競輪探偵(第4回)

『理性はあらゆるものに屈する』

増成富夫

 

死体がころがっていた。胸と腹に、3発喰らっている。この街では見掛けない顔だ。素早くポケットを探る。名刺が2枚と使い捨てライター、そして38口径。背広はサラリーマン風だが、中身は違うようだ。

巧エンタープライズの収穫はこれだけだった。ビルの地下駐車場から銃声が聞こえ、近づいてみたらこのざまである。車止めを弾き飛ばして出ていった車は、増成のリンカーンに間違いない。あっちはあっちで大変なようだ。

名刺は1枚が増成のものだ。

『創造空間tomioチーフプロデューサー・増成富夫』

ご丁寧に顔写真まで刷り込まれている。最初に渡された時は不覚にも笑ってしまったが、増成は怪訝な顔だった。こんなものを十年近く使っている根性は大したものだが、これは役に立たない。

2枚目は、茶屋町のバー、ヒロシ。気難しいマスターの店だ。昔、腹が減ったので店にドミノピザ10人分の出前をとり、他の客におごって大騒ぎして、出入り禁止になったことがある(それは私が玉野S級シリーズを3連覇した後でやっと解除になった)。能書きの多い親父は鬱陶しいが、この辺からたぐっていくしかない。

店は全く変わっていなかった。カウンターばかりで15席。ドゥービーが低い音で流れている。この辺が、スノッブなのかミーハーなのか分からないところだ。客は奥の席の若いカップルだけ。相変わらず暇なようだ。

親父は私の顔を見るなり、下を向いてぼそぼそと何かを言った。恐らくいらっしゃいませと言ったのだろう。

「ドライマティニ」

「承知しました」

親父はグラス8分目までタンカレーを入れてから、棚のベルモットのラベルをちらっとこちらに見せ、そのままグラスをステアして私の前に置いた。単なるジンだと思うが、出入り禁止になるのは嫌なので、黙って一口飲んだ。

「ラベルを見せ過ぎじゃないか」

「最近は甘口が流行ってますので」

「嘆かわしいな」

「これも御時世ですよ」

奥の男が間の抜けた声を上げた。

「マスター、彼女の水割りお代わりしてあげて」

「かしこまりました」

親父はアイスピックを手にして店の奥に行き、使い古して穴だらけのマネキンの頭部を一刺しし、しばらく呼吸を整えてから素早く水割りを作った。昔と全然変わっていない。

「マスター。最近増成は来なかったか」

「先週の金曜日に見慣れない方といらっしゃいました」

「何か気になることはなかったか」

私のサイン入り色紙をカウンターに置いて尋ねた。いつもの“努力”の他に“ヒロシさん江”も書き添えてある。親父はちらっとそれに目をやり、受け取ってカウンターの下に隠した。

「確か、倉敷がどうとかおっしゃってました」

その時、ドアが開いて、茶髪に黒ずくめの格好の若い男が入ってきた。私の方を見てニヤリと笑い、横に座った。玉野署捜査一課の石丸。一見そのへんの遊び人だが、食えない男だ。

「おじさん、ビール」

親父は、またアイスピックを手にして奥に行った。石丸は低声でささやいた。

「三宅さん、増成のとこの若い連中が狩られてるみたい」

「相手は」

「この街では見かけない連中」

倉敷か。ついに乗り出してきたというわけか。これで三つ巴になったわけだ。

「なぜパクらない」

「筋書きが見えないからね」

「やくざの抗争じゃないのか」

石丸はニヤッと笑ってこちらの顔を覗き込んだ。

「爆弾騒ぎや殺しまでやるような利権があると思う? この街に」

「私に聞いてもわからない」

「いや、三宅さんは知ってるよ」

「なぜ」

「ここにいるからさ」

私はドライマティニにゆっくりと手を伸ばした。

「知っていたらどうする」

「どうもしない。ただ、このままでは増成は死ぬことになるね。それも、もうすぐ」

「それも運命だ」

一気に飲み干して立ち上がった。今度こそ増成と取引しなければならない。増成のために? いや、玉野のために。(続く)

 

競輪探偵(第5回)

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