第三話 閃光の暗殺者


 実は前回、気になりながらも触れなかった点がある。「幽霊島の掟」(たった今制定された)第三条に「必要不可欠な場合を除き、原作とアニメを比較しその優劣を論じてはならない」という条項があるため、触れることができなかったのだ。
 私自身、この懸念が杞憂に過ぎないことを願っていたのだが、残念ながら今回、無視できない形で問題が表面化してしまった。したがって、この事態を、第三条に規定されている「必要不可欠な場合」であると判断し、涙を飲んで優劣を論ずることにする。

 原作では、反乱計画が実行に移されるのは、009が他の八人と合流した時点であり、この場にギルモア博士も居合わせているため、反乱〜博士を人質という流れが実に自然で、計画が周到に練られたものであることを感じさせる。
 一方のアニメ版では、009が目を覚ましたときには、すでに他の八人は反乱計画を実行に移している。このため、後回しにしてもよいと考えられていたはずの脳改造(洗脳)を、009に対して早急に行わなければならないとブラックゴースト側の科学者が判断するのは当然であり、009が合流する前に脳改造を受けるかもしれないというリスクが生じてしまう。もちろんギルモア博士が009の脳改造を遅らせるような工作を行うことは十分可能だが、反乱がすでに実行されている以上、不審な行動を起こせば博士自身反乱に加担していることが露呈してしまう。博士が無事にメンバーと合流できたのは、僥倖と言える。
 このように、アニメ版における反乱計画は、作戦遂行上のリスクを無用に増やしているとしか見えず、残念ながら、原作におけるそれと比較した場合、劣っていると断じざるを得ない。(涙)

 この不手際の原因は何なのか? 
 最終的な作戦の立案に携わっているのは、やはりギルモア博士と001であったと考えるのが自然だろう。ギルモア博士は、博士であって将軍ではない。作戦の立案には最もふさわしくない人物である。001は、非常に高い知能を持っているものと考えられるが、赤ん坊なので経験不足は否めない。作戦計画がずさんになるのも当然
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 ……。
 このように、アニメ版における反乱計画は、登場人物の設定をより的確に反映しており、残念ながら、原作におけるそれと比較した場合、優れていると断じざるを得ない。(何てこった)

 実は、アニメ版でも原作同様の計画をたてていたのだが、なんらかのミスにより、009の完成前に計画が発覚してしまい(この場合ドジを踏んだのは006か007である)、やむを得ず反乱を実行せざるを得なくなった、という解釈も可能であり、こっちの方が説得力があるように思えるが、この説は成立しない。成立すると、この一文が成立しなくなるからである。

 さて、第三話である。
 前半、ブラックゴーストから逃れ、日本のコズミ博士邸に居候するサイボーグ戦士たちの日常が描かれる。
 彼らの日常をポエム風にまとめてみました。
 

001は、眠っている。

002は、苛立っている。

003は、耐えている。

004は、待っている。

005は、自然が好きだ。

006は、食事のことしか興味がない。

007は、戯曲を書いている。

008は、泳いでいる。

009は、海を見ている。
いや、海を見てはいない。自分の過去を見つめている。
 
 

 今回、各メンバーの性格が明確に定義された。古典的なドラマの方法論から捉えるならば、実質的な「第一話」がようやく視聴者の前に提示されたといえる。(そうなのか? 多分そうだろう)
 同時にメンバー間の緊張した関係が浮き彫りになる。原作を知る人ならば、「チームワーク、ガタガタやんけー!」と驚愕した私の気持ちを御理解いただけるものと思う。

 御存知の方も多いと思うが、九人というメンバーの数は、野球から来ている。
 原作の連載開始は、長島茂雄氏が現役で活躍していた、いわゆる巨人の黄金時代である。作者である石ノ森氏が、これにインスパイアされたのは実に自然なことだ。
 一人のヒーローが活躍するのではなく、メンバーがそれぞれの個性を発揮しつつチームワークで敵を倒す。ここにチームのまとめ役となる監督(ちなみに連載当時の巨人監督は川上哲治氏)のギルモア博士が加われば、無敵のゴールデンチームが誕生する、はずなのだが……。
 アニメ版の現実は、そうは行かなかった。監督であるはずのギルモア博士は、一話において重大な作戦ミスを犯し(やっと繋がった)、それが尾を引いているのか、今回に至っては、メンバーは博士の指示に耳を貸そうともしない。選手に相手にされない監督というのは辛いぞ、ギルモア博士。
 平成版ギルモア博士には、指導力、統率力、作戦立案能力が欠如している。(一、二話でかろうじてまとまっていたのは、チームリーダーである001の存在に負う所が大きい。今回001は、……寝てる。)  この事実が今後の展開にどのような影を落とすことになるのか……。

 残念ながら、今年は、川上氏が巨人の采配を握っていた連載開始当時の1964年ではなく、来期から原監督が巨人の指揮を取る、2001年なのだ。この事実が、原作と平成版でのギルモア博士の位置付けの違いを生み出してしまったことは、指摘するまでもないだろう。
 悲しいことだが、現実とはそういうものだ。

 さて、ここでやっと0010(念のために書いておくと、0010はゼロゼロ・シリーズ十番目のサイボーグ、00ー10(ゼロゼロ・テン)であり010とはならない)の登場になるわけだが、残念ながら枚数が尽きてしまった。(というか疲れた) 以下次週。

 蛇足だが、次回の放送において、万が一001が目覚めた場合、興味深い洞察が得られるのだが、現時点では判断できない。よって、この点に関しても来週に持ち越すことにする。(001が目覚めなかった場合は、この洞察は単なる妄想となるので、紹介しない。ご了承ください)
 
 

さらに蛇足(原作を読んでいない方、御遠慮ください。ネタバレしてます)
 

(2001/11/1)








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