第2回

『いつもの仕事だ。決まりきった仕事だ。でも俺はそれが好きなんだ』

  

この日、宿の客は私たちを含めて7名。

1号室:山陀裕仁、後漢信一、内林久海苔、伊奈村成浩
温泉と麻雀を楽しみにきた4人組。事件があったときには、宿について荷物を置き、ロビーに出てきたところ。山田だけ一足早くゲームコーナーに行き、被害にあったらしい。

2号室:山愚痴幸二
自称作家。3日前から泊まっている。あまり部屋から出てこず、事件の時も部屋で執筆していたという。

3号室:私と石丸
当日早く到着し、事件の時には、私は露天風呂に行き、石丸はロビーで仲居さんをからかっていた。

詳しく話を聞くうちに奇妙なことが分かった。露天風呂への裏口からロビーまでは板張りの廊下が続いており、途中にはゲームセンター以外の部屋はない。廊下の窓はゲームセンターの前に1カ所だけあるが、内側から鍵がかかっている。

旅館見取り図

私が露天風呂に入ったのが5時頃。仲居が私を食事に呼びに来て、死体を見つけたのが5時30分頃。ロビーにいた客も、女将も、その間、山田以外、誰も廊下に向かっていないと証言している。裏口周辺の雪にも私以外の足跡は残っていない。犯人はどこから入ってどこへ消えたのか。

私は断定した。「簡単だ。仲居が犯人だ」

「動機は何ですか。今、ついたばかりの客ですよ」
「殺人狂の仲居さんかもしれない」
石丸は物も言わずにいってしまった。私は考えをまとめるために、山道をすこしぶらぶらすることにした。

目の前の藪ががガサガサしたかと思うと、大きなカモシカが出てきた。

「やめろ、ジロー」
「あ、また会いましたね」

例のマタギだ。マタギの割には旅館の周りにばかりいるような気がするが。

「考え事しとったと?」
「はあ」
「古いマタギの話にこんなのがある」彼は近くの切り株にどっかりと腰を下ろして話し出した。

「ある山に、鉄砲の上手な若いマタギがいたそうな。それで、鉄砲でカモシカをどんどんとった。仲間は諫めたそうだが、このマタギは聞かなかった。すると、カモシカが出回りすぎて、値が下がってしまったそうな」

単に需要と供給の話ではないのか。何が教訓なんだろう。……そうだ。最初発見された時にまだ山田が死んでなかったとしたら……!

「あ、ありがとうございました!」私は旅館に駆け戻った。「石丸わかったぞ!」

「何がですか」
「山陀はまだ死んでなかった。仲間内で悪い冗談でもしてたんだろう。模造のナイフでも刺して、ひっくり返ってた。仲居さんを驚かすつもりでな。で、急を知って駆けつけてきた仲間が、助ける振りをして、ナイフを……」
「古典的手口ですが駄目です。現場に一番に駆けつけたのは私です。私が脈もとってます」

私は悄然としてまた散歩に出た。近くの藪がガサガサしたと思うと、月の輪熊が現れた。どうせ例のマタギの差し金だと思うが、さすがにドキッとする。

「やめろ、ゴンタ」
「何種類動物飼ってるんです」
「また、悩んどっと? 古いマタギの話にこんなのがあるったい」
全然、相手の言うことを聞いていない。

「ある日、マタギが仕掛けた罠にウサギがかかっていた。ウサギはマタギの姿を見て、懸命に訴えた。私には小さな子供がいるのです。お願いです見逃してください。マタギは可哀想に思って逃がしてやった。数日後、マタギが歩いていたら、大きな月の輪熊にぶつかった。マタギは自分には小さな子供がいるので見逃して欲しいと懸命に訴えた。月の輪熊は見逃してくれた」

恩返し……ではない。因果応報……いやよくわからない。待てよ? わかったぞ! 犯人はまだ現場にいた、とすれば……!

「ありがとうございました!」私は旅館に駆け戻った。「石丸わかったぞ。犯人はずっとそこにいた。事件の前も事件の後も」
「なるほど」
二人で一緒にゲームセンターに向けて駆け出した。
 
結果は駄目だった。ゲーム機の中を全て調べてみたがそんなスペースはどこにもない。中の機械を全部取り出しておけば、殺人狂の小猿ぐらいは隠れられるが、機械は全て稼働中だ。隙間と言えば、殺人狂の鼠が隠れられる程度しかない。また捜査は行き詰まった。しかし、あのマタギにはしばらく会いたくない。

「ではプロのやり方をお見せしましょう」
石丸は増成刑事と私を連れて、山愚痴の部屋に入っていった。

「ちょっとお話をうかがいたいんですが」
「ああ、いいですよ。事件のお話ですかな」

自称作家は丹前を着て座机に向かったまま言った。石丸はあくまで低姿勢である。

「小説を書かれてるそうで」
「ああ、そうですよ」

ようやくこちらに向きに座り直した。

作家

「どんな風なのをお書きで?」
「まあ、つまらんもんですよ」
「他の作家のものなどはお読みになりますか?」
「日本のは読まないね」
「ロシア文学はどうですか?」
「少しは読むかな」
「ドストエフスキーはどうですか」
「いいね」
「どんな作品がお好みで?」
「ワイルドな奴かな」
「赤と黒なんかどうですか?」
「まあまあだね」

石丸は素早く増成刑事と目配せして言った。
「三宅さん。ちょっと席を外していただけますか」

私はしばらく廊下に立っていたが、部屋から小さな悲鳴や低いうめき声が聞こえてきたので少し怖くなり、部屋に戻った。

30分ほどしてから、二人が帰ってきた。増成は汗びっしょりだ。石丸はしらっとした顔だが、やけに目がギラギラしている。

「吐きましたよ」
「ほんとか」
「殺人じゃありません。詐欺です。常習者でした」
「作家を装ってあちこちの旅館で無銭飲食を繰り返していたようです」
増成がちょっと得意そうに言った。

「ついでに殺しもやってないのか」
「事件のあった時刻に1号室に入ろうとして仲居さんに見とがめられてます」
「物盗り目的です」
「で、部屋を間違えたと言い訳して、部屋に茶を運ばせて雑談してます」
「アリバイがあるわけです」
「もしやってたら、とおに吐かしてますよ、な」

石丸がニヤリと笑った。

「そのとおりです」増成刑事も不気味にわらった。

「お前ら一体、山愚痴に何をしたんだ」
「三宅さん。世の中にはあなたが知らなくていいことがたくさんあるんです」

石丸が妙に座った目でこちらを見つめて静かに言った。怖い。石丸が怖い。私はあわてて、部屋を出た。

  

さらば競輪探偵 第3回

 

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