2003年3月2日。東京厚生年金会館ロイヤルホールで、『OSK「新・闇の貴公子」東京公演ファンの集い』が行われた。
いつも競輪選手のオッカケレポート書いてるこのページにいきなりミュージカル&レビュー劇団のオッカケレポートが挿入されるとは書いてる私も驚くぜ! あまりにトートツなのでトートツついでにバラの壁紙なんかにしてみたりした。
で、ファンの集いに行ったんです。
こういう集いが、劇団主催で定期的に行われてるってのは知ってたんですが、もちろん出たことなんてありません。ファンとスターが入り乱れて写真ビデオオールオッケー、サインも握手もツーショット写真も大丈夫!と聞いても、私は「一公演一回、行って帰ってくるだけのファン」でしかなく、舞台の上の演者は好きでも板から降りた役者に興味はなかった。出待ちも入り待ちもしたことない。
とかいってたのに、3月2日、私は五時起きで関空から東京行きの飛行機に乗り込んでしまった。手にはファンの集いのチケット(と東京公演千秋楽のチケット)を握りしめて。なぜそんなことに! それはにわかに燃え上がった大貴誠(だいき・まこと。男役スター。上の写真のヒト。三宅伸とはぜんっぜん別タイプ)熱のせいである。グッドタイミングで「ファンの集いのチケットが一枚余っています。一緒に行きませんか」というOSKファン掲示板の書き込みを発見。燃料投下弾かこれは。ただちにその方(もちろん未知の方)に「ぜっぜひ譲ってください。ご一緒させてください!」とメールを出す。ただいまボーボーと燃えている私に、ファンの集いは火に注ぐガソリンとなるか。
彼女の元には何通ものメールが殺到、私は抽選にハズレてしまうのではないか、などとオロオロしながら待っていたら、「ぜひご一緒に」という返事がすぐ来た。希望者は私一人だったらしい。考えてみると、OSKのファンの集いに出ようなんていう(ディープな)人はとっくにチケットは入手しているわけで、直前にいきなり「行きたくてしんぼうたまらん」状態になった私みたいな存在は珍しいのであった。ま、チケットがハケて喜んでもらえてよかった。私も喜んだです。
3月2日。日本青年館の千秋楽公演が終わり、ただちにタクシーで厚生年金会館ホールへ移動する。同じようなルートを取る老若女多数。男はさすがにおらんわな、と思ったら会場入り口で最前列に並んでた。私の後ろに並んだのも男だった。確かに、OSKの技芸員さんは男役も女役もカッコイイ人たちが多いので、男性がファンになるのはよくわかる。わかるが……。しかしほどなく開場となり、「一番で並んでる男性ファンについての考察」などにかかずらわってるヒマはなくなった。
式次第としましては、■開場→■エライさんの乾杯のご発声→■立食食べて→■技芸員さん登場→■ご挨拶→■ご歓談→■技芸員さんが歌って踊ってご挨拶→■技芸員さん退場→■こっちも退場、
という流れである。キモはとにかく「ご歓談」部分だ。スターがそのへんにタムロってて捕獲自由とくればあなた。立会川のボラのようにスターが。そのスターにカワウのごとく群がるファンたち。と書くとすごく聞こえが悪いですが、やはり自らの姿は冷徹に描写しないと。ただスターがボラというのは違います。ニシキゴイですね。数もあのボラみたいに大漁ではありません。ニシキゴイの精鋭たちが二十尾というところです。それはもう、色も形も素晴らしく、川面までキラキラと輝いて目もくらむようです。その光り輝く川の中に、私たちはジャバジャバと入って行っちゃえます。宝塚のお茶会(という名前の、私設ファンクラブによるファンの集い)は、帷子川のほとりでたまちゃんを見物するようなもんですから。
ステージで挨拶を終えて、カワウが待ち構える川の中に放たれる技芸員さんたち。初めのうちこそカワウたちも遠巻きにニシキゴイを眺めていたが、やがて先陣をきって水面に突入するカワウが一羽登場し、その後はワッとばかりに襲いかかる(ちがうって)。飛び散る水、羽、そしてウロコ、阿鼻叫喚の地獄絵……(だからちがうってば)。私のようなまだクチバシの黄色いカワウ(は幼鳥のころクチバシ黄色いのか?)は右往左往するばかりだったが、食い散らされたニシキゴイ(ちがうだろう!)をおそるおそるつっついたりしました(もうやめろ)。
私は大貴誠のファンなんで、大貴誠の写真を撮る(&握手とか……)のが目的である。が、他のスターの写真を撮るもやぶさかではない。まず、技芸員さんが会場のステージに出てきたのでデジカメ構える。
