帰ってきた競輪探偵

第1回『当ホテルはチェックインのみ承っております』

 

アフリカ。うち続く飢餓と戦乱の中で今なお多くの命を奪い続ける巨大な大陸。報道の目も援助の手もそこには届くことがない。

密かに大量の一次産品が運び出され、その代償に大量の武器が運び込まれる。

世界経済システムの最底辺でその歪みを一身に背負ったこの土地にあって、なお自転車は走っている。住民は、なけなしのマンゴーやドリアンを持ち出しては金に替え、故郷の選手に賭ける。そして金と誇りの全てを失う。
 
私がマロンガ競輪場を訪ねたのは、ZANU(ジンバブエ・アフリカ民族同盟)とローデシア白人政権が正面から武力対立を繰り広げていた1999年のことだった。

これも確か石丸がらみの汚れ仕事だったはずだ。

入場券売場は特別指定席と一般席に分かれており、特別指定席には白人しか入れない。往きの機内で知り合い、頼みもしないのにガイドを買ってでた商社マンはパスポートを示して特別指定席に入っていったが(日本人は「名誉白人」とのことだ)、私は断固拒否すると共に、隙を見て彼の後ろポケットから財布をすり取り、一般席に入った。

鉄骨とコンクリートがやけに目立つ殺伐たる建物の中に、目を血走らせた黒人が手に手に予想紙(2種類あり、訳すと「自由のバンク」と「民族競輪」)を持って詰めかけている。

遠目に見る特別指定席にはテラス風の席に盛装の婦人がゆったりと座っており、わずかに後悔が胸をよぎったが、そんな暇はなかった。黄色人種は間違いなく私一人であり、あっという間に何やら声高に言い募る十数人の黒人に取り巻かれた。

私は英語とうろ覚えのスワヒリ語で、自分が三宅伸という元競輪選手であること、人種差別に反対であること、ネルソン・マンデラとは大学院で共に経済学を学んだこと、クティのイギリスツアーにサックスで参加したことなどを説明したが、彼らは怪訝な顔をするばかりで、一向にらちがあかない。競輪場の係員が間に入ってくれてわかったが、彼らはどうやら八百長に気をつけろと口々に忠告してくれていたらしい。

何がどう八百長なのかわからぬまま、10Rの地乗りを見てみた。予想紙では圧倒的にハワ・ハワという若手が人気している。

しかし一見して驚いた。こんなひどい一番人気は中野さんの宮杯以来である。筋肉はげっそり落ち,ふらついて周回がやっとの状態。思わずこいつを買うぐらいなら首輪ペッカリーの単勝を買うと叫んだが、周囲の黒人は悲しげに首を振るばかりであった。

結果は恐ろしいことにハワ・ハワの圧勝だった。私は周囲の同情の目を浴びながらよろよろとスタンド内の安酒場に入った。

私が神山雄一郎と初めて会ったのはその時だった。

神山

そこには一人の日本人がいた。それが神山だった。背が高く、鍛え抜かれたような体をしていた。かなり酔っぱらっている。首に花輪をかけ、ウイスキーと花束をもって振り回し、周囲の女性の胸元に片っ端から札を押し込んでいる。

こういうのとはかかわりにならない方がいい。私は素早く店を出ようとしたが、一瞬早く気づかれた。

「もしも〜し。日本人! 日本人でしょ!」

仕方ない。振り返ると彼は意外なほど俊敏に近づいてきた。

「日本の方ですか?」「そうだ」「お願いがあります」

花束をふらふらと振りながら、彼は声を落とした。目が笑っていない。

「これを日本大使館に届けて下さい」

タバコほどの小さな黒いケースだった。

「これは一体?」

そう言いかけた時に、黒人だらけの酒場にどうにも似合わない、背広姿の白人が3人入ってくるのが見えた。

私は素早くケースを受け取ってポケットにすべりこませ、素知らぬ顔で席についた。神山は振り返り叫んだ。

「じゃあ,今日はもっとサービスしちゃおう!」

男たちは座席を縫って彼に近づく。

「そおれ〜!」

パッと札束を撒いた。周囲の女たちが殺到する。その隙に彼は身を翻して窓に走った。男たちは拳銃を抜く。私は一人の足をひっかけて、カウンターに頭から突っ込ませた。神山は窓から身を踊らせる。銃声。私は「失礼」と会釈して席を立った。

それから2年間、私は神山と仕事をした。

ある時はコロンビアの麻薬商人の上前をはね、ある時はウランバートルで反政府組織のつなぎ役をやった。

そして最後はボツワナだった。秘密警察と汚職でもっている軍事政権の背後に日本人がいるらしい──そこまでは分かっていた。私は商社の線から手繰っていた。神山は女を使って政権内部に探りを入れていた。女は20歳そこそこの売春婦だった。

彼女が捕まった。どういうわけか神山は奪還すると言い出した。彼らしくなかった。惚れていたのかもしれない。私は止めたが、結局協力することにした。私自身、複雑な国際政治に嫌気がさしていた。単純に「いいこと」がしたかったようだ。

罠を張った。しかし逆にはめられた。女は死んだ。神山は行方不明。私だけが日本に帰った。全てを忘れることにした。しかし、そうは行かなかった。

帰ってきた競輪探偵(第2回)

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