シリーズ構成・脚本/大西信介、監督/川越淳、つまり、平ゼロコンビが手掛けているということで、早速、『新ゲッターロボ』を見てみた。どの辺が“早速”なんだか不明だが、いやなに、たまたま近所のレンタル屋さんの低価格キャンペーンで都合よくまとめて借りられただけの話である。
てことで、個人的には、どういうわけかあまり期待していなかった、というよりつまらないことをとても期待していたのだが、予想に反して違わず、かなり面白くて、なぜだかちょっと悔しい 満足できる内容であった。(何か怨みでもあるのか?>俺)
ちなみに私、ゲッターロボについては大昔のTVシリーズは見ていたような気がするがほとんど記憶になく、石川賢の原作もOVAの他のゲッターシリーズも見ていないが、このシリーズは(設定やキャラクターは過去のシリーズを引き継いでるんだろうけど)続編というわけではなく、(多分)独立したお話になっているので、まあ、支障はないでしょう。
このシリーズに登場する敵は“鬼”である。鬼の姿をした異星人とかそう言うのではなく、“鬼”そのものであるらしいが、なんだかよくわからない。目的も不明である。
で、この“鬼”に対抗できるのが、早乙女博士の開発した、未知のエネルギーであるゲッター線を動力源にするゲッターロボなのだが、ゲッターロボを乗りこなすためには、人並みはずれた身体能力と強靱な精神力の持ち主でなければならない。
というわけで、主人公、流竜馬が早乙女研究所に拉致されるが、状況説明もへったくれもなく、研究所に鬼が襲来、鬼に噛まれた早乙女博士の長男が“鬼”化(“鬼”は血液感染するらしい)、旧型ゲッターロボを駆って研究所を破壊しようとする。
というのが、第1話。いや、とにかく燃えます(萌えないけど)。
平ゼロが血湧き肉躍る冒険活劇を指向した(と思う)のとは対照的な、血飛び肉片ちぎれるバイオレンス・アクション。少なくとも、日曜午後六時半に地上波で放送したりは間違ってもしない種類のアニメであることだけは確かだ。
さて、細かいことだが、第1話には「研究所のバリアーがゲッタービームで対消滅……云々」というセリフがあって、こんなところがやっぱり大西脚本だよなあ、と(何か怨みでも……>俺)。話に勢いに呑まれて、それほど気になるわけではないけど……、でもやっぱり気になる。
対消滅(ついしょうめつ)というのは、物質と反物質がペアになって消滅(この際、大量のエネルギーが放出される。素直に考えると、ゲッタービームそのものよりも対消滅によって発生するエネルギーの方が大きくなると思う)することを意味する言葉である。いや、別に私は「科学用語は正しく使いましょうキャンペーン」を推進しているわけではないし、フィクションには、その世界でしか成立しない物理法則やその世界でしか通用しない科学用語があってしかるべきだとも思ってはいる。
のだが、ここでの“対消滅”がゲッター・ワールド独自の用語として定義されたハッタリであるにしても、“対”である限り、研究所のバリアーがゲッタービーム≒ゲッター線と何らかの形で“対”になるような性質を持つものとして描かれなければならないのではないか。(実際には、ただ単にビームの威力でバリアーが崩壊あるいは無力化されたという程度の意味らしい)
要するに、既存の用語を本来の意味とは異なる意味で使うにしても、「うまい使い方するなあ」と思えるようなツボを突く使い方ってのもあり得るわけで、そういう使い方をして欲しいなあ、と。
余談ながら、『Gilgamesh』では、「反物質を物質でコーティングしている」とかいうやっぱり「?」なセリフがあったが、この場合どうなるかというと、間違いなく(本来の意味での)対消滅が起きます。(あ、これ大西氏担当の回じゃなかった。ごめん)