バンクの花道
第三回「ロレックスのデイトナ」
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事務所を出てからもまだ緊張が抜けない。あれだけ圧倒されたのは、松山千春に会わされた時いらいかも知れない。
「本田晴美」に「松山千春」、名前からすでに何かを感じさせられるものがありそうな気がする。今になって考えれば「石丸寛之」も何かこの道を約束されてたのかも知れない。 事務所を後にして車に乗り込もうとすると石丸が言った。 「じゃあ、これからスーツでも買いに行きますか。身なりはキチッとしなきゃあね。」 「え、でも・・・」 そう言われても、今の自分にはスーツどころか別れた嫁に払う慰謝料さえないのだ。その日の飯代さえ精一杯なのに。 うつむく自分を見て、ニコニコしながら石丸が、「何心配してんすか? お金の事なんか気にしなくて大丈夫っすよ! ボクからの就職祝いですから。」 「ま、丸ちゃん」石丸の顔を見ようと思っても涙で見えない。 涙でぼやけた先にはニコニコしながら鼻歌を歌う石丸がいる。よく見ると笑いシワが増えたような気がする。 フェラーリを運転しながら時計をはずすと、俺に差し出し、 「これもどうぞ、腕まわりも大事だからね。」 よく見るとロレックスのデイトナじゃあないか!
七十万ぐらいのものだけど、入手困難で今じゃあプレミアがついて二百五十万はするかも知れない一品だ。 「これはやばくない? プレゼントだろ?」 「いいよ、違う女にねだるから。手に入んなくてもスイスまで行っても手に入れて来るんだよ、俺にハマッている女は。スーツもサイズが合えばいくらでもあるんですけどねぇ。」 平然と言う石丸を横目に俺はポカンと口が開いたままだった。 そうしているうちに車は、あるショップの前で止まった。 『HUGO BOSS』 聞いたことがある。イタリアのブランドでサッカーの日本代表の公式ユニフォ−ムになったのを覚えている。
シックな店内に入るとハンサムな店長が迎えてくれた。 「おぉぉ、丸ちゃん珍しいねぇ。女連れ無しなんて。」 「大きなお世話だよ! ところで店長、この人に合うスーツを5、6着みつくろってあげて。」 「5、6着も? 丸ちゃん」俺は驚いて聞き返した。 「それぐらい持ってなくちゃあ、勝負になんないよ」 とりあえずみつくろってくれた物を試着して見ると、サイズもぴったりでさすが高級イタリアブランドだ。しかしスーツなんて着るのは何年ぶりだろう? もう記憶にない。鏡に映るぎこちない自分の姿を見て、何か照れくさくて七五三の子供の様にも見えてしまう。 結局、スーツを五着、シャツとネクタイを十セット、靴三足を石丸と店長が選び出した。 「丸ちゃん、百二十万だけど、百にまけとくよ。女の子によく買ってもらっているからね。伸ちゃんもこれから頑張って!」 「OK! じゃあこれで。」
そう言うと財布からカードを出したが、よく見るとダイナースカードだ。昔はガソリンのカードで買い物していたのに。 店を後にし、車に乗り込むと急に石丸の携帯が鳴り始めた。着信音が無数に聞こえる。セカンドバックを開けると五つも携帯が入っていた。時計を見ると五時過ぎだったので、同伴を求める電話なんだろう。
どの電話にも出ないので不思議思って見ていると、石丸は笑って片目をつぶってみせた。「今日は伸さんと同伴だからね」 石丸よ! お前はなんてヤツなんだぁ! |
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