最終回直前スペシャル

黄泉の群像




 今回の観察日記、 主に47話の放送について、例のごとく愚痴ぐちと書こうかと思ったんですが……、やめました。
 今更ぐちゃぐちゃ書く気になんねーや。
 と言いつつ一つだけ。
 責任のなすり合いは関係者のあいだで思う存分やっていただけば結構だが、47話そのものはともかく、その後の対応(のなさ)ってどうなのか。せめてお詫びテロップの一つぐらいあってもよくないか?
 ヨミ編に期待を寄せていたファンの多くにとっては、どんな残酷描写も太刀打ちできないぐらい残酷な放送だったと思うのだが。


 さて、総集編の“脚本”についてどうこう言うのもなんだし、かといって47話は何が何だかわからんかったし見返す気にもなれず、というわけで今回は、


緊急特別(投げやり)企画 
azinori の選ぶ 平成版サイボーグ009名場面ベスト5


をお送りします。(ヨミ編はアニメと原作を切り離して考えるのが(現時点では)困難だったりもするので、ミュータント戦士編までで選びました)


 
第5位 009とアポロンのパンチが爆発を起こす場面

           (第25話 ミュートス、終章)
 どーゆー原理で爆発するんだか見当もつかないが、有無を言わさぬ説得力があった。生半可な理屈なんか寄せ付けない力強さがあるわけで、この場面に対しては素直に敗北(←?)を認めるものである。
 屁理屈屋の私が言うと説得力が無いような気もするが、“説得力”というのは、科学的に正確だとか脚本に矛盾が無いとかではなく、描写の力強さから生まれるものなのである。(とか書くと、『幽霊島』的に問題発言だよなあ……)
 こういう場面がある一方で、シリーズ全般にストーリーやキャラクターの説得力が乏しいのが、愚痴ぐち(以下128文字略)。


第4位 第18話 張々湖飯店奮闘記(004の「仲間と出会って俺は変わった」発言以外全部)
 一言で言うと、シリーズとしての平ゼロに欠けていたものがここにある。ていうか、ほとんどここにしか無い。全く無いよりはマシだと思うけど。
 ともかく18話は、 各キャラに見せ場が程よく割り振られていて、平ゼロの中では完成度の高さで群を抜く。ただ、しっかり001が無視されてる辺りがやっぱり平ゼロ。
 思い起こせば001、第1、4話とかミュートス編では存在感あるけど、9、15話では便利屋さん的ワンポイント出演だし、16、17話では一言も喋らずに超能力だけ使い、ミュータント戦士編では父親との決着をまともに付けさせてもらえず、何だか不憫な扱われ様である。(これが今流行の幼児虐待というヤツであろうか)


第3位 002「仲間? ナンバーで呼び合い、お互いの素性も知らない。これが仲間だっていうのか」(第4話 死闘の果てに)
 このセリフ、というか、3、4話でのチームワークの無さには、正直意表を突かれた。(原作では、ヨミ編冒頭までチームの不協和音は描かれない)
 と同時に、この作品に対するスタッフの意気込みを感じとったのである。(勘違いだった)
 何十年も前の原作を今アニメ化することにどんな意義があるのか、という漠然とした疑問に対する答えとして、キャラ同士が不信を抱き、反発しあいながら、互いを理解し成長していく姿を描く集団劇、という平成版独自の方向性を見いだせたからだ。(思い過ごしだった)
 このアニメは傑作になる、と私は確信した。(気のせいだった)

 ところで、上のセリフを敷衍すれば、少なくとも002にとっては、[仲間として認める]=[名前で呼ぶ]になるはずで、だから、002が009を仲間として認めたのは、48話ラストということになりそうである。それならそれでそれなりの描き方も可能だったはずで、平ゼロスタッフがこのセリフに決着をつけたと言えるのかどうか……。
 

第2位 009がはじめて加速装置を使った瞬間
                (第1話 誕生)
 3話の真っ黒な背景に光(?)が流れる場面や、8話でのシャボン玉、じゃなかった、雨の中の0013との加速戦(DVDでは修正されてました)など、毎回趣向を凝らした加速場面というのを結構期待していたのだが、徐々にしょぼくなっていったように思えるのは残念。25話や、33話(結晶時間)で爆発が静止する場面なんかはよかったんだけど。
 それにしても、原作ベトナム編で009がランちゃんを放り投げる場面はアニメで見たかったなあ。


第1位 004膝ミサイル発射

    (第4話 死闘の果てに)
 この場面だけは原作を超えた、と言っていい。私はそう思う。
 『サイボーグ009』の素材としての可能性を思い知らされた瞬間であった。
 結果的に、可能性は可能性のまま終わってしまったとしか言えないのが悔しい限りではある。



(2002/10/7)




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