個人的には93(この書き方であってますか?)な描写には興味がないし(念のために書いておくと、別にひがんでいるわけではない)、そのせいか、原作の「未来都市編」にもさほど思い入れなく(しつこいようだが、決してひがんでいるわけではない)、そのせいか、なぜに未来都市?というのが今回最大の疑問だったりする。
いわゆる2000年問題を通り抜け、どこかの銀行がシステムの不備で大騒ぎになってたりする現代に、二十年以上前の原作が説得力を持つのであろうか、という疑問をよそに、忠実に原作をなぞるその態度はまさに“機械的”と表現するにふさわしいし、メリハリのない平板な演出は“非個性的”で、今回の内容に対する製作者側の徹底したこだわりがうかがえるような気がしないでもない。
とはいえ、完璧なはずのコンピュータの動作不良という古くさいプロット(恋敵を抹殺しようとするカールの短絡的な発想だけは妙に現代的だったが)を古くさいままやっちゃうのってどうよ?
例えば、「こちらの指示の不正確なのを指摘してきました」とか言って(都合によりビデオで確認できないのでうろ覚えです。ごめん)エッカーマン博士がほくそ笑む場面があるが、この程度の事を(都合により、どの程度だったかビデオで確認できないので(中略)ごめん)独自に判断できないようでは、高度なシステムというより、気の利かないシステムにしか思えない。(スフィンクス、というよりカールのエッカーマン博士に対するリップサービス(?)という解釈も可能だが、都市機能を効率的に制御するという本来の目的にはそぐわない)
何だか消化試合でも見せられてるような気がして、以前にも似たような事を感じたなあと思ったら19話だった。
以下余談。
コンピュートピアは、将来、人間の住めない環境(海底とか月面とか)にドーム型の都市を建造して住んじゃうための予行演習のための実験都市だと考えられる。こういう施設が(程度の差はあれ)コンピュータで管理されるのはむしろ当然と言っていいが、より重要なのは、空気や食料自給の問題であろう。
そういう実験施設は、実際にアメリカ・アリゾナ州(!)の砂漠の真ん中にある。
完全に密閉されたガラス張りの建造物内(後楽園ドームの4分の1の大きさ)に熱帯雨林や草原、砂漠、海などの環境を再現し、施設内だけで、空気(酸素)も含めて完全自給自足する事を目指した“ミニ地球”、バイオスフィア2である。
1991年から二年間にわたって、八人の男女がこの中で自給自足の生活をするという“実験”も行われている。(酸素濃度が急速に低下して“外”から酸素を供給されたり、科学的なデータが乏しかったりで、“実験”自体は失敗と評されている)
日本にも青森県六ケ所村に、規模は小さいが同様の閉鎖型生態系実験施設が作られている。(本格的に稼働するのはもうちょっと先になるようだ)
コンピュートピアは、コンピュータに管理された都市であって、そこに生態系の話を持ち込むべきだ、などと主張する気はないのだが、ないのだけど、前回『青いけもの』で地球と対話までして、あれっきりで終わっちゃったら意味ないんじゃないのかなあ、とか、思っちゃったりもするのだが。(そんなややこしいアレンジをするぐらいなら、初めからオリジナルエピソードを作った方が早いかもしれんけど)