第二回『“知る”とは、知りたくないことを知ることだ』

   

ゴングがなる瞬間に私は跳んだ。

相手は先ず探り合いに出ると見た。甘かった。フックと膝蹴りをもらった。しかし、どうにか倒れなかった。そのままタックルした。

後は簡単だった。上半身を相手に密着させ、パンチを避けながら、ひたすら相手の利き腕を狙った。焦る必要はない。私の体重がじわじわ相手にダメージを与えてくれる。

勝負は5分もたたないうちについた。腕を極められるのを嫌がって、俯せの亀の姿勢をとったところで、スリーパーだ。アルティメットではおなじみの決着である。

「軽かったな、伸」
「後3分粘られたら、スタミナが切れた」
「トレーニング不足か。なら伸、いい機械がある。つけておくだけで24時間腹筋を鍛えてくれるやつで……」

私は──当然だが──そんな話など聞かず、ひたすら考えていた。多気澤はこの世界で何を求めていたのか。

金か? ならば組織に逆らうはずがない。

名誉か? もともとここにそんなものはない。

多気澤、お前はここで一体何をする気だったんだ?

 

「次の相手は前陀だ」

増成が言った。少々驚いた。

「あの前陀か?」
「他に前陀がいるか?」

前陀日明。ころころ言うことの変わる男だ。プロレスを否定したかと思うとプロレスに復帰し、ストリートファイトを誇ったかと思うと、闇討ちで気絶する。ストリートファイトの世界では、闇討ちを受けたら、受けた方が悪い。やり返すまでは何一つ言えないはずだ。まあ、偉そうな物言いだけは一貫していると言える。

しかし、格闘家としては軽視できない。スピードこそないが、打撃技、投げ技、関節技の基本は確実にマスターしている。また、基礎体力や筋力はずば抜けている。非常にバランスのいいタイプだ。衰えたとはいえ、私のような素人に太刀打ちできる相手ではない。

私は非合法の微細生体工学に頼ることにした。1週間入院し、本田晴美の手で感覚野と神経接合をいじられた。皮膚電極も200あまり埋め込まれた。

肉体改造

「三宅さんは一人で闘うのではありません。常に3台のクレイ2がモニターしています。前田のスープレックスの衝撃も10マイクロ秒以内に算出できます」

それだけではあまり嬉しくはないが、何かの役には立つだろう。プロは打てる手は打っておくものだ。正々堂々というのはアマチュアだけの特権だ。

  

ゴングがなった。

「前方から前陀接近中」

聴覚神経に埋め込まれたチップから晴美の声が響きわたる。頭が割れそうだ。第一そんなことはわかっている。

「左掌底。これはフェイントです。ローキックに注意。次に右」

わかっている。おかげで左掌底とローキックと右ストレートを全てもらった。

「マウントポジションをとられました。右フック来ます。次に左来ます」

わかっている。これでは試合を実況中継されているだけではないか。

「右手を狙っています。腕ひしぎ注意」

初めて役に立つことを言ってくれた。私は右腕で無防備なパンチを繰り出し、前陀の注意をそらしつつ、左膝で相手の脇腹を軽くうった。皮下のマイコトキシンのカプセルがつぶれる。極めて浸透性の強い神経毒だ。勿論、私は解毒剤を服用している。

前陀は私の右腕を掴み、腕ひしぎ逆十字の体制に入る。1秒、2秒。私はギブアップしない。前田の力が抜ける。素早く右腕を曲げ、肘撃ちを叩き込む。そんなことをしなくても、前陀はもう動けない。プロレスは3秒までなら反則はできるのだ。私はゆっくりと立ち上がり、観客の声援に応えた。前陀は今度はどんな言い訳をするのだろう。相手が神経毒を使ったとでも言うつもりだろうか。

大勝利

試合後、案の上、組織から接触があった。ヒクソン戦に負ければ、2千万ということだ。私は交換条件を出した。カネはいらない。代わりに今すぐ多気澤を解放しろと。
  

競輪探偵の休日第三回

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