と、どういうわけか、レンズを向けてしまうのが桜花昇(↓おうか・のぼる)なのだった。
今気がついたが、シャツのエリをジャケットの上に出すというこの着こなしはどうか。一歩間違えると川崎麻世なのだが、足腰が鍛えられているので踏み間違えないで済んでいる。ここまでキッチリとホストスタイルでありながらも「水商売臭」はない(桜花昇に限らず、彼女たちに水商売臭は皆無であった。ホストくさくもホステスくさくもなかった。燕尾服とドレスでダンスとかすると、日本みたいな国ではいきなりヤンキーかホスト世界に突入するもんで、そこをヤンキーホスト化しないですむというのが宝塚とOSKの不思議なシステム。ただここんところの舞台を見比べると、宝塚、多少のヤンキーぽさが出てきているような。いいのか。大丈夫なのか)。
で、桜花昇。この人は「天性のスター」である。「甘い」。すべての動物は甘いものが好きなんだそうですが、桜花昇も「甘い」。つい吸い寄せられる。この人を見に行ったのではなくても、ついつい見てしまうという、そういう吸引力がすごい。
OSKの序列というものがまだよくわかっていないが、この人は男役2番手か3番手で、しかし会場では確実に1番の人気を獲得していた。サインと写真を求める人の列がずら〜っと続いて途切れることがない。んでまた桜花ちゃん(と言いたくなるカワイサ)はスイッと、会場にある屏風の前に位置する。たぶん写真撮る場所としては最高のポジションを、悪びれずに獲得しちゃうんですね。三島由紀夫は、どんな文壇の大御所がいても、自分がいちばん上座の席にサッと座り、それが自然で全員ナットク、というのを読んだことがあるが、それに近いものを感じたな。
あまりにもスターなもんで私は近づけず(いや、別に、並んでれば一緒に写真も握手もサインもしてくれたろうが)、遠くから写真撮っただけで終わった。あまりにもキラキラなもんで、見てるだけでも相当体力使う。デジカメ持って肩で息をしながら会場の隅っこに待避すると、そっ、そこには、OSKの序列というものがまだよくわかっていない私にもハッキリと「この人が一番頂上にいる」ということがわかっている、トップスターの那月峻(なつき・しゅん)がひとりで立っていた(↓)。
事情通のファンに聞くと、トップの那月さま(と言いたくなる雰囲気)はシャイな方で、シャイなだけにファンサービスも得意なほうではない、のだそうだ。そうなのか、だとしたら近寄りがたいか? と思ったが、そんなことはなかった。お優しかった。ステージでも、フィナーレで幕が下りる時に客席に手を振る、その時にちょっと恥ずかしそうで、それがとてもいい感じの人なんですね。こういう会場でも、ふっと自分のカラに閉じこもって(という書き方は、あまりいいことを表現する書き方ではないが、イヤな感じではない)会場の隅っこで全体を静かに見守っている、というような。桜花ちゃんがオーラびんっびんでファンを圧倒するとしたら、那月さまは空気を快適なローテンションに持っていく。……どうも書けば書くほど誤解を与えるような書き方に。いわゆる「わかりやすいスターではない」人だと思います。そしてその「わかりやすくない」ところが魅力的な人であろう。お願いすればニコニコと写真にも応じてくださる。しゃべる声はとにかくおステキであった。
シャイな那月さま以外は、他の技芸員さんみんなたいへん愛想よく(桜花ちゃんは近寄ってないのでわからないが)、写真などお願いするとニコニコしながら「はい!」と応じてくれ、撮り終わるとあちらから「ありがとうございました」とさらにニコッ。こりゃあたまらん。桐生麻耶(きりゅう・あさや↓演技うまいんだ)なんて、私なんかとコレですもん。
桐生さんありがとう。ほんとにいい人だったなあ。しかし、ツーショット写真をホームページに掲載する時、自分の顔だけへのへのもへじとかで消したりしてるのをよく見ますが、誰もあんたの顔なんか出てても興味もねえよ、はんぱに消すなら画像ごと消せよ、とか思ってましたが、私も同じことやっちゃってるじゃんかよ。しかし見られることにプロフェッショナルの彼女たちと並ぶと、オノレの顔は消さずにはおれません。琴世つぐみ(ことせ・つぐみ↓)ちゃんと並んで撮った写真なんか、
