競輪探偵(第2回)

『成熟とは何かを獲得することではなく、喪失を確認することだ』

晴美ちゃん

 

 

玉野競輪場地下80メートル。沖積期の硬い岩盤を掘削し、強化コンクリートと対磁鋼板で覆われたこの建物は、バブル華やかなりし頃リゾート施設として建設されたが、第三セクターによる野放図な経営が災いし、完成後数年を経ずして閉鎖された。ただし、その強度自体は核シェルターにも匹敵するものであり、再利用する際にも特段の補強を要しなかった。

メインデッキに到着するとすぐアクティブソナーを投下し、バンク周辺を厳重に警戒するとともに、市内の状況をチェックしてみた。だが、めぼしい情報はと言えば、宇野港を発着するフェリーに遅れが出ていないこと、県道11号線力走橋方面が10キロ渋滞していることだけだった。

例の少女はと言えば、さして驚いた様子も見せず、ディスプレーに刻々表示される各地の天気、降水量、交通情報、地域の行事等を興味深そうに眺めている。許し難いことに「何の役に立つのかなあ」などとつぶやいてもいる。

私は冷蔵庫から缶サイダーと朝摘み緑茶を取り出し、素早く緑茶の方を彼女に渡して、彼女が文句を言う前に口を開いた。

「さて、まずお父さんの仕事から聞こうか」

言い終わらないうちに電話が鳴った。

「三宅だ」

「あれはお前が持っていても仕方のないものだ」

聞き慣れた声である。すぐ逆探知に入る。玉野周辺のNTTの基地局の幾つかはここから制御可能である。

「増成か。一体何のことだ」

「とぼけるな。ノートだ」

携帯電話。位置は宇野第1中継所。

「そんな大事なものなのか」

「お前の命にかかわるほどな」

玉野中継局に移動した。私の事務所に向かっているようだ。

「石丸からの依頼か」

「お前が駆け引きできるような代物じゃない。とにかく渡せ」

事務所はとっくにもぬけの殻だが、そのことは当分知られたくない。トラップを始動させる。

「本田の親父はどこにいる」

「それも後だ。ノートが先だ」

「ひどいあわてようだな。急がないとお母ちゃんに叱られるのか」

「後悔するぞ」

電話が切れた。しかし、事務所に通じる路地には既に自転車がうずたかく積まれている。一台ずつ取り除こうとしても、複雑に絡み合ったハンドルやペダルが邪魔をする。また、自転車は後から後からわき出す仕掛けである。路地ごと吹っ飛ばさない限り突破にはたっぷり2日かかる。せいぜい頑張るといい。

だが、増成は路地ごと吹っ飛ばした。同時に市内のあちこちで爆発が起き、火災が全域に広がる。また、市内中心部のセンサーが一斉に死んだ。降水情報、行事情報が全く入らなくなる。大規模で計画的な破壊活動が行われていることは間違いない。

テレビの全チャンネルに暑苦しい増成の顔が大写しになった。

「三宅、これは手始めだ。お前がノートを渡さない限り、玉野市民が何万人単位で死ぬことになる」

仕方ない。このテロ集団だけは壊滅させておく必要がある。バックに誰がいるかはその後の問題だ。ただし、増成だけでこんなスケールのことができるわけはない。相当な連中が市内に侵入しているはずだ。全力でぶつかる必要がある。

こちらも放送電波に割り込む。ポリゴン化されたガッツ玉ちゃんが全チャンネルに大写しになる。

「わかった。宇野港第二突堤に6時。未来へチャレンジ 玉野競輪」(つづく)

 

競輪探偵(第3回)

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