賛成だ。」
−スティーブ・ジョブズ
(『マッキントッシュ物語』より抜粋しました)
マッキントッシュ誕生からちょうど10年目、1994年に日本語訳が刊行されたこの本は、『ハッカーズ』で一躍コンピュータジャーナリストとして名をはせ、『Macworld』誌を中心にマッキントッシュに関する記事を書き続けてきたスティーブン・レヴィが、Macintosh開発当初からAppleの開発者たちにインタビューした膨大な記録をもとに書きつづった、マッキントッシュの歴史です。
でもこの本はいまは絶版で、読むことはできません。1994年というと、まだiMacは存在しませんでした。このままではiMacではじめてマッキントッシュに触れた人々は、決してこの本を読むことはないでしょう。
この文章は、「復刊ドットコム」における「マッキントッシュ物語」復刊活動への応援として書きました。この本をすでにご存知の方、ご存知ない方みなさん、目を通して頂き、共感するところがあれば是非ご協力頂きたいのです。復刊要望が100件を超えると正式に復刊活動に入ることになっています。しかし100件で終わりではないのです。出版社が復刊に踏み切るには、100件ではたりず200件を要求されるかも知れない。復刊要望は多ければ多いほどよいのです。
私はiMacによってマッキントッシュが爆発的に多くの人々 −いままでコンピュータに触ったことのないような人々の手にわたった今こそ、この本が必要だと思っています。その理由は、この本が、他の『パソコン』とは違う「パーソナル・コンピュータ」を目指すマッキントッシュの魂を著してくれているからです。
いま、我々は「変えられた世界」に生きています。ほとんどの人にとっては既に「あたりまえ」のいまの世界は、1984年を始まりとして、変えられてきた世界です。マッキントッシュの誕生はその発端です。
この本の主役は「マッキントッシュ」です。この本の主役はアップルでもなく、私たちがいつも困惑させられつつも目の離せないスティーブ・ジョブズでもありません。両者を主役とした本は他にたくさんあります。前者であれば『アップル・コンフィデンシャル』が、後者であれば『スティーブ・ジョブズの再臨』がもっとも最近出版されたものでしょう。
しかし『マッキントッシュ物語』のようなスタンスで書かれた本はいまだかつてありません。これからもないかもしれません。いくつもの苦難に満ちたマッキントッシュ開発当時から開発者に接することの出来たスティーブン・レヴィだからこそ書くことの出来た本です。
この本の主役は「マッキントッシュ」なのです。この本の目的は、アップルの舞台裏を紹介することでも、スティーブ・ジョブズの人となりを暴露することでもありません。驚異の革命的コンピュータ「マッキントッシュ」のいったい何が「革命的」だったのかを解き明かし、マッキントッシュの魂を明らかにすることなのです。
スティーブン・レヴィはマッキントッシュの存在意味を示すために、マッキントッシュに至るまでのコンピュータ史までひも解きます。WWWやハイパーテキストにつながる、いまだ実現していない夢のマシン『MEMEX』、サイバースペースを行き来する装置「マウス」やディスプレイに「ウインドウ」を表示するというアイデアを発明したダグラス・エンゲルバードのオフィス・オートメーションの驚異のデモンストレーション、今のインターネットの基盤を作り上げたARPA、それにアラン・ケイの夢のパーソナルコンピュータのアイデア『ダイナブック』、ゼロックス・パロ・アルト研究所(通称PARC)における「グラフィカル・ユーザ・インタフェイス」の発明を、実に四章にわたって説明してくれます。この間、マッキントッシュについてはほとんど触れずに。
しかしこれらの章は非常にわくわくする歴史でもあります。マッキントッシュを理解するには、コンピュータ・サイエンスが目指す「夢」を知らなければいけません。これらすべての夢の数々が、マッキントッシュへと繋がっていくのですから。
そしてマッキントッシュが単なる「PARCのアイデアのコピー」ではなく、まさしく「発明」だったことがわかります。いまのマッキントッシュのインターフェイスの基礎が、すでに初代マッキントッシュに存在しました。そのためにアップルの開発者たちがどれほどの情熱を傾け、「メニューを選択したときに何回点灯するのか正しいか」までもを議論の対象としてマッキントッシュを完成させたのかがわかります。
また、マッキントッシュ開発が技術的にも、経済的にも、人材的にも綱渡りだったことがわかります。ビル・アトキンソンが『リサ』のために書いたルーチン、後の「QuickDraw」がなかったら、アンディがMacOSをあのコンパクトなROMに収めきれなかったら、スーザン・ケアがアイコンなどのグラフィカルな面を担当しなければ、「インターフェイス・ガイドライン」がなければ −いまのマッキントッシュはこの世に存在しません。その数々の綱渡りが、マック開発者に懇意であったレヴィならではの詳細さで著されています。
もっとあります。初代マックは失敗作でした。「めちゃくちゃすごい」コンピュータを作るつもりが、ただの「めちゃくちゃ」なコンピュータを作ってしまったという事実。アイデアは実現したが、使い物にならなかった。
