第20話 まぼろしの犬


 クビクロの両親は、計算ができる犬であった。
 古来より、計算のできる犬とか馬とか人間とかの話は多く、それほど珍しくない。
 もちろん、犬や馬は実際に計算をしているわけではなく、人間(飼い主や観衆)の微妙な動作や息遣い、緊張感を読み取って(観衆は答えを知っていて、固唾を呑んで犬や馬が答えを出すのを見守っている)、正しい解答に辿り着いているだけだ。この点、「計算をする人間」の場合は自力で暗算などしていると思われるので、芸の質としては犬以下である。

 問題なのは、クビクロの両親の頭部にあった手術痕である。犬の「計算能力」に怪し気な手術などどう考えても無駄な投資としか思えないが、私は素直な人間であるので、クビクロの両親は、やはり老人の手によって知能を増進させるような処置を受けていたものと解釈する。(子であるクビクロは、高い知能とパイロキネシス(念力放火)能力を持っているが、一般論を言えば、獲得形質は遺伝しない。てことで、クビクロの両親に施された手術は、何らかの遺伝子操作を含むものであった可能性濃厚である)

 おそらく、老人も前回登場したロス博士同様、ブラックゴーストの崩壊によって職を失った科学者だったのだろう。彼ほどの腕があれば、いくらでも再就職の口がありそうなものだが、『サイボーグ009』に登場する科学者の例に漏れず、自分の研究以外のことには無関心、一般常識すら欠落しているような人物であり、自分の能力を売り込むすべも知らなかったようだ。
 たまたまテレビで芸をする動物を見て、新しい「職業」を思い付いたのだろうが、前述の「トリック」には気付かず、短絡的に動物の知能を増進するという結論に到達してしまうあたり、ある意味、実に科学者らしい発想と言えなくもない。
 科学者は意外と騙されやすいのである。

 と思ったけどやっぱりやめる。
 老人は、自分の研究が悪用されることに嫌気がさして、ブラックゴースト崩壊後、研究からは一切手を引いて自分の素性を隠し、かつて実験台に使ってしまった犬達(クビクロの両親)と共に慎ましやかな余生を送っていたのであった。
 幽霊島的には、いささかヒネリに欠けるような気もするが、語られざる物語としては妥当な線かな。

 老人の選択は、一度は自由の身になりながら最終的にはブラックゴーストに「再利用」される結果になったゴッドフリート・ロス博士とは、好対照をなす。
 科学者として脂の乗り切った年代と思えるロス博士は、良心の呵責を(多分)感じながらも、思い通りの研究ができるという魅力に逆らうことはできなかった。ロボット工学者として(多分)一流の技術を持つ彼に、リタイアと言う選択ができなかったのは当然とも言える。だからと言って、悪用されることが明らかな研究に手を染めることが正当化されるわけではないと思うが。
 『009』に登場したもう一人のゲスト科学者フィンドル教授の場合、目的自体が間違っていたとは言い難いが、結果的にその研究は悪用されてしまう。

 科学は常に、その使い方によって二面性を持つ。というか、二面性があるのは、科学そのものではなくそれを使う側の人間の方だが。

 核兵器の理論的基盤(つまり特殊相対性理論)を作り上げたアインシュタインは、広島長崎に投下された原爆やその後の核を中心にした冷戦構造に何パーセントぐらい責任があるだろう。アインシュタインは、自分の研究が軍事兵器に転用される可能性に気が付いた時点で、研究を闇に葬るべきだっただろうか。(ちなみに、原子爆弾の製造を当時の大統領に進言したのはアインシュタインを含めた科学者グループである)
 遺伝子の研究は、様々な病気の原因や治療法の解明に成果を上げているが、一方で新たな社会問題を生み出しつつある。(将来ある種の病気を発症する確率が簡単に分かってしまったりする。某国の生命保険会社の中には、遺伝子検査を義務付けているところもあるらしい)
 遺伝子研究に携わっている科学者は、今後深刻になるかもしれない社会問題に責任があるだろうか。彼らにとって正しい選択肢は、今すぐ研究をやめてしまうことなのだろうか。
 いや、彼らがやらなくても、他の「誰か」がやるだろう。
 「正しい」選択は、どこにあるのか?

 『サイボーグ009』に登場するもう一人の科学者、ギルモア博士の選択は、自分を利用し続けてきた「悪」を滅ぼすために積極的に戦うことであった。
 平成版ギルモア博士は、どちらかと言うと原作後期の好々爺然としたキャラクターなのだが、博士は、ブラックゴーストの主力兵器(?)であるサイボーグの技術的基盤を作った中心人物であるはずで、自分が生み出したサイボーグという技術に対するある種の自負心や罪悪感、贖罪の気持ちやら、様々な感情がないまぜになっていたりする複雑な人物として描かれてもいい。
 ていうか、個人的に原作初期のマッド・サイエンティスト的色合いの濃いギルモア博士像が好きなだけだったりするのだが。
 さらに個人的趣味で語るなら(いつものことか)、ギルモア博士こそ物語の焦点である。
 ギルモア博士の存在なくして、ブラックゴーストの繁栄(してたことにしておこう)はなかったし、サイボーグ戦士達の苦悩もなかった。ギルモア博士こそ科学者の、そして科学の二面性を体現している人物である。
 

 自信を持って断言するが、クビクロのエピソードで、ギルモア博士について書いているのは「幽霊島」ぐらいなもんである。
 他にこれといったネタが思い付かなかったからである。
 
 

 今週の001
 どうでもいい台詞言うぐらいなら、寝ててください。
 

(2002/3/10)
 
 



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