第6話 消えた博士を追え!

 


ああ、この息のかぐわしさ、正義の神もついには剣を折ろう! もう一度、もう一度。死んだ後もこのままでいてくれ、お前を殺して、なおいつまでもお前をいとおしく思いつづけられるように。
シェイクスピア『オセロー』(福田恆存訳・新潮文庫)より


 前回行われていた監視体制は、やめちゃったみたいである。飽きたのだろうか?
 いやいや、サイボーグ戦士たちは、前回の私の指摘に納得してくれたに違いない。(サイボーグ戦士の孤独な戦いに、わずかながらもこのホームページが貢献できたことは、無上の喜びである)
 いつ現れるかわからない敵に神経を張り詰めていても仕方がない。そのときはそのとき、普段はもっとリラックスしよう、と気持ちを切り替えたのだろう。(003も元気になったようなので、一安心である)
 それにしても、護衛をつけるつけない以前に、十一人分の食料品生活用品の買い出しをコズミ博士一人に押し付けて、のんびりペンキ塗りなどをやっているメンバーの図太さには呆れてしまう。居候という立場を完全に忘却しているとしか思えない。とんでもない奴らである。
 これでは、誘拐されたコズミ博士も浮かばれまい。

 さて、今回登場した0012は、家そのものがサイボーグ、という恐るべき敵だが、残念ながら、甲冑が突然動きだして007に襲い掛かったりとか、壁の肖像画が意味もなく血の涙を流したりとか、天井からコンニャクが落ちてきたりとかのギミックに乏しく、幽霊屋敷としての面白味に欠ける。はっきり言ってしまえば、ブラックゴーストに遊園地を経営するセンスはない。下手に経営の多角化を目指すよりも、素直に「死の商人」に徹することをお勧めする。
 
 

 それにしても、0012の正体って一体?
 個人的には、幽霊なんか見たこともないし信じてもいないので、いきなり“魂”なんて怪談話に落とし込まれると、かなり困ってしまう。どうせ怪談にするなら、いっそ家なんか最初から存在してなくて後にはお墓がひとつ残ってましたとさ、ぐらいやってくれれば、よっぽどすがすがし…、もとい、おどろおどろしくてよかったと思うのだが。
 ともかく、ここで引き下がっては「充実の研究サイト」(と紹介して下さったサイト様がありますので… m(_ _)m )とは呼べないであろう。
 以下、004のロマンチックな幻想は、単なるロマンチックな幻想に過ぎなかったものとして無視する。(繰り返すが私は幽霊を信じていない)

 実は、重要なのは0012の正体ではない。むしろ、彼女の夫の方である。マダムこと0012(本名不詳。ここでは仮にデズデモーナと呼ぶことにする)が待ち続けていた帰らぬ夫とは、一体何者なのか?
 何を隠そう、彼こそが、若き日のスカール(本名不詳)その人である。(ヤケクソで書いてます)

 昔むかし、軍需産業で財をなしたスカールは、愛妻デズデモーナと幸せな日々を送っていた。だが、幸せは長くは続かなかった。政敵の謀略によって戦地に赴いたスカールは、そこで全身に大火傷を負い、ふためと見られない醜い姿になってしまう。
「おお、このような醜い姿になってしまっては、愛するデズデモーナの元に帰ることはかなわぬ夢」と悲観したスカールは(もちろん004がその場に居れば「家族なら分かってくれる」と説得しただろうが)、世界中の幸せに暮らす人々を憎悪し、復讐を誓う。ドクロの仮面をかぶって素顔を隠した彼は、正体不明の後援者の資金援助を得て、ブラックゴーストを組織、大戦終了後も、世界中に戦争を売り歩く男として暗躍を続ける。
 死の商人として業界内でも不動の地位を得たスカールだったが、愛するデズデモーナへの想いを断ち切ることはできなかった。調べてみると、彼女はいまだに帰らぬ夫(つまり自分)を待ち続けているではないか。思い余ったスカールは、デズデモーナをさらい、冷凍保存してしまう。こうすれば、自分の醜い、そして恐ろしい素顔を見られることなく、彼女を見続けていることができる。しかも、彼女の美しさは永遠に衰えることがないのだ。

 そんなある日、スカールは手元の雑誌に目をとめた。雑誌『LIFE』のサイボーグの特集記事である。「サ、サイボーグ? そうか! サイボーグになってしまえば、この醜い体から解放されるのだ。そうすれば、デズデモーナの前に姿を見せることができる。彼女を目覚めさせ、彼女の柔らかい声を聞き、彼女の濡れた唇に触れることができるのだ!」
 早速彼は、莫大な資金を調達し(名目上は、あくまでも新しい戦争用兵器の開発のため、であった)、サイボーグの研究に着手、無理矢理連れてきた数名の若者をサイボーグの実験台にしたりもする(いわゆる第一世代のサイボーグである)。しかし、技術的なバックボーンのないまま強引に押し進められた研究が成果をあげるはずもなく、計画は頓挫。スカールの夢も儚く消える。

