予想通り、というより、予想以上の大胆さで26話のラストが無視されていて、何やらすがすがしさまで感じてしまうのだが、これって確信犯ですか?
と、ここまで書いたところで、だらだらと“ピラニア”を検索してみたり、とかしてるうちに、気が付けば第28話も放送され、ゴールデンウィークも終わっていたのだった。
てことで、今回は27話と28話についてまとめて書いてしまうことにするので、ご了承下さい。
さて。
大人には大人の事情というのがあって、それは例えば、今後アニメ化される予定の『地下帝国ヨミ編』の前に、原作ではそれよりずっとあとに発表された『コスモ・チャイルド編』を持ってくることに端を発して、
(1)銀河系の一隅にある惑星フルル → 異次元世界
ヨミ編との絡みで、この時点で宇宙を舞台にしたくなかったから、とも思えるが、単に移動の描写を省きたかっただけかも知れない。(ていうか手抜きしすぎじゃないか)
(2)地球への脱出途上でオトナは死亡 → 描写なし
素直に解釈すれば、子供たちだけで逃亡してきたと思える。「オトナは死亡」に放送上問題があったのだろうか?
(3)中華飯店張々湖が破壊される → 006の故郷、上海が破壊される
中華飯店張々湖が破壊された場合、以後のエピソードで何事も無かったかのように営業再開していると、某サイトその他に鬼の首を取ったかのように突っ込まれるから。
(4)攻撃方法:001が009を次元錯卵(球状の兵器)のバリア内にテレポート → 001が超能力でバリアに穴を開け、009が加速して穴から攻撃
(現時点での)001が意識のある物体をテレポートできないから。同様に攻撃後の009をテレポートで回収できないので、009が気を失ってファンに媚を売る一方で、ストーリーのテンポが落ち、猫はこたつで丸くなる。
(5)移動手段は子供たちの“船” → 途中でドルフィン号から“船”に乗り換える
とりあえずドルフィン号を飛ばしとかないと、スポンサーがうるさいから。
(6)004が子供たちに銃を突きつける → 002が子供たちに拳を振り上げる
「銃を突きつける」のはやっぱり放送上問題あるんだろうけど、「拳」の方が002らしい気はする。
(7)「殺セ!」 → 「攻撃!」
「殺セ!」はさすがにまずそうな気はするけど、最終的にやってること(“敵”を殺す)は変わらないわけで、放送上の制約の基準ってどこにあるんだろうか。
(8)“攻撃”のショックでオトナの半数が死亡 → 描写なし
やっぱり「オトナが死亡」するのはダメらしい。
(9)捕虜になったオトナが侵略者の空間跳躍(ワープ)に力を貸している → 描写なし
オトナは子供たちの見本にならなければならない。だから、敵に力を貸したりしてはいけない。
(10)「オトナになればなるほど、精神の弾力性は失われる」 → 描写なし
これを強引に拡大解釈してみると、用語などの表現に対する、オトナによるオトナのため(オトナが満足するため)の規制を暗に批判している言葉であるので、当然規制の対象だったに違いない。(アニメ『サイボーグ009』は、(多分)オトナのスタッフが作っています)
等々、艱難辛苦を乗り越えてストーリーを成立させる努力を見ていると、しみじみと大人って大変だなあ、と同情を禁じえない。いっそのこと、宇宙だの異次元だの持ち出すのもやめて、地球上の架空の国、A国(隣国に侵略された)の難民の子供たちに置き換えちゃえばよかったのに。(こっちの方が無謀っぽい気もするけど、よく考えてみると、何がダメなのかよくわからない)
そんなわけで、大人には大人の事情があるので、よい子のみんなも、ゴールデンウィークにディズニーランドに連れて行って貰えなかったからって不貞腐れちゃダメだよ。
それはともかく、この2話、何とも後味が悪いというか、釈然としないものが残るのは、大人の事情や原作を踏襲したラストのせいだけではない。
最初に次元錯卵を攻撃する時、009が「子供たちの協力」を唐突に口にするのが微妙にしっくり来ない。確かに子供たちはそれなりの“力”を持っているが、次元錯卵のバリアに穴を開けるのは001にとっても負担が大きいとか、001の眠りの時間が近づいているとかの前フリがあるならともかく、日本で生まれ育った009にとっては、子供=非戦闘員という認識があるはずだ(A国の難民の子供に対しても同じことを言うのだろうか)。
平成『009』で過去のエピソードを蒸し返すのは禁じ手かも知れないが、ミュートス編での「僕たちが戦う最後の人間になろう」という言葉が薄っぺらなものに感じられてしまう。
今後は、「僕たちが戦う最後の人間になろう。(ただし、異次元人は除く)」としなければなるまい。
原作での004の役割を002に置き換えて、彼の過去を絡めたのは、大人の事情による変更ではなく、平成版独自のアレンジとして評価したい。
のだが、チンピラに絡まれてる(らしい)少年と目が合いつつ、そのまま黙って通り過ぎちゃっていいですか、002。もうちょっと骨のあるヤツだと思ってたんだが、キミには失望した。
更に、「キミはワザと子供たちを追いつめて……」と009に言われて「こいつらを目覚めさせる方法は、恐怖を与えること」などと得意げに答えてたけど、単純明快行動第一無思慮無遠慮が持ち味のキミが、いつからそんな小賢しい浅知恵を働かすようになったんだ。
原作では、004が子供たちに銃を突きつけて、力を使わないなら殺す、と常識では信じられないような言動をするからこそ、「ワザと……」というフォローが必要なのであって、怒りに駆られて殴ろうとするのは常識で理解できる範囲内だし(イマドキは違うんだろうか?)、冷静に殴ろうとするフリをするよりも002らしいんじゃないか。「ワザと」なんて理由付けをする方がよっぽどわざとらしくないか。それとも、「ワザと」も大人の事情なのだろうか? (そうは言っても、「幽霊島」は体罰を積極的に肯定しているわけではありません。念のため)
更に更に、002、キミは恐怖にオドオドした目が嫌いなんだろう? そういう子供たちをたくさん見てきたんだろう? だったら、005に止められる前に、恐怖に満ちた目で振り上げた拳を見つめる子供たちを見て、何かを気付こうよ。自分自身の行為が、結局は自分の嫌いな表情をする子供たちを再生産しようとしていることに、自分の感性の中で気付いてくれよ。
平成版002のキャラクターは、個人的にお気に入りだっただけに、おじさんは残念でならないよ。
なんか、28話に関しては、他サイトなどで比較的好評だった部分が個人的に一番引っ掛かってたりするので、もしかすると私自身の感性に一番問題があるような気もするが(もしかするとご存知でしたか?)、引っ掛かるものは引っ掛かるので、もうひとつ書いておく。
005「恐怖だけでは人の心は動かせない」
002「だったらどうすればいいってんだよ」
……
005「この子たちに必要だったのは、心から救いの手を差し伸べてくれるもの」
この辺のやり取り、確かにいいこと言ってるし、わかりやすいし、原作で見落とされてる部分で勝負した点もいいと思うんだけど、何となあく見ていてゲームの謎解きしてるような気分になっちゃうんですが、私だけですか? 私自身は、こういう情感(?)のある場面に余計な解説はいらないと思ってたりするのだが、005に「この場面が感動的なのは、こうこうこうだからである。だから感動してね」と言われてるみたいで、なんだかなあ。
ていうか、イマドキのお子ちゃまには、ゲーム風な表現の方が受け入れやすいってことか。
どうやら、私の時代は、来る前に終わってしまったようである。