それが改善されたときも、人々は「IBMと互換性がない」という理由でマックを買わなかったという事実。でも、マックの先進のGUIが「ページメーカー」の開発を産み、それが(アップルだけじゃなくて)マッキントッシュを救ったという事実。
当時の綱渡りをこれほど詳細に著した本はないでしょう。マッキントッシュがいまも生きているのは、当時の奇跡的な綱渡りの結果なのです。
この本を読めばわかるはずです。なぜ「マッキントッシュ」が「革命」だったのか。そしてアップルがいまでも目指す「パーソナル・コンピュータ」という概念はいったい何なのか。
一部の人にしか使われなかった力を一般の人々に開放する、というパーソナル・コンピュータの概念は、日本語の「パソコン」とは似ても似つかないものです。「パーソナル・コンピュータ」はマッキントッシュの魂です。
この本に記されている、アンディ・ハーツフェルドの言葉を抜き出してみましょう。
「その辺を歩いている人がマッキントッシュを買ってその無限の可能性を感じて欲しいんです。誰もが自分で使えるコンピュータを持つようになれば、世界は変わるんです。」
−<ソフトウェアの魔術師>アンディ・ハーツフェルド
「世界を変える」−これがマッキントッシュ開発チームの目標でした。今、私たちはその情熱によって既に変えられた時代に生きています。ほとんど毎日のように、マウスを使って自由にサイバースペースを行き来しています。
iMacからマックに触れた人には、この「世界を変える」という情熱はなかなか分かりにくいかも知れません。でも、この本でわかります。私たちにコンピュータの力を解放してくれた革命児「マッキントッシュ」の全貌が、その魂がわかります。
Mac OS Xが誕生し、底辺の技術がかつてのマッキントッシュとはまったく変わってしまった今でさえ、マッキントッシュの魂は生き続けています。Mac OS Xに対して「インターフェイスが...」「いままでのMacと...」といろいろ非難は尽きません。しかし「一部の人にしか使われなかった力を残された人々に開放する」という情熱はいまも行き続けています。我々は今では自宅でムービー編集をし自分のDVDをつくることもできます。これこそ「力の解放」ではないですか。未だかつてない強固な基盤をMac OSに採用したことも、その一環ではないですか。
マックの使いやすく愛らしいインターフェイスにも、その根底にはこの考え方があるのです。この魂が生き続けるかぎり、たとえ今のMac OS Xに不備あろうとも、かならず「マッキントッシュ」になるでしょう。マッキントッシュの魂に惚れ、魂を受け継いだ人々 −ユーザであり、フリーウェアやシェアウェアの開発者であり、企業の技術者であるかもしれないし、もちろんアップルかもしれない− がMac OS Xをマッキントッシュにするに違いありません。
この本は、過去のマッキントッシュについて書いただけの本ではなく、マッキントッシュの魂について書いた本です。この先「クラシック」マックOSが消滅しMac OS X一本となったとしても、この本は人々に読んでほしい。私はそう願います。「マッキントッシュ」とはMac OSとイコールなのではなく、いまだに続いている一つの思想であり夢なのですから。Mac OSはその発現に過ぎないのですから。ですから、この本が「古く」なることはないでしょう。ただの歴史書ではないからです。
マッキントッシュの魂を明らかにしてくれるこの傑作が絶版なのです。でも、私たちの要望さえあれば復刻できるかも知れないのです。もちろん出版社がOKを出さなければ復刊されませんが、復刊要望が100件以上集まらなければそもそも復刊交渉さえおこなわれません。
私の文章を読んで、「これは面白そうだ」「ぜひ読んでみたい」と思った方は、よろしくご協力ください。復刊ドットコムの「コンピュータ」の項より要望をポストできます。要望をポストするためにはユーザ登録をしなければならないのですが、わずかな入力です。ぜひとも、めんどうくさがらずにご協力ください。
なお、復刊ドットコムの「マッキントッシュ物語」の項には専用の掲示板が解説されています。私はしばしばチェックしていますので、もしご意見等があればそちらでも意見交換可能です。もちろんメールでもかまいません。
どうぞよろしくお願いします。
最後に、「マッキントッシュ物語」の結語としてスティーブン・レヴィが書いた文章を紹介して、この復刊要望文を終えたいと思います。私はこの本の最後のこの文章を読み終えた時に、マッキントッシュの革命がなんだったのか、わかったような気がしました。
「マッキントッシュの世界を経験し、理解した我々は、実体とサイバースペースの間をなんの苦もなく行き来できるようになる。それどころか、何万人もの人々が、いや何千万人もの人々が、この「旅」を毎日のようにしているのだ。
マッキントッシュのおかげだ。反骨精神を持つコンピュータ、マッキントッシュがこれを可能にしてくれたのだ。見よ、この宇宙にマッキントッシュが残した足跡を。」
−スティーブン・レヴィ
(2001年4月29日)
(2002年3月1日 誤字修正)
(2008年12月25 アドレスなどを変更)