新ゲッターロボ 第一〜三巻についてはこっち

淳が来る


第四巻 陰陽師/激突

 大西・川越の平ゼロコンビ(ついでに音響監督の岩波美和も平ゼロの人ですが)が手掛ける『新ゲッターロボ』、黒平安京編もいよいよ佳境。
 晴明との決着をつけるべく黒平安京に一人乗り込む竜馬。頼光も飛行戦艦部隊を率いて黒平安京を目指す。一方、山中に埋もれていたゲッターロボを掘り出した隼人と弁慶も運命の糸に導かれるかのように黒平安京へ。
 ついに、ゲッターチーム&源頼光VS安倍晴明の最終決戦が始まる!!!
 というわけで、これで最終回ですと言われても、納得しそうなぐらいの怒濤の展開である。
 頼光がなんで鬼(と晴明)を倒さなきゃならないのかよく分からなかったりする(特に悪さをしているという描写もなかった)のだが、やっぱり「鬼だから」かなあ。

 ちなみに、晴明を斬った刀は、その存在がパラドックスを成しているような気がするが、刀の名称などごっちゃになってしまったので詳しくは書けない。

第五巻 地獄変/ひとり狼

 ようやく現代(と言っても、(エセ)平安時代に飛ばされる前の時点から三年後)に戻ったゲッターチーム。
 早乙女博士の開発した新炉心によりゲッターロボもパワーアップするが、その試験飛行において竜馬は[ゲッターロボが支配する]衝撃の未来を幻視する。戦意を喪失した竜馬はゲッターチームを離脱、一方、竜馬を失ったゲッターロボの前に、鬼獣と化した安倍晴明が出現する。

 あーこれ、ある意味、平ゼロ41話『悪夢の未来』の焼き直しと言っていいかも。
 平ゼロの場合、描かれた未来像自体はそこそこインパクトがあったものの、お話がなんとも中途半端な出来だったこともあり今ひとつ。そもそもどんな未来が待ち受けているにしても、主人公が“現在”で成すべきことが変わるわけでもなく、単なる一エピソードで終わってしまった、ように思う。
 一方の新ゲッターでは、この未来像がストーリー全体の中で重要な意味を持っている。この未来は、竜馬のやって来たこと、これからやろうとしていることの結果であるかもしれないのだ。今後の展開にも影を落とすわけで、衝撃度は遥かに大きい。
 平ゼロでは活かしきれなかったアイディアだが、今回はうまいこと料理していて、なーんか気に入らないんだけど大変結構なことである。
 にしても、005に励まされて渋々と立ち直る009と、自分の意志で自らの行動を選択する竜馬との差は大きいよなあ。見てて燃えるし。(009には燃えない。萌える人はいるかも知れないけど)
 いや、方向性の全く違う作品やキャラ同士を並べてどうこう言ってもあんまり意味がないってのは分かってるつもりなんだけどさ。
 うーむ。

第六巻 かくて神風は吹く/天と地と/竜馬がいく

 竜馬が復帰したゲッターロボは圧倒的なパワーで鬼獣・安倍晴明を粉砕する。
 その力に畏れを感じた弁慶はゲッターロボの破壊を画策するが、今やゲッターと一体化しつつあるかのような竜馬が阻止する。
 そんな中、「神」を名乗る最後の敵、持国天・増長天・広目天・多聞天の四天王が現われる。

 圧倒的なテンションを維持したまま最終回に辿り着いた『新ゲッターロボ』だが、最終回に至って(私個人は)やや盛り下がった。
 四天王が明らかにしたところによると、どうやら、[ゲッター線およびその依り代とでも言うべきゲッターロボは、この世界の秩序を破壊する元凶であり、(安倍晴明はどうだか怪しいが)鬼も四天王も世界の破滅を回避するためにゲッターロボを攻撃していた]らしい。てことは、[おとなしくゲッターロボを四天王に壊してもらえば全て丸く収まるんじゃないの?]と思ったら話に乗れなくなってしまった。
 要するに、[善か悪かってことで言えば、ゲッター側が(多分)悪なわけで、その現実をいかに突き抜けるかってのがゲッターチームに与えられた最大の試練でもあるはずなのに、そこを「敵に後ろを見せるのは嫌」だけで片づけちゃう]のはどうかと。(そういうノリがゲッターシリーズの醍醐味ですとか言われちゃうとそれまでだけど)

 とは言え、『新ゲッターロボ』は、川越パワー全開な感じで十分楽しめる出来であった。その分アクが強いのでダメな人はダメそうだが。
 ところで、鬼がゲッターを襲ったのって、もしかして[鬼を追ってタイムスリップしたゲッターが黒平安京を滅ぼした復讐のため、ていうパラドックス]?

ささやかなまとめ

 さて、『新ゲッター』を見終わって思ったのは、今さらながらようやく平ゼロこと平成版『サイボーグ009』が理解できたような気がする、ってことだ。(実はこのサイトは『サイボーグ009』のファンサイトです)
 今まで理解してなかったんかいって話だが、理解してなかった、ような気がする。
 川越監督の持ち味は、問答無用の怒濤のアクションにこそある。人間ドラマをじっくり描くとか、ストーリーの根底に哀愁を漂わせるなんてのとは無縁……とまでは言わないが、そういうのを得意とする人ではない、ように思える。
 「理解した」って言ってもそれだけのことだったりするのだが、まあ、何となく平ゼロの比重のかけ方みたいなもんに対してようやく納得できたと言うか。テーマ性みたいな部分が妙に浮いてるような気がしてたのは、そういうのが(多分)得意じゃないだけに、テーマ部分とアクション部分のバランスをうまく取れなかった、ってことなんだろうなあ、と。
 やりにくかっただろうとは思う。
 そもそも、アクションと「009」の「争いはいけないよ」というテーマって基本的に矛盾するものだし(その辺、原作では適当にごまかしてうまく折り合いをつけていたように思うが)、その上、地上波ゴールデンタイムの放送だったこととか(おそらくかなり早い段階から検討されていたと思われる)海外展開を踏まえた上での制約というのも多分それなりにあって、川越監督的には、ライダーキックを封じられた仮面ライダーの心境だったかもしれない。
 そんなこんなを踏まえつつも、ミュートス編やヨミ編(DVD版限定)のテンションの高さは川越監督の真骨頂という気がしないではなく、良くも悪くも、平ゼロって「川越淳監督作品」にはなっているよなあ、と思うある晴れた冬の朝でした。

おわり


(2005/2/25)


参考

新ゲッターロボ 『新ゲッターロボ』公式サイト

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