わははははははははははははは、は、はは。
なんじゃこりゃ。
いや、別にリンク・ミスではないのだが、テンションが前回と違い過ぎてひっくり返りそうになったぞ。さては先週見ていたのは、あと半年ほど続くはずの悪夢をより効果的に見せるための前フリであったか。(今回は悪夢と言うほどではないが)
どうやら平成版「ミュートス編」は、脚本を小林靖子さんに一任して統一感を出すと見せかけつつ、各話を任された演出家(と絵コンテ?)が毎回好き勝手に自分的「ミュートス編」を追求するシリーズのようであり、見る側も、前回「これが平穏だと言うのか」という台詞を009が言っていることは、忘却の彼方に追いやった上で見なければならないらしい。(そういう台詞があったという事実は覚えていなければならないので、油断は禁物だが)
後半のアクションがおざなりだったり、「あとは勇気だけだ!」の原作の名台詞が心を打たなかったりと、今回に関しては何かを追求した結果というより頑張った末にこうしかならなかった、と言った方が正しい気がするが、こういうのは個々人のセンスとか才能とかに依存する部分であって、あーだこーだケチをつけても本人の努力だけですぐにどうにかなる問題でもないだろうから、潔くあきらめよう。
過酷なスケジュールの中、精一杯のことはやったんですよね、きっと。
強いて言えば、悪いのはあなたではなく、ファンにとって注目度の高い台詞を言わせるにあたって、あなたをこの役回りに付けたあなたの上司です。(もちろんイヤミで書いてます)
そんなことより、個人的に一番情けないと思うのは、22話で009が言った「これが平穏だと言うの(か)」を、今回アルテミスが003の台詞として回想していることだったりする。
21、22話間の齟齬とは違って、22、23話は脚本が同じなわけで、いくら何でも脚本家が自分の書いた台詞を誰に言わせているのか把握できていないとは思えないので、製作のどこかの段階で変更されたのだろう。この台詞、主人公のものとしてふさわしいと思える一方、今回の出し方も、これはこれで003とアルテミスを対比させて描く意図が感じられて、9の台詞であっても3の台詞であってもいいとは思うが(次回の展開を考えると9の方が妥当な気はする)、誰か(例えば、「監督」とか「シリーズ構成」の肩書きを持っている人)が「この場面はやっぱりおかしいからどっちかに統一しようよ」ぐらいのことを言ったりしなかったのだろうか。
それ以前に、22、23話を担当しているスタッフ間で「22話でこういうフリをするから23話でしっかり受けてね」とか「この台詞、003に言わせた方がいいと思うんだけど変えていいかなあ」「今から変更するのはスケジュール的にきついからここは堪えてつかあさい」みたいな打ち合わせというかやり取りすらないのであろうか。(打ち合わせにはセンスも才能も必要ない)
冗談抜きで、各話のスタッフが全体のバランスを無視して好き勝手やってるんでしょうか。
いい意味でスタッフ間にライバル意識があれば、それなりに作品のレベルって安定するような気もするが、足の引っ張りあいでもしてるですか?
チームワークのカケラも感じられない製作スタッフの作っている『サイボーグ009』が、純真なお子ちゃまな皆さんに、テーマの一つとして(多分)チームワークの素晴らしさを訴えているというのは、何というか、世の中ってそんなものなのか。(こうして純真な魂は汚れていくのである)
これを書いていたら、チームワークの最後のひとカケラまで粉々に打ち砕くような話が某掲示板で話題になっていた。重箱の隅のツッコミ所を見つけるのは容易だが、箱の中の希望はそう簡単に目覚めてくれないようである。
ギリシャ神話における牧神パンは、好色でイタズラ好き、パニックの語源となったように(自分自身も含めて)周囲を混乱させる存在であり、文化的束縛に捕われず、共同体を混乱に陥れた末に新たな価値観を持ち込むトリックスター的側面を持つ(ということにしておく)。
ささやかな希望として、『009』スタッフの中にいるらしい「パン」による混乱の末に新たな可能性が生まれることを祈らずにはいられない。
これは誰に祈ればいいのだろう? やっぱり神か……。
さて、ミュートス(神話)の神々は本物の神などではなく、実はサイボーグであったという衝撃的な真実があっさり判明した。(ドルフィン号のレーダーが「神」を追跡できたのも、彼等が「神」ではなかったからである)
もっとも、彼等が「神」なのか「神」でないかは、「神」をどう定義するかにもよる。「神」に対するイメージは宗教や文化によって異なるだろうが、一言で定義するなら、「信仰の対象」であろう。
従って、アポロンたちが神を自称する限り、その最終目的は「信仰の対象」として人類の上に君臨することであるのは間違いないし、超越的な力を持つ彼らが「信仰の対象」すなわち本物の「神」となって、「神」による統治を実現する可能性は少なくない。それを阻止できるのは、もちろん、われらがサイボーグ戦士だけである。
人間にとってどっちが幸せなのか、私にはよく分からないが。
(2002/3/30)