 時は流れ、遺伝子工学上の重要な発見(極秘扱いされているため、詳細を公表することはできない)によって、サイボーグ技術の完成に道が開かれる。
 凍結されていた第一世代も含め、九体の実験台は無事稼動した。実験台の思わぬ裏切りという事態に直面することにはなったが、サイボーグの実用化に成功したのだ。
 遂にこの日が来た。この醜く、老いた(この時点で相当な高齢になっているはずである)肉体を捨て去り、自らサイボーグとして生まれ変わる日が。デズデモーナを長き眠りから目覚めさせ、愛を語り合うことのできる日が。
 しかし……。

 ここに、スカールの副官、奸臣イアーゴーが登場する。
 奸臣イアーゴーは、スカールが暇さえあればデズデモーナの眠るカプセルの傍らで時を過ごしていることに苛立ちを感じていた。仮にもブラックゴーストの総裁ともあろう男が、美しさや愛などという無意味なものに価値を見いだすなどということに、我慢ならなかった。 それは、もしかしたらある種の嫉妬であったかも知れない。
 スカールがサイボーグ手術を終えた翌朝、口先だけで副官まで登り詰めたイアーゴーの奸計が始まった。
「スカール閣下、ついに閣下御自身がサイボーグとなられましたな。不滅の肉体を手に入れた閣下に、もはや恐れる物はありますまい」
「イアーゴー、これで貴様に老いぼれ指揮官などと陰口を叩かれることも無くなるというもの。ふわぁはっはっはっは」
「そ、そのようなことは言った覚えが……」
「まあ、よいわ。ところで、デズデモーナの解凍準備は整っているのであろうな? 髪の毛一本、細胞の一つに至るまで傷つけてはならぬぞ」
「そのことでございますが、閣下」
「む? 何か問題があるのか?」
「もちろん、我らがブラックゴーストの技術スタッフに抜かりはございません」
「では、なんだと言うのだ。はっきり言わぬか!」
 邪悪な笑みを心の中で浮かべつつ、イアーゴーは、つつつ、とスカールに擦り寄り、囁くような声で語りかけた。
「問題は、デズデモーナ様御自身のことでございます」
「何、デズデモーナがどうしたと言うのだ?」
「デズデモーナ様は、心優しきお方と存じますが、しかし、所詮は過去に住む女。閣下の新しいお体をご理解できぬのではないかと」
「何を言うか。デズデモーナの心に一点たりとも曇りなど有りはせぬ」
「閣下の仰せの通りでございます。しかし、まさにデズデモーナ様の聡明さが、彼女の目を曇らせるのです」
「何?」
「女というのは浅はかなもの。閣下の新しい肉体の素晴らしさには目もくれず、彼女はこう言うことでしょう、『おお、機械の体なんて。おぞましい。たとえ醜い姿であろうとも、生身のあなた様にお会いすることができていたら、どんなに幸せだったことだろう。さわらないで! あなたは、自分の体を捨てた時に、人間としての誇りまで捨ててしまわれたのです。あなたは、もう私の愛したあなたではありません』と。
 もしも、デズデモーナ様が閣下の以前の醜い素顔を、いや、失礼、お顔を一目見れば、恐ろしさのあまり失神してしまうことでしょう。それでも、彼女は言うのです。『私の愛することのできるのは、本当のあなた、生身のあなただけ』と。女が口にするのはいつも、口先だけのきれいごと」
「やめろおぉぉぉぉぉっ!
 それでは、余は、五十年間何のためにこの日を待っていたのだ? 来る日も来る日も、デズデモーナの寝顔をガラス越しに愛でていたのは何のためだ?
 デズデモーナに罵倒されるためなのか? デズデモーナの愛を永遠に失ったことを確認するためなのか?
 そんなことは許さぬ。
 そんなことは許されぬ。
 余の愛を受け入れられぬと言うのなら、デズデモーナ。お前に罰を与えよう」

 逆上したスカールの猜疑は、一瞬にして憎悪に変わった。疑わしきは殺す、を信条にして生き残ってきた男なのだ。
 建造中だった0012(の屋敷部分)の制御中枢として、眠れるデズデモーナを使用することを指示したのはスカールである。しかし、彼女の体にメスを入れることだけは許さなかった。理由はよくわからない。
 0012建造スタッフが「どうせやられちゃうのになあ」と思ったかどうかは定かではないが、とにかくデズデモーナの肉体をそのままにして精神エネルギーだけを抽出することに成功する。
 イアーゴーは、かつてデズデモーナであった0012に「お前の夫は、赤い服の男たちに捕らえられている。赤い服の男たちを殺せば夫は戻ってくる」とほのめかした。スカールは、デズデモーナへの興味を失ったかのように、この件に関してはイアーゴーに任せっきりであった。
 なお、0012炎上の報告を受けた後で、スカールがイアーゴーを処刑することになるが、これも理由はよくわからない。
 デズデモーナが炎の中で見た夫の幻影が、スカールのささやかな思いやりであった、かどうかも私の知る所ではない。
 
 

(2001/11/23)
(2003/2/3 微調整)




戻る