
「やられた!」 増成はいきなりいいストレートをくらって、ひっくり返った。「伸、あのでかいのを頼む。あとの二人は引き受けた」と叫んだ直後だ。全く頼りにならない。 ボスらしい男は、余裕たっぷりに拳を固めながら近づいてくる。後ろからは二人の男が駆け寄ってくる。数の不利はスピードでカバーするしかない。 私はいきなり走った。近くの路地に駆け込んで、すぐ振り返り、跳び込んできた男に膝蹴りを喰らわす。崩れ落ちた男を抱えたまま、もう一人に頭突き。何とか二人片付けた。 そのまま路地を駆け抜ける。今度は奴も用心し、すぐには出てこない。ただし、落とし穴を掘るだけの時間はない。ゴミ箱の横のケースからコーラ瓶を取り出し、ポケットに隠す。 「オーケー・カモン」 私は両手を広げ、手のひらを見せて、ブタ野郎と向かい合った。左のジャブから右がくる。 でかい割には素早い。私は軽くステップバックしてコーラ瓶を取り出し、奴の頭に叩きつけた。凶器を使わないと約束した覚えはない。 ガードされた。しかし瓶が割れ、炭酸が奴の目を焼く。私は立て続けに5、6発喰らわせた。だが調子に乗りすぎた。がっちり抱え込まれ、首をぐいぐい締め付けられる。身動きができない。少々やばいことになってきた。 突然、力が抜け、奴が崩れ落ちた。 「伸、手こずったようだな」 鉄パイプを手にした増成が立っていた。 「誰のせいだと思ってるんだ」 全く他人の話を聞いていない。何か言ってやろうとした瞬間、肩を叩かれた。石丸だ。 「三宅さん。奴が見つかりました。フォルクシュトラーゼのモルグです」
「恐らく失血死です」 白衣を着た晴美が死体に付着した繊維や皮膚片をてきぱきと採取しながら、淡々と説明してゆく。
黒こげになってストレッチャーの上に横たわっているのは、山陀裕仁。神山と私をわずか2万ドルで売った男だ。 ルーマライトが奴の首筋を照らした。光るものがある。 「鱗粉ですね。すぐ検査にまわします」 もし、それがギフチョウのものなら、犯人は一人しかいない。そいつが10年前の事件の本当の黒幕だ。もしそうなら、私がけりをつけるしかない。私はそうでないことを祈った。 …………祈りは通じなかった。
「bio-ash-kは預かった。明日の夜11時、ロアノークの第3ドックに全て持ってこい」 間の抜けたメールだ。身体を張った経験のない奴らが金にあかせて動けばこんなことになる。 まず目的が間違っている。彼らは恐れる必要はまるでない。まともな証拠は何一つ残っていない。動かない方がいい。何もしなければ何もないのだ。 第2に誘拐する人間を間違っている。kを誘拐することが可能とは思えない。もし誘拐できたとすればなお悪い。あいつを身近に置いておくだけで、身の破滅だ。 最後に脅す相手を間違えている。私がkに何度殺されかけたと思っているのだ。 つまり、彼らは間違った目的のために、間違った男を誘拐し、間違った男を脅迫していることになる。幾ら組織が馬鹿でかくても、恐るるに足らない。 私は一杯やってからホテルに戻り、テレビを付けた。どういうわけか誠心会館の第2回青柳杯世界大会決勝を中継している。また、どういうわけか青柳館長とヒクソングレイシーが対戦しており、どういうわけか青柳館長が優勝したではないか。世界の格闘技界は一体どうなっているのか。 しかし、私はこんなものが見たかったわけではない。待っていたのは臨時ニュースである。青柳館長が高々と優勝カップを掲げ、「ヨーロッパのみなさん目を覚ましてください」と叫んでいる途中で、それが入った。ロアノーク港の倉庫で大爆発が起こり多数の死傷者が出ているようだ。案の上である。 タクシーを降りて近づくと、既に大勢の警官が倉庫周辺を封鎖していた。私は石丸からもらった優良運転手証を見せ、自分が元競輪選手で、スプリント10連覇の中野さんの後輩だと説明した。警官たちは、両手を広げ口々に「グレイト」「ユーアラッキー」「ガッドブレスユー」「ハブアナイスデイ」とはしゃぎだし、肩に手を回したり、親指を突き出したり、背中をポンと叩いたりし始めた。彼らが何を喜んでいるのかわからないが、とにかく通り抜けることはできた。 あたりは火の海だ。死体がごろごろしている。SWATの隊員、素性の分からない戦闘服の男たち、一見サラリーマン風の男。多くの者が高熱で焼かれている。やったのはあのおじさんに間違いない。大きなクレーンの横に人影があった。刈り上げ、口ひげ。ゆっくりとこちらを向く。 「俺は・嫌われているの・か?」 誰に好かれていると言うのか。 「どうしてそんなことを思う?」 「俺は・誘拐され・た」 「嫌われて誘拐されたとは限らない」 「どうして・だ?」 「あまり可愛くてつい連れていったのかもしれない」 「……」
心なしかおじさんの頬が赤らんだように見えたが、確かめる余裕はなかった。キャタピラーの地響きが近づいてくる。NATO軍が動き始めたようだ。 「生きてたらまた会おう」 「……」 私は身を翻し、海に向かって駆け出した。 |
|
|