第二幕 光の羽音




 さて、今回の『サイボーグ009』だが、放送開始当初から「ヨミ編」後に「完結編序章」が予定されており、これはつまり、おそらくきっとこのアニメ化は、『サイボーグ009』完結編(本編)発表のためのある種の前フリであるに違いなく、“前フリ”とはいえ長い歴史を持つ『サイボーグ009』の集大成、決定版的位置付けになるに違いない、などと(ついうっかり)思い込んでしまったのがそもそも不幸の始まりであって、付け加えるならば紺野直幸氏のキャラデザインが原作をかなり忠実に再現してしまったことが(少なくとも私の)期待を煽ってしまい、結果、過剰に期待してしまったおかげでその反動も大きく、数々の暴言妄言虚言を垂れ流してきたことには内心忸怩たるものもないわけでもないのだが、このサイトから暴言妄言虚言を除いたら何も残らないような気もするので反省するのはやめて、平ゼロにおいて、おはなしとしての出来不出来とか伝説の19話47話も少なくとも作り手側の本意ではなかっただろうから置くにしても、今思い返してもお腹がゴロゴロするのは、じゃなかった、腹の虫が収まらないのは、「第10話 オーロラ作戦」の003悶絶シーンと「第19話 悪の化石」の恐竜絶滅七千万年前と「第23話 そびえ立つ神話」でアルテミスが003のセリフを回想する場面で、以上はDVD版でもそのままであり、てことはつまりこれらは作り手の“本意”と見なしてもよいという意味だと思われ、どっちにしてもこいつらばかりは作り手の姿勢としてどうなのか、と碇を下ろして停泊、じゃなくて、怒りを通り越して脱力するばかりであったのだが、最後の仕上げというかトドメの一撃に、スタッフのそれなりにエライ人が「東京には空がない」と言い、ではなく、「完結編序章は蛇足だった」とおっしゃられていたらしく、もちろん、それなりにエライ人と言えどももっとエライ人たちの高貴で崇高なるありがたいお言葉には逆らいようもなく、そういう意味でやらなければならなかったりやりたくてもやれなかったりと不本意な点も多々あったこととは思うのだが、それでもやっぱり、スタッフのそれなりにエライ人、一応作った人たちの責任者である人に「蛇足」呼ばわりされてしまった以上、ひねくれ者の私としては「完結編序章は蛇足だった」などとは思っていても言いたくないわけで、だから、放送開始時点ですでに決定事項だったはずの完結編序章が蛇足だったとするなら、それは作り手の、というか、スタッフのそれなりにエライ人の「完結編序章は蛇足だなあ」と思うその心のありようが蛇足にしてしまったのである、と私としては断じるほかないものの、蛇足かどうかはともかくとして、お気付きだと思うが、今回の観察日記は句点無しで一息に最後まで書こうとしていたりするのだが、単にやってみたくなっただけで特に深い意味はないので、気にしないで先を続けるが、完結編序章をアニメ化するにあたって重要なのはただ一点、見た人に完結編(本編)を是非とも見たい、親や女房子供を質に入れてバカ高いDVDを買ってでも見たい、と思わせられるかどうかではないかと思うが、本来三話構成の予定だった完結編序章を二話に圧縮したために抜け落ちた部分があるせいかもしれないが、“敵”のスケールの大きさというのがあまり感じられず、完結編に関する予備知識のない人が見たら、今までとは一風変わった“敵”が登場するだけで、まあ、それなりに苦戦とかしつつも、それなりに戦ってそれなりに勝つんだろうなあ、というまとまり方をしていて、私個人は原作への思い入れゆえに完結編は気になるものの、アニメ版完結編序章に関する限り、この先どうなるかがあまり気にならなかったりするのであり、いや確かにニューバージョンのコスチュームが披露されたり、各キャラの新能力が紹介されたりと、予備知識のある人には見どころ(?)もなくはないのだが、作っている人たちにしろ金出してる人たちにしろ、このアニメをどういう人に見て欲しいと思って作っているのか、どこを向いて作っているのかさっぱり見当がつかないが、少なくとも私に向けて作っていないことだけは確かだと思われるので、私がごちゃごちゃ言っても仕方ないような気もするが、散々謎を振りまいといて訳のわからん最終回で煙に巻いて映画化まで持ってった某アニメの真似をしろとまでは言わないが、心の弱さにつけ込まれた島村ジョーが翡巫女さんに帰依したあげく、最後の最後にぼそっと一言、「ボクはあの時、死んだんじゃないのか?」とつぶやいて幕、ぐらいの気になる終わり方が出来なかったものかと思わないでもないが、今更どーでもいいや、とも思いつつ、完結編(本編)がどういう形で発表されるのか、あるいはされないのかよくわからないが、完結編序章を「蛇足」と言ってしまうような人にだけは手がけて欲しくないなあ、というのが偽らざる気持ちであり、結局最後も愚痴で締めることになってしまったことに内心忸怩たるものもなくはないのだが、ここまで句点を使っていないことに免じて勘弁していただきたく、それはともかく、ここまでお付き合いくださった読者の皆様ありがとうございました、と殊勝にも感謝の意を表明しつつ、ついでに、平成版『サイボーグ009』のスタッフ並びに関係者の皆様お疲れさまでした、と今更ながらねぎらいの言葉を記しつつ、でもこっちには「ありがとう」と言う気にはなれないです、などとホンネも明記しつつ、この辺りで「観察日記」にも句点を打つことにして、 。


(2003/3/17)



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