競輪探偵(第3回)

『お前に同意する者は狂っている。お前に同意しない者は権力を握っている』

ダンディ探偵

 

ひどい天気だ。激しい雨が海から激しく吹き付けてくる。波も高く、しぶきのために、10m沖の停止ブイもはっきり見えない。

宇野港第二突堤。愛車アストロは後方50mの駐車場に置いてきた。ただし、私の視覚・聴覚の全てはアストロによってモニターされ、玉野競輪場地下のベースに送信されている。そして何かあれば──もしあの少女──本田晴美が私の説明を真面目に聞き、取扱説明書を熟読していてくれたならば──彼女がアストロのすさまじい火力を用いて私を守ってくれるはずである。本当のことを言えば、全てコンピュータ制御にしたいところであるが、昔、アムステルダムでネオナチのごろつきどもに取り囲まれた時、AIに「不正な処理が行われたため強制的に終了します」と見放され、危うく死にかけたため、以後、絶対に自動制御を信用しないことにしているのだ。

耳の後ろの超小型端末に触れ、視神経に直結した赤外線センサーをonにする。視野が急に明るくなる。が、同時に視野の左上方に時刻と温度・湿度表示が出現し、下には山陽新聞の文字放送が流れ始めた。あわてて端末をいじると今度は視野のど真ん中に瀬戸内海放送が現れ、耳からは英語が大音量でとびこんできた。よく聞くとNHK第二の高校英語1である。これはもうぜったい晴美のいたずらである。

「お前か、晴美!」

思わず叫ぶと、耳がろくに聞こえていないせいか、もの凄い大声になった。倉庫の向こうから近づいてきた増成がぎょっとした表情をしている。

「お前のことじゃない! お前の方だ! 目と耳をまともに戻せ!」

「……気は確かか?」

増成は2〜3歩後ずさった。

「テレビを消せ! 英語を流すな! いい加減にしないと……」

突然、全てが元に戻った。増成はしばらく様子をうかがい、私との距離を保ったまま口を開いた。腰が引けている。

「大丈夫か」

「ああ」

「出直そうか」

「いや。取引だ」

「ノートはどこだ?」

「本田の親父と引き替えだ」

「ノートを渡せば親父の命は保証する」

「マントと薬は逆から読まない方がいい」

 増成はまたぎょっとした表情をした。

「お前の保証じゃ当てにならないということだ。飼い主を呼んでもらおうか」

「何だと!」

凄んだつもりだろうが、声がまだ怯えている。それでも声を聞いたちんぴらが数人、ばらばらと倉庫からとび出してきた。拳銃をもった奴が二人、残りはナイフか素手だ。

「取引はどうした」

「お前を痛めつけてからだ」

「面白いな」

私の態度に不審を感じたのか、彼らはすぐには近づいてこない。だが一歩一歩じりじりと距離を詰めてくる。アストロはぴくりとも動かない。小声で「晴美」と呼んでみたが、全く反応がない。モニターも全て切ってしまったのか。増成の表情にも次第に余裕が戻ってくる。一か八か海に飛び込もうと思った瞬間、突堤のクレーンが轟音とともに崩れ落ちた。アストロから発射された180ミり対戦車砲である。次に50ミリバルカンの斉射。何故か私のつま先から50センチ前に集中している。

「晴美! どこを狙ってる!」

身動きできない。しかし、瑠弾砲で倉庫が次々と炎に包まれ、増成たちもバラバラに逃げ出した。

「増成の携帯、通話先チェック」

「了解」

 晴美が答えた。憎らしいほど落ち着いた声である。

「判明しました。岡山市内、巧エンタープライズ」

聞き慣れない会社である。恐らくそれが増成の飼い主に違いない。

正面から行くのは危険だ。行くなら夜しかない。それまで暫しの休息を取るために、私はアストロへ小走りに戻った。(続く)

 

競輪探偵(第4回)

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