か、体のデカさの差が。以降、ツーショットはヤメにしました。自分がツラくなるだけです。OSKの娘役はみんな強くてカッコイイので、いっぱい写真を撮りたかったんだけど、私のアコガレの若木志帆お姉さま(私よりずっと年下だが)も、だんなが好きな沙月梨乃嬢も、ものすごく人が群がってて、それも列になってるんじゃなくて取り囲んでて、入っていける感じじゃなく、涙を呑んで断念。「すでにアチラの世界にイッてしまった娘役(むろんホメて言っている)」の千爽貴世は、ふらあ〜ふらあ〜とそのへんを漂っていたのに、あまりの雰囲気の凄さに接近不可能。写真撮ることもできず。八百比丘尼(人魚の肉食って八百歳まで生きた尼さん)のようだった。ボーゼンとしてたら、今回の『新・闇の貴公子』で安倍晴明の子供時代を演じた牧名ことり(まきな・ことり↓)ちゃんが来た。
同じ人間の同じ東洋人の同じ女に生まれてなぜこうも違うか、と思わず自分の顔を思う。スタイル良くて、ウエストも蜂のようにしまってたしなあ。おまけに歌って踊って演技ができる。まあ、言って詮無いことをこれ以上言うのはやめるか。それにしても、常打ちの劇場が宝塚よりも小さいせいで、OSKの人は舞台化粧がそれほどハデではなく、素顔化粧も日常的で美しい人が多いです。男役の場合、女が男のカッコをするという非日常が生活の大半を占める。なので、その非日常をオフという日常に持ち込む時、アンバイをまちがえるととんでもないことになる。宝塚ファンで男役にアコガレる人のやってる男装とかで、よくその「トンデモ」が散見されます。いや本家宝塚の生徒さんでも、トンデモに片足つっこんだような人がいますけど(トンデモが高じてバケモノの域まで行けばそれは天晴れってもんですが)。OSKの皆さんは(この日見た限りでは)そのへんのアンバイが見事でした。たとえば若手ホープの男役、寿依千(ことぶき・いち↓)ちゃん。
かーわいー(嬉)。眼福眼福。なんで男役の人って前髪立てたりするんだろう(桜花ちゃんにそれをいちばん言いたい)。こうやってサラサラと下ろせばいいのに。若いからできる髪型かもしんないが。感じもイイ子でよかったよかった(一見のファンを不快にさせない社会性。これをOSKの皆さんはみんなお持ちである)。
そうこうしながら場内をうろつきまわる私。もうツーショット写真は撮るまい、と固く決意していたが、このお方を見つけてしまって、「ここでツーショをお願いしなかったら一生後悔する」と、そのへんにいたおじさんに「すんませんシャッター押してください」と頼んで、撮っていただいた。吉津たかし(よしづ・たかし↓)先生に。ひえーっ。
OSKの大幹部で、宝塚でいえば本専科を一人で引き受けてるみたいなお方である。趣味はブランデーと語り合う、ってんですから、もう、あなた(なぜアタフタしているか>私)。で、フィナーレの時は投げキッスでキメてくださるので、「吉津せんせい、ぜひカメラに投げキッスを」とお願いしたらバッチリやってくださってこりゃー一生の宝じゃ。だんなは、他のどのツーショット写真見てもたいしてうらやましがらなかったが、この写真見た時は「わしも次のファンの集い出る! 吉津先生とツーショット撮らんうちは死ねん」と言っております。ありがたやありがたや。
そして、大貴誠なんですが。……いた。いらっしゃった。いらっしゃいますそこに。出席してるんだからいて当たり前なのだが。でも、三宅伸の時と同様、ファンとしてアコガレている方がいらっしゃっても近づくこともできないというのが私だ。いったい、大貴誠のまわり(大貴誠を中心とした半径5メートルの円周上)を何周したか。二十周はしたな。大概目も回ってきたので、サインをもらう列の最後尾につくことにした。どきどきどきどき。
人が大貴誠のサインもらったり写真撮ってるのを眺めながら、私はいったいなぜこの人をスキになってしまったのだろうかと考える(後悔してるわけじゃないです。自分の気持ちを振り返るのが好きなのです)。この人の魅力は何だ。私はいつまでたっても濃くてコクがあって油っぽい食べ物が好きで、大貴誠にまさにそういう味を感じてるんだな。塩分過多で高脂肪。しかし、濃くてコクがあって油っぽい男は好きではないのだが……。女だからエエのだろうか。人は、自分の気持ちだってよくはわからないものである。とにかく大貴誠はカッコエエんじゃ。悪役を得意にしてる人で、もちろん悪役もカッコエエ、しかし今回のかーわいいキツネの化身みたいなのもカッコエエ。何やってもカッコエエ。ファンの欲目とはこういうものか?
