|
ロビーには関係者が全員召集されている。私の横には、ちゃっかり例のマタギが腰を下ろしている。石丸は得意げに話し始めた。
「みなさん、お取込み中のところ、大変、失礼します」
「ほんとだよ。一体何の用なんだ」後漢とかいう男がドスをきかせた。
「はよせえや」その横で内林久海苔が声を荒げた。
「けいさつわいやだ。ぼくわもうかえるんだ」伊奈村も何か言っている。
「あまり時間をとらせません。では、さっそく話を始めます。まず後漢さん。あなたは、事件のあった時間、ずっとロビーにいましたか?」
「廊下の方には行ってないぞ」
「廊下じゃありません。玄関の方です」
「ああ、外に出てぶらぶらしてた」
「何分ぐらいです?」
「10分くらいかな」
「その時に廊下の横を伝って、窓に近づきませんでしたか?」
「なぜ、そんなことを聞く?」
「廊下の横は、軒から雪が落ちるので、足跡が消えてしまいます。それにあなたが窓から呼びかければ、山田は近づいてきて窓を開けたはずだ」
「待て、石丸。なら誰が窓の鍵をしめた?」私は思わず口を挟んだ。
「単独犯とは考えていません。他に二人も仲間がいたわけですから。死体が見つかってから隙を見て鍵を締めた可能性は十分あります」
「なんやなんや、わしらまで犯人扱いか」
「ぼくわむじつだ。けいむしょはいやだ」
「御意見は取調室でお聞きしましょう」石丸は増成警部に合図した。制服警官が5人、部屋に入ってきた。
「待て石丸。気がつかないのか。もっと怪しい奴がいる」
私はゆっくりと立ち上がった。 「事件当日からこの旅館の周りをうろうろしている男がいるじゃないか」
「誰ですかそれは」
「吉岡とかいうマタギだ」
「吉岡? 知ってるか?」
石丸は増成警部を振り返った。増成は怪訝な顔で首を振った。
「バカな。知らないって、現にいるじゃないか、ここ、……に……?」
隣には誰もいなかった。ソファの上には紙切れが。「吉岡稔真=マタギ」と書いてある。途端に電気が消えた。どたばたと人の動く音。すぐ明かりがつく。何と横には例のマタギがまた座っているが、何故か額に汗が光っている。
「何とこのマタギが! 私、全く気がつきませんでした」増成が叫ぶ。やけに大きな声だ。
「盲点でした。一番近くにいるものが、かえって見えなかった……」石丸が早口で続けた。彼もひどく汗をかいている。
「どこでトリックを見破ったんだ、三宅さん」マタギの口調も今までと全然ちがう。第一、彼が私の名前を呼ぶのは初めてだ。私は立ち上がり、増成と石丸を突き飛ばして客室に向けて走った。
1号室、開ける。数台のカメラ、録音機、マイク、レフ板。
2号室、開ける。熊、猪、ウサギ、カモシカのぬいぐるみ。
3号室、開ける。寝ころんでテレビを眺めていた男がこっちを見る。予想した通り山陀裕仁だ。
次の瞬間、目の前が爆発した。
そこはがらんとした広い部屋だった。隅に古ぼけたオルガンが置かれている。弾いているのは……マタギだ。私は、起きあがって、のろのろと近づく。もの悲しいメロディだ。
「5歳の時、ブランコに乗りながら、母ちゃんからこの歌を、聴かされた」マタギがつぶやく。「でも、この記憶も石丸の記憶かもしれない」
よく見るとマタギはオルガンを弾いていなかった。音は天井のスピーカーからだ。私は思い切って彼に体当たりした。
気がつくとベッドに寝かされていた。心配そうに覗き込んでいるのは石丸だ。
「気がつきましたか。すっかり奴らにだまされてました。もう安心です」
「ここはどこだ?」
「玉野市立病院です」
「何日の何時だ?」
「5月21日ですよ。今、午後2時を回ったところです」
太陽が差し込む窓を見ると、宇野港が見える。丁度フェリーが出てゆくところだ。波は静かだ。私はベッドから跳ね起き、石丸を羽交い締めにした。
「おい、5月のこの時間に太陽があんな位置にあるわけないだろう。ここはどこだ? お前はだれだ?」
シュッと空気を切るような音がした。石丸の力が抜けた。首がごろんと落ちる。切り口ではショートした回路がパチパチと音を立てている。
「気がつきましたか、もう安心です、気がつきましたか、もう安心です、気がつきま……」
セリフを繰り返す石丸の首を蹴飛ばし、部屋を出た。左右に長い長い廊下が続いている。とりあえず、すぐ前の部屋を空けた。そこには壁も床もなかった。
雪山だ。焚き火を囲んでいるマタギと動物たち。
「マイナス90度の世界。そこで俺はいつも星を見てきた……」ゴローもピョン太も、マタギの言葉を無視して、じっと私を見ている。懸命に何か訴えている。
「わかったぞ!」
ここが出口だ。私は全力で走り出した。動物たちもついてくる。深い雪で足をとられるが、躊躇しない。林を駆け抜ける。崖。そのまま突っ込む。壁にぶち当たる感触。
倉庫を改造したような大きなスタジオだ。振り返ると雪山のセットが見える。ゴローたちが走り寄ってくる。どうやらこいつらは本物らしい。見ると部屋の隅に男が倒れている。駆け寄って声をかける。
「あ、あ、伸。どうしたんじゃろ」
「お前、刑事役だったろう」
「ああ、覚えとる。いつからこんなことになったんじゃ?」
「わからん。とりあえず、ここを出よう」
「しかし伸、お前、いつからヒゲを生やしてるんじゃ?」
「お前こそ、まるでマタギみたいに……」
二人ともマタギの顔に変貌していた。
「なーんじゃ、びっくりするのう、伸」
「姿はマタギだが、中にいるのは元の私だ」
「わかってる」
「私は負けないぞ。いつか、この世界から脱出してやる」
「わしもじゃ」
「よし行こう」
私は出口に向かって歩き出した。右には増成がいる。後ろには、動物たちがついてくる。倉庫の正面の大きな扉を開けた。外の明るい光が射し込んできた。
|