第3回

『ある者は思い出すために踊り、ある者は忘れるために踊る』

  

狭い旅館である。部屋を出てもいくところがない。ロビーでぼんやりとテレビを眺めていると、膝の上に白いものが跳び上がってきた。野ウサギだ。

「やめろ。ピョン太」
相手にされないと見て、マタギはとうとう旅館の中まで入ってきた。

「霊を呼んで見っとね? よかったら、こちら来るったい」
嫌も応もない。マタギは私の腕をがっちり掴んで歩き始めた。

旅館から川沿いに少し登ったところに小さな空き地があった。雪の上には同心円と正方形を重ねたような模様が書かれており、正方形の隅には護符が立てられ、同心円の中心には火が焚かれている。周りにはゴロー、ジロー、ゴンタ、ピョン太が控えている。

「死人の名は」
「山陀裕仁です」
マタギは黙ってうなずき、火に向かってぶつぶつと呪文を唱え始めた。時折、気合いとともに、御酒を火に振り掛ける。

火の中にぼんやりと人の姿が見えてきた。ガイコツのような顔。山陀に似ているような気もする。私は思わず叫んだ。

「山陀、山陀か! 犯人は誰だ」
山陀はゆっくりと目を開け、口を動かし始めた。しかし、それより早くマタギの様子が変わり始めた。顔面 蒼白だ。目つきもおかしい。ゴローたちも異様な気配に落ち着きをなくし始めている。

「母ちゃん、嫌だ、嫌だよお、許してくれえ、母ちゃん、許して」
マタギは声を限りに叫び、猟銃を振り回し始めた。動物たちは一足早く、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。このようなことには慣れているのだろう。私も大慌てで走り出す。後方では猟銃が乱射されている。何だかいろいろ屈折した人のようだ。

宿に帰ると、また騒ぎだ。玄関から増成刑事が飛び出してきた。
「探偵さん。1号室で首吊りです」
「誰ですか」
「伊奈村です。発見が早くて命は取りとめましたが」
「本当に自殺か?」
「遺書があります」
増成刑事はしわくちゃの紙を手渡した。

『すごくたのしみだったまあじゃんたいかいがしっぱいしたのでしにますさよおなら。みんなぼくのことおわすれないで。いなむらなりひろ』

暗澹たる気分にさせられる遺書だ。これ以上事態を混乱させないでほしい。

「マタギの童謡にこんなのがあるったい」
いつのまにかマタギが後ろに立っていた。相変わらず目つきがおかしい。ゴローたちはいない。どこか遠くで様子を見てるのだろう。ここは逆らわない方がいい。

「雪がたくさん積もった日
 一人目のマタギがナイフでさされた
 みんなで運んで弔った
 次の日やっぱり雪が降ってた
 二人目のマタギが首を吊った
 みんなで運んで介抱した」

「そのままじゃないか」
思わずつぶやいてハッとしたが、マタギはそのまま続けている。

「3日目もやっぱり雪が降ってた
 3人目のマタギが溺れ死んだ
 みんなで運んで……」

大きな爆発音がした。露天風呂の方だ。私は急いで駆け出した。

露天風呂は見事に吹っ飛んでいた。裏口を出たところがすぐ崖になり、例のおじさんが立っていた。トマホークの直撃で顔の右半分が焼けこげ、金属部分が剥き出しだ。右腕も肘から先は強化セラミックの骨格が見えている。身動きするたびに、全身からビスや歯車がこぼれ落ちる。可愛い左目と、口ひげだけが辛うじて元の印象を留めている。

「み、やけ、ま、つど、だ、ーび、ー」
私はじりじり後退しようとしたが、背中に例のマタギがひっついて、耳元でとりつかれたように何か囁いているので身動きがとれない。

またぎに迫られる

「……若いマタギはとうとう大きな熊に追い詰められた。ふと足下を見ると、何ということだろう。とてもきれいなスミレの花が」

Kがアサルトライフルをこちらに向けた。と、奴の手元に何かとびついた。ピョン太だ。銃口がそれる。同時に、物陰から猪と熊が跳び出して体当たりした。Kは不意をつかれてよろめく。次の瞬間、カモシカが私たちを飛び越えてキックし、Kを崖下へ蹴り落とした。

マタギはまだ言っている。「……そのとおりです。金の斧は友情の証。雪の魔女の呪いは解けました。さあ、受け取りなさい。最後の剣を」

主人より動物たちの方がよっぽど頼りになる。私は旅館に引き返して、作戦を練り直すことにした。

「問題を整理しましょう。何のかんのありましたが、殺人は1件だけなんです」石丸が口火を切った。

「犯行推定時間には、全ての客がロビーか客室にいたことが確認されています。えー探偵さん以外は」
増成刑事が申し訳なさそうに付け加えた。

「では、私でなければ外部のものの仕業と言うことになる」
「……マタギは里の人よりずっと早く春の気配を感じ取る」
何でこの場にこの男がいるのだ。石丸も増成刑事も、不思議に何も言わない。

「窓の鍵は細工されてないか?」
「雪を使うトリックですか。三宅さん。駄目です。雪が解けて鍵が落ちるような仕掛けは無理。普通のアルミサッシですから」
「風だ。風の匂いが変わるんだ」
「なら、外部の犯行も無理だ」
「山の暮らしは厳しい。代々受け継がれてきた技だけがそれを可能にする」
「動機の面で何か分かったか」
「麻雀の貸し借りで若干のいざこざがあった程度で」
「山に生き、山に死んだ先祖ひとりひとりが」
「う、う、うるさいわ! 何であんたがここにおる!」

もう我慢できない。立ち上がってマタギを罵倒しようとした私は、石丸と増成に両脇から取り押さえられた。

  

さらば競輪探偵 第4回

 

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