
氷。雪。 見えるものはそれしかない。音はと言えば、雪上車のジーゼルの低いうなりだけ。もう5時間もこんな状態だ。 「なあ伸、こういうとこにもスナックあるんかなあ」 私は増成を無視した。 「晴美、方位は合ってるか。あとどのくらいかかる」
チューレ。グリーンランド唯一の都市。 主要産業は、北極海周辺を漁場とした漁業、そしてウラン鉱脈。しかし漁獲高も採掘量も年々減っている。本来ならとっくの昔に寂れていていいはずの都市だ。しかし、地政学上の重要性は世界一と言ってよい。 冷戦が終わり、ソ連が崩壊したとはいえ、両核大国がICBMの発射ボタンを握り、北極海をはさんで対峙する状況は変わっていない。両国から発射されたミサイルは──それがどちらのものであれ──まず最初にここチューレのレーダーサイトで探知される。グリーンランドは今も昔も核戦争の最前線なのだ。 「通信は」 例の組織が、チューレの米軍基地に浸透していることを突きとめたのは2日前。チューレが一切の交信を絶ったのが20分前だ。あと2時間ほどすれば、米軍が大あわてで押し寄せるはずだ。現在アメリカの戦略空軍は失明に近い状態だ。 街には全く人影はなかった。 「無線交信は」 ゲートを雪上車で突き破り、基地に侵入した。しかし、何の反応もない。巨大なパラボラを中心としたレーダーサイト群に向かう。警報音。 「右前方から熱エネルギー」 周辺に次々着弾する。対戦車誘導弾を使用しているようだ。1発が至近距離に落ち、雪上車が大きく跳ね上げられる。晴美は次々に発射点を突きとめ、正確な反撃を加えているが、何せ数が違う。きりがない。 「そろそろ出番かな」 後部の弾薬庫から石丸が顔を出した。何故かうれしそうである。 「増成、予備の弾薬というのは、こいつのことか」 石丸は最後まで言えなかった。彼の胸の真ん中に、大きな穴が開いた。死体を押しのけるように、怖いおじさんが出てきた。 「……可愛い?」 どう答えていいかわからずにいるうちに、Kは雪上車から飛び出して行った。 レーダーサイト内にもかなりの敵が残っていた。幸い外の奴らは怖い怖いおじさんが相手してくれている。しかし、私にも対地ミサイルを数発撃ち込んできたから油断がならない。 「手を上げて出てこい。そのまま吹き飛ばそうか」 男がゆっくりと立ち上がった。スーツの上に抗弾ベストという変わった格好だ。 「伸。伸じゃないか」 神山雄一郎。 「生きてたのか。それより、どうしてお前がここにいる」 それから先は楽だった。神山と組んで失敗したのは、競輪場を除いては1度しかない。5分もしないうちに司令室を制圧した。 「思い出すな、あの頃を」 背中に冷たい感触があった。 「そうはいかない」 神山がにっこり笑った。 「そっちについてたのか」 レーダースコープの表面に、私の間の抜けた顔と、神山のにこやかな顔が映っている。 「なぜすぐ撃たない」 レーダーサイトを出る。一面の雪のあちこちに死体や黒こげの自走砲が見える。 「神山。もう何も信じないことにしたのか」 「ああ。もう何も信じない。それより、もう一度だけ聞くぞ。晴美はどこにいる」 瞬間神山の全身がこわばり、地面に跳躍しようとした瞬間、頭がはじけとんだ。 「ミッション・クリアしました」 無線越しに晴美の声が聞こえる。もう信じないことにした、か。探偵は始めから何も信じちゃいない。 雪上車から増成が駆け寄ってくる。 「おい、もうそろそろ米軍がくるぞ」 風と雪はいっそう強まってきた。
|
|
|