第5回『保安官もその家族も殺したけど、保安官助手だけは撃ってないんだ。信じてくれ』

 

氷。雪。

見えるものはそれしかない。音はと言えば、雪上車のジーゼルの低いうなりだけ。もう5時間もこんな状態だ。

「なあ伸、こういうとこにもスナックあるんかなあ」

私は増成を無視した。

「晴美、方位は合ってるか。あとどのくらいかかる」
「チューレまであと10分です」

雪中行軍

チューレ。グリーンランド唯一の都市。

主要産業は、北極海周辺を漁場とした漁業、そしてウラン鉱脈。しかし漁獲高も採掘量も年々減っている。本来ならとっくの昔に寂れていていいはずの都市だ。しかし、地政学上の重要性は世界一と言ってよい。

冷戦が終わり、ソ連が崩壊したとはいえ、両核大国がICBMの発射ボタンを握り、北極海をはさんで対峙する状況は変わっていない。両国から発射されたミサイルは──それがどちらのものであれ──まず最初にここチューレのレーダーサイトで探知される。グリーンランドは今も昔も核戦争の最前線なのだ。

「通信は」
「全く途絶えています」 
「伸よ。妹尾のホノルルちゅう店覚えとるか」

例の組織が、チューレの米軍基地に浸透していることを突きとめたのは2日前。チューレが一切の交信を絶ったのが20分前だ。あと2時間ほどすれば、米軍が大あわてで押し寄せるはずだ。現在アメリカの戦略空軍は失明に近い状態だ。

街には全く人影はなかった。

「無線交信は」
「自動放送と思われるもの以外ありません」
「BC兵器の痕跡は」
「ありません。ウィルス性のものなら別ですが」
「ならもう感染してるな」
「細菌戦の防護しかしてませんから」
「寂しい街だなあ、伸」

ゲートを雪上車で突き破り、基地に侵入した。しかし、何の反応もない。巨大なパラボラを中心としたレーダーサイト群に向かう。警報音。

「右前方から熱エネルギー」
「2、3発喰らってもいい。ジャミングしながら全速で目標に向かえ」

周辺に次々着弾する。対戦車誘導弾を使用しているようだ。1発が至近距離に落ち、雪上車が大きく跳ね上げられる。晴美は次々に発射点を突きとめ、正確な反撃を加えているが、何せ数が違う。きりがない。

「そろそろ出番かな」

後部の弾薬庫から石丸が顔を出した。何故かうれしそうである。

「増成、予備の弾薬というのは、こいつのことか」
「すまんのお。どうしても一緒に行きたいと言うもんで」
「三宅さん、凄い味方を連れて、」

石丸は最後まで言えなかった。彼の胸の真ん中に、大きな穴が開いた。死体を押しのけるように、怖いおじさんが出てきた。

「……可愛い?」

どう答えていいかわからずにいるうちに、Kは雪上車から飛び出して行った。 
 
   

レーダーサイト内にもかなりの敵が残っていた。幸い外の奴らは怖い怖いおじさんが相手してくれている。しかし、私にも対地ミサイルを数発撃ち込んできたから油断がならない。
 
どうにか3人目を倒した時、雑然と積まれた機材の向うで何かが動いた。

「手を上げて出てこい。そのまま吹き飛ばそうか」

男がゆっくりと立ち上がった。スーツの上に抗弾ベストという変わった格好だ。

「伸。伸じゃないか」

神山雄一郎。

「生きてたのか。それより、どうしてお前がここにいる」
「例の連中を追ってきたんだ。そういう伸は何しに来たんだ、こんな最果てまで」
「妙な通報があった。奴らの狙いがここだと教えてくれた」
「御同業か。久しぶりに一緒にやるか」
「ああ」

それから先は楽だった。神山と組んで失敗したのは、競輪場を除いては1度しかない。5分もしないうちに司令室を制圧した。

「思い出すな、あの頃を」
「ああ。で、奴らの狙いは何だ」
「ここから情報を流す。ロシアがチューレを押さえて、先制核攻撃をするという奴をな」
「核戦争になるぞ。そうでなくても米ロ間は・・・」
「それが狙いだ」
「なら、今、米軍に連絡すれば」

背中に冷たい感触があった。

「そうはいかない」

神山がにっこり笑った。

「そっちについてたのか」
「まあな。悪く思うな」
「奴らはあの時にお前をはめたんだぞ」
「忘れた。もう、きれ〜いに忘れた」

レーダースコープの表面に、私の間の抜けた顔と、神山のにこやかな顔が映っている。

「なぜすぐ撃たない」
「晴美が必要だ。ペンタゴンのシステムは思ったより複雑でね」
「ここを教えたのも」
「勿論俺。さ、晴美はどこにいる」
「外だ。外に待たせてある」

レーダーサイトを出る。一面の雪のあちこちに死体や黒こげの自走砲が見える。  

「神山。もう何も信じないことにしたのか」

「ああ。もう何も信じない。それより、もう一度だけ聞くぞ。晴美はどこにいる」
「近くにいるさ。お前を見てるよ。レミントン700のスコープ越しにな」

瞬間神山の全身がこわばり、地面に跳躍しようとした瞬間、頭がはじけとんだ。

「ミッション・クリアしました」

無線越しに晴美の声が聞こえる。もう信じないことにした、か。探偵は始めから何も信じちゃいない。

雪上車から増成が駆け寄ってくる。

「おい、もうそろそろ米軍がくるぞ」
「ああ、行くか」
「なんや伸、泣いとるんか」
「雪で目をやられたようだ」

風と雪はいっそう強まってきた。

ふりしきる雪

 

さらば競輪探偵 第1回

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