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中村 雅夫 なかむら まさお 8月7日生まれ 獅子座・B型
生育歴 長野県北安曇郡小谷村生まれ 今でも自動車が入れない。峠を二つ歩いて越えると私の実家がある。映画「楢山節考」の舞台となった。 松川小学校入学(1年) 白馬北小学校(2~5年)スキーが楽しかった。 豊科北小学校(6年1,2学期) 松川小学校卒業(6年3学期)1年生の時のクラスに入った。 松川中学校 陸上競技部で活躍。サッカー大好き少年だった。 大町高等学校 音楽部に入る。ピアノや声楽の勉強を始める。 信州大学教育学部 東京の音大にも合格したが悩んだあげく信大に入学。 大学2年で混声合唱団の指揮者になる。 明けても暮れても音楽三昧の日々を送った。 教員として就職 木曽郡木祖中学校、長野県安曇養護学校、南安曇郡三郷小学 校、大町市立仁科台中学校を歴任。現在北安曇郡松川中学校教諭。
ピアノ 高校から本格的に始めた。とてもユニークな先生で、始めて1年目の発表会でファリャ「火祭りの躍り」2年目で「英雄ポロネーズ」3年目はシューマン「交響的練習曲」を弾いた。(とりあえず。)
声楽 高校1年の時に聴いた日本のバリトン歌手に感動し、その声を真似ていたら、声が出なくなる。(音声障害の一歩手前)その後、プライに多大な感銘を受け、東洋のプライを目指すぞ!と決意。(しかしながら・・・・) 高2くらいから先生について始める。林源二郎先生には大学卒業後までお世話になり、後期ロマン派の歌曲をたくさん教えて頂いた。ヴォルフ、R・シュトラウス、マーラーの歌曲がとても好きになった。 大学卒業後、音文ホールで仲間と共にジョイントリサイタル「ドイツリートの夕べ」を2回行った。最近、こっそりシークレットのコンサートをした。(やはり勉強不足だった。)いつかまたやりたいと思っている。
その他の楽器 私が最初に興味を持った楽器はギターである。中学3年生の頃。通信教育の教材を買ってもらい受験勉強もろくにせずギターばかり弾いていた。実はこども音楽コンクールにギターで出演したことがある。「魔笛の主題による変奏曲」じつは今でも満足に弾けない。 30過ぎになってヴァイオリンを少し習った。オーケストラの指揮をしたときにおまえの指揮は弦が合わせにくい、といわれたのがきっかけだった。でもレッスンを受けるのが楽しくて毎週通った。忙しくて今は中断してしまったのが残念である。
合唱 私の尊敬する指揮者たち 福永陽一郎先生(故) 高校時代レコードがすり切れるほど聴いた。感動した。 山本厚男先生 私の中学時代の音楽の先生。高校に入ってから先生の主宰する合唱団に参 加。そこから数多くの出会いが始まるのだ。 関屋晋先生 始めて出会ったのは高1の冬だっただろうか。合唱の凄さを知った。そし て、私が合唱と生きようと決意したのは関屋先生との出会いである。 高野廣治先生(故) 福島県の指揮者。パレストリーナが大好きになった。ラテン語の語り口な ど感動的たっだ。 田中信昭先生 大学時代、「唄う会」という合唱団に参加し、指導を受ける。歌うことへ の基本姿勢、主体性、ハーモニー、アンサンブル、数多くのことを学ん だ。私の合唱指導の基礎になっている。 こうして書き出したら次から次へと素晴らしい先生方が浮かんできて、困ってしまった。機会を見て、紹介してみたい。 お名前だけでも連ねてみると・・・・ 小出隆夫先生、渡辺功先生、中村仁策先生、北村協一先生、栗山文昭先生、デーネシュ・サボー先生、ドゥニ・デュペイ先生、松下耕先生、雨森文也先生、藤井宏樹先生、片山みゆき先生、カール・ホグセット先生、村谷達也先生、大谷研二先生、長谷川冴子先生・・・・
好きな作曲家 外国では パレストリーナ、学生時代初めてミサ曲の指揮をした。それは実にロマン派の様な演奏で・・・・今でもポリフォニーは大好きである。 プーランクがきっかけでフランス20世紀の音楽を数多く取り上げた。エスプリにはまだまだほど遠いのだが、憧れ続けている。 バッハもやってみたい。しかし、バッハはあまりにも奥が深く、修辞法などのアカデミックな技量も必要だ。でも、惹かれる。 歌曲を通して出会ったドイツロマン派の音楽も好きだ。 北欧や東欧の合唱曲もすてきな曲が多い。 邦人では ここで名前を連ねられない。どの作品も魅力的で、それほど長くない残りの人生でどれだけ取り上げられるのか悩む。そして、今もまた新しい作品が誕生しているのだ。
好きなこと あまりスポーツはしない(暇がない)のだが、スキーは好きだ。でも最近は1シーズンで2,3回くらいしかやってない。 バイクに乗るが好き。これは結構スポーツでもある。今はHONDA X-4 1300ccに乗っている。私の住む地域では乗れる期間が短いのが残念だ。10月になるともう寒くてだめだ。3月までは雪だし。
パソコン パソコンを初めて13年くらいになる。勤務していた学校のコンピュータ係になり、dosマシンを参考書を読みながら使っていた。私はMacintoshを買った。dosコマンドの時代、MacはすでにGUI環境であった。以来私は個人的にはMacである。 学校のパソコン導入にも数回関わってきたが、当時、FM-Townsというコンピュータが学校の主流であり、私は何度も業者と戦った。そのパソコンメーカーは自信たっぷりにこのパソコンは最先端であり、教育に相応しいと断言していた。そして、きわめて高額なソフトや周辺機器を提案してきた。 私は、パソコンには教育ソフトはあまり必要ないと思っている。パソコンや教具ではなく、文房具のようなものだからである。 しかし、未だにパソコンメーカーは活用しそうもないソフトや周辺機器を提案し、よくわからない学校に納めている。 Windowsも進化し、使い勝手は飛躍的に向上した。今Macの優秀性を主張するつもりは全くないが、両方の環境で仕事をしている私は、Macの選択を薦める。Macはいいよ!!
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