小松島とは驚いた。 「永遠の一号地だ。そして私が現役時代、S級シリーズ金長たぬき杯を連覇した思い出の地だ」 「それはいいんですけど、小松島に行くのに、どうして私たち、福山にいる必要があるんですか」 「うるさい。静かにしてろ、もうすぐゲートインだ」 徳島県小松島市。逆探知によれば、増成はそこにいるようだ。恐らく、晴美の親父も。倉敷の連中や、あの怖い怖いヒゲのおじさんよりも早く行き着く必要がある。こんなところでのんびり競馬をやっている場合ではない。私は愛馬プレストガリバーの三冠達成を見届けると、とるものもとりあえず馬券を換金し、表彰式と口取り式を終えてから走って最終レースの馬券を購入、さらに全力疾走でアストロに乗り込んだ。 福山から小松島。中国縦貫からしまなみ海道を走れば、4時間。今日中にはたどり着ける。 だが、早くも福山競馬場の出口で誤算が生じた。 「三宅さん、待ってましたよ」 玉野署の石丸だ。私は黙って車を発進させようとした。途端に制服警官が左右から飛び出してくる。 「はい、これに息を吹き込んでください」 石丸はにこにこしながらアルコール検知器を突き出す。まずい。表彰式の後、調教師や専門誌記者や騎手の親類などと称する得体の知れない連中に取り囲まれてジョッキに2、3杯飲んでしまった(その後、御祝儀の名目で財布を渡してしまったのも痛かった)。とっさに大きく深呼吸してから吹き込む。検知器は無情にレベルを超えた。 「はい。酒気帯び運転です。いろいろと手続きがありますので」 石丸はニコニコしながら後部座席に乗り込んできた。制服警官は引っ込んだ。 「さあ、行って下さい。行き先は小松島ですか?」 なるほど、そうことか。私はアストロを急発進させた。石丸と晴美は頭をぶつけて小さな悲鳴をあげた。そのぐらい我慢するがいい。
呉のジャンクションを抜けた。車の流れは順調だ。というより車がない。この橋は大丈夫だろうか。石丸はトランプ手品をやったり、鳩を出したりして、盛んに晴美の気を引いている。晴美はその場では「すごいー」と拍手するが、手品の準備中(これが長い)には急に真顔に戻り、「けっ」と吐き捨てている。実にいいコンビだ。 今度は石丸が折った新聞紙に卵を割って落としたところだ。ほぼ同時に、後方からクラウンが猛スピードで接近してくる。 「手品は中止だ。伏せろ!」 急ブレーキ。銃声が2発。クラウンは走り抜けて急停止した。中からバラバラと4人降りた。振り返ると、案の定、もう一台接近してきている。 「石丸、後ろの奴らのフロントグラスを打ち抜け」 「自信ないけどなあ」 1発で命中した。私はアストロをUターンさせ逆走して奴らの横をすり抜けた。ようやくこの茶髪男が役に立った。 全速力で真中島まで引き返し、一旦、島に下りる。今度奴らはフェリーか瀬戸大橋を予想するはずだ。私は、広島方面行きの車線に入り、Uターンして今治に向かった。途中すれ違った車は2台。しまなみ海道様々だ。 今治ジャンクションから瀬戸高速道を東へ30分ほど走ると、西条市に入る。 日はすっかり暮れた。夕食の時間だ。広々したパーキングエリアにはトラックが2台、ライトバンが1台。冷え冷えとしている。私はカレーまんと焼きそばパンを、晴美はチョコフレッシュを買い、ベンチに腰をおろした。 展望台とあるが、山がナトリウム灯に照らされて黒く浮かんでいるだけだ。谷間に何かあるかと思ったが、真っ暗で何も見えない。石丸はというと、冷凍のたこ焼きを電子レンジで暖めてもらっている。あんなものを食う奴の気がしれない。 爆音がした。探照灯。ヘリコプターだ。 素早く、アストロまでの距離を測る。男が飛び降りた。パラシュートが開く。スポーツ刈り、口ひげ。ガラス玉のような目。 晴美は既に反確率バズーカで照準を定めている。よくよく危険なものの好きな娘だ。 「やめろ、石槌山ごと吹っ飛ぶぞ」 Kは無表情のまま、手に持ったウージーをこちらに向けた。空中をゆっくりと降下しながら、Kの目とウージーの銃口は私の眉間をぴたりと狙って微動だにしない。 その時、ふいに石槌おろしの突風がパラシュートを激しくあおった。 Kは少し気まずそうな顔をこちらに向けたまま、パラシュートごと流され、深い谷間に消えていった。しつこい奴だ。しかし始末のいい奴だ。いや、しかしKのことだ、谷間を焼き払い、山を破壊しつくして、ほどなくここまで這いのぼってくるだろう。急がなくてはいけない。電子レンジの前で待っている石丸をせきたてて、私たちは小松島に向かってアストロを発進させた。(続く)
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