なぜか突然、2000年9月7日付け日刊ゲンダイ(6日夕方売り)に三宅伸が登場した。 日刊ゲンダイといえば、なにしろあの日刊ゲンダイである。毎日買うわけじゃないが、夕方キオスクを通りがかったら必ず買ってる愛読紙だ。夕刊フジなんかとは比べものにならん面白いタブロイド夕刊なのである。小林信彦も「毎日ドキドキしながら買う」と言っている。 そんな日刊ゲンダイに我らが三宅伸が出てくれるんなら大歓迎だ。以下にその記事を無断転載させていただこう。 |
競輪選手三宅伸さん(31歳) 川崎医科大学付属川崎病院整形外科部長柚木脩先生
競輪の三宅伸選手(岡山・64回生・31歳)は、92年1月、地元の岡山県玉野市内の一般道で練習中、交通事故で大ケガを負い、川崎病院で手術を受けた。右ひざには大きな傷あとがいまも残るが、復帰後、9回の記念競輪優勝と、2度のグランプリ出場を果たす。現在もS級1班で活躍中だ。 ケガをしたのは、めったにせん朝練をやりょうたとき。ちょっと前に抜いて行った車が、いきなり目の前でUターンした。坂じゃったし、わしも50キロぐらいのスピードで行っとるけえな。そのままドカン……。ボンネットの上をドラマみてえに飛んでいって、自転車はまっぷたつになっとったな。あれからは朝練しよらんよ、ワッハッハ。 着地したとき、体育座りしとったんじゃ。右脚のひざがへこんどるから、「うわっ、骨がねえっ」って。太ももがボコッと盛り上がっとったから「これ、お皿じゃ!」思うて、手で戻しようた。本能で戻そうとするんじゃろうな。痛うねえんじゃもん。血は結構出とったな。あとで柚木先生に聞いたら、太ももの皮膚の下に、お皿が半分割れて入っとったんじゃて。 旧知の柚木部長が勤務する岡山市内の川崎病院で即手術。術後3日目にギブスを外し歩き始め、6ヶ月余りの入院・リハビリ生活を経て現役復帰を果たした。 ワシその年の8月から走ったんじゃけど、ホントは走りとうねかった。まだもがけんし、完全じゃねえから。でも8月から期がかわって、ここで走らんとS級からA級に落ちるんよ。競走中の事故には免責があるけど、練習中じゃから。 復帰して、自分では思い切り走りょうるけど、周りにはそう感じられんかったじゃろうな。だって、ずっと勝てんかったもん。まくり切れんし、逃げてもズブズブ。何回も負けて負けて、負けて……。ハハ、それでも先行しよった。 練習法を変えたりはせんかったけど、ケガしてからは体に気ィ使いだした。クールダウンするし。前は練習終わって、シャワー浴びて終了。めんどくせえしな。そのうち、知らん間に脚が少しずつ戻ってきたんじゃろうな。人間いうて、ケガする前のことを体が覚えとんじゃな。 【柚木脩】川崎医科大学付属川崎病院整形外科部長(岡山市) 1944年、広島県安芸郡生まれ。岡山大学医学部卒。同大整形外科教室にて研修後、78年、川崎医科大学(倉敷市)講師に。90年から現職。 「三宅さんのケガは、右膝蓋(しつがい)骨開放性粉砕骨折。ひざの中にはコンクリ片などの異物がたくさん入っていて、軟骨はむき出しでした。幸い、筋肉がやられてなかったんです。彼は類を見ない素晴らしい筋肉を持っているし、通常では考えられないくらい速いスピードで治りました。知り合いにも彼のファンがいっぱいおるんですよ。彼は性格が優しいんでね、もっと、神山を吹っ飛ばすようなレースをしてほしいですね。三宅さん、ケガをしたらまた治してあげるから(笑い)、思い切って走ってください」 練習、競走、また練習。それでも大舞台での優勝は遠かった。三宅選手の粒々辛苦の実を結んだのは、復帰から2年半後のことだった。 S級になって準記念競輪では優勝があったけど、記念優勝したことねかったん。 ケガして2年後ぐれえにとったけえな(94年3月西宮記念)。グランプリも2へん出た。選手には「伸はケガがねかったら」っていわれるんじゃけど、ケガしてねかったらこうはなってねえと思うよ。 やっぱりな、神様がな、その人その人にええハンディみたいのをあげよるわ。これを乗り切ったときには、絶対ええことを与えてくれるいうて思いよった。ワシ、小中高と野球しょうて、公式戦なんかいっこも勝てんかった。でえれえ不運な星のもとに生まれたなと、ハッハッハ。勝つ喜びを味おうたことがねえ人じゃったから、復帰後、一時は神様はおらんのかと思ったけど、やっぱ、おったわ。
一昨年の11月に落車して、鎖骨と肋骨折って、折れた骨が肺に刺さって穴があいてな。2ヶ月半入院しとったけど、もうへっちゃらじゃわな。マエがあるから焦らずにゆっくり治した。そのときも柚木先生に診てもろうたんじゃ。世話んなっとるんよ。 12月地元玉野である「ふるさとダービー」が、今年の目標じゃな。地元で優勝するのはうれしいからな。普通はお客さんにヘルメット投げるけど、玉野ときはワシ、自転車まで投げるんよ。アッハッハ。 |
![]() ![]() どうですかこれ。でっかい記事なんですわ、私も三宅伸のインタビューはだいたい目を通してると自負しているが(だってめったにないんだもん)、これは今までのインタビューの中では最上級にランクされるのではないだろうか。 面白いんですもん。 三宅伸のしゃべりコトバそのまんまなのが、ファンとしてはたまらんところである。「ケガしてねかったら」とか「でえれえ」とか。言うんだよ伸ちゃん。インタビューでテープ取って、相手の方言とか独特な言い回しとか、再現するのってけっこうめんどくさいんですよ。しかしこの記者は完璧だ。三宅伸ファンなのではないかと思われる。 そんなことより、伸ちゃんの発言だ。読めば読むほど味のある発言の数々。ケガがものすごいタイヘンなものだったのもあらためてよくわかるし(皿が太ももに……うう)、「神様がな」っていうところも、じつに伸ちゃん節である。自然に、神に感謝する人なのである。なんか読んでてじわーときた。 でも柚木先生。神山を吹っ飛ばすって簡単におっしゃいますが……。 注目はラスト部分。ふるダビで優勝したら自転車投げてくれるのね。よし、待ってるぞ。でも私じゃ降ってきた自転車の下敷きになるのがオチか。それでもそれでケガしたって本望だってもんだ。 ほんとに日刊ゲンダイさん、ありがとう。この記事教えてくれたあっちゃんもありがとう。 |