競輪探偵(第1回)

『私は人生にとって無用なこと全てをバンクから学んだ』

探偵の姿


襲ってきたのは二人組だった。右の男がナイフを手にするのを見た瞬間、私は全力でもう一人に体当たりした。現役引退後、20キロは体重が増えている。男は見事に吹っ飛び、壁に叩きつけられて悶絶した。ナイフを持った相手にまともにぶつかる馬鹿はいない。俺はそのまま路地を走り抜け、近くのスナックに飛び込んだ。

「あら伸ちゃん、お久しぶり」

ヒゲ面のマスターがゲームボーイから顔を上げて声をかける。相変わらず暇な店だ。

「追われてるんだ」

「また、女?」

マスターは片目をつぶって、裏口を指差した。

「右の倉庫からゴミ置き場に抜けられるわ」

「すまん。つけといてくれ」

「体で返してもらうわよ」

そういいながら、もうゲームに目を落としている。これでは店がつぶれるのも時間の問題だ。

ゴミ置き場の出口にはもう男が待っていた。しつこい奴だ。プロに間違いない。

繰り返すが、ナイフを持った相手にまともにぶつかる馬鹿はいない。瓶や壊れたイス、ダストボックスを手当たり次第に投げつけながら右へ右へ移動した。相手の利き腕の方向へ動くのは常識だ。男がビール瓶を手で払おうとした瞬間、私はビールケースを盾に男にぶつかった。ナイフが落ちる。取っ組み合いになった。小柄な男だが、身のこなしが柔らかく、膝蹴りを何発か食らわしたところで逃げられた。クリーニング代も慰謝料も請求し損なった。

襲われる覚えはまったくない。女ならともかく、男の、それもプロには。どういう事情か見当もつかない。

答えは事務所の入り口に立っていた。人影を見たときには思わず身構えたが、サイズはどう見ても小学生である。

その少女は、私に気づくと向き直り、馬鹿丁寧にお辞儀をしてから、異様にはきはきと口上を述べ始めた。

「三宅さんですか。私、本田晴美と言います。今日はお願いがあってきました。聞いてもらえないと私……」

隣の口うるさい婆さんが聞き耳をたてている。近所の悪評にロリコンまで付け加えるわけにはいかない。私はあわてて少女の口を押さえ、事務所に案内した。

彼女は桃太郎小学校3年、本田晴美。母が早く死に、父と二人暮らしをしていたが、5日前に父が突然失踪。こんな書き置きが残されていた。

「晴美、神棚の引き出しのノートをもって築港の三宅探偵事務所に行け。伸は郷土の英雄じゃ。きっと力になってくれる。いつも苦労かけてすまんかった。許してくれ。父」

大きな黒い目で真剣に私を見据えている少女がいなければ、即座に破り捨てるところだが、とりあえず問題のノートとやらを見せてもらうことにした。 

「1─6、3─6、2─5……」

延々と数字が続いている。出目表? 暗号? 単なる頭のおかしい親父? だが少なくともこれのお陰でプロが出てきたことは間違いない。

「何か怖い目にあわなかったか?」

「学校から帰ったら、書き置きがありました。急いでノートを持ち出し、三宅さんのところに行ったんですが、事務所の前に見覚えのある車が止まってたんで、引き返したんです」

「見覚えのある車?」

「半年前から、うちに来ては父とこそこそ話してた、やくざみたいな人の車。それで、友達の家に泊めてもらって、何度かここを見にきてたんです。今日はその車がなかったから」

「昔探偵をやってたのか?」

「金田一くんが大好きなんです」

少女は初めてにっこり微笑んだ。

奴らは私に早く接触し過ぎたわけだ。ジャニーズファンの小学生に負けるプロなら大したことあるまい。また、やられっぱなしでは郷土の英雄の名が泣くというものだ。

「わかった。お父さんを探そう。そして……」

「ノートの謎を解いてください」

「大部屋は黙っとれ」

「はい?」

「いや。怖いお兄さんが戻ってくる前に、場所を移そう」

私は机の下のスイッチをonにした。本棚が二つに割れ、シューターが現れる。玉野競輪場の地下に通じるシークレットロードである。

 

競輪探偵(第2回)

●胴体 ●目 ●耳 ●口 ●手 ●太腿 ●骨