さて今回、会場に来たら、ファンの人々が手に手に、きれいにラッピングされたプレゼントなど持って、それをアコガレのスターに渡そうとしていることを知った。私も実はひとつ持っていた。こないだ出た本を、ぜひ一冊、大貴誠に渡したかったのである。『FACE』(というのは団員名簿みたいなやつ。写真とプロフィール、誕生日に趣味なんかが載ってる)で見て趣味読書な人に渡すほうが読んでもらえるという考え方もあったが、でもやはりいちばん好きな人に渡すというのが本道だろう。ラッピングも何もしてなくて、茶封筒に一冊入れただけ。それではあんまりかと思い直し、その場で未知の人からペンを借りて、本の見返しに「大貴誠さま 一ファンの書いた本です ヒマつぶしに読んでくだされば幸いです 青木るえか」とあわてて書いた。
時は無情に過ぎ(コトバの使い方をまちがっている)、私が大貴誠に写真撮ってもらう順番が来てしまった。「あのあの、お写真を、まずお一人で」「はい」「カシャ。あれ、すいません手ブレが。もう一枚」「はい」「あ、ドーモ、あの、では、一緒にお写真を」「はい」「あのうほんとにステキでした(言い慣れないことを言うもんですごく棒読み口調)」「どうもありがとう」「あのこれ、私が書いた本なんですが、よかったら読んでください」「……。ありがとう」
いきなり茶封筒を渡されて、チラッと戸惑っていたような大貴誠。もう少しリボンとかで飾るべきだったか。でも飾るような内容の本じゃないしな。でもこの本の渡し方って、「私の詩集買ってください」みたいだよな。あるいは「大貴誠さまを讃える詩集を書きました。読んでください」みたい。それが封筒あけたらいきなりカエルの表紙で「主婦でスミマセン」とかいうタイトルで、いったい何だと思われたことか(茶封筒は開封されていないということも充分考えられるが)。でもまー、いいや。記念のツーショットも撮りました。ふー。その場を離れたら汗がドッと流れたぜ。
本命に近寄るのに手間取ってたら、もう宴も終わりだ。私は小野篁の役が異様にカッコよかった希望なつ紀(のぞみ・なつき)の写真も撮りたかったんだけど、大貴誠を待っている時に通り過ぎられてしまい、あわてて撮ったらこんなの↓が一枚。
小野篁の扮装というのは、真っ青なロングヘアーのカツラでへんな古代着物、と書くといかにもキワモノなのだが、「これは青のロングでヘンな着物でなければダメだー!」とナットクさせるもんがあった。で、勘違いのロックバンドがありがちな和装(=ヤンキー臭たっぷり)にも陥ってなくて、ホンマによかったんですわ。ああいうのまた見てえー。
最後はふたたび技芸員さんがステージに上がって(↓)ちょっと歌ってちょっと踊って、
やっぱり桜花ちゃんを撮っちゃう私でした。見れば見るほど、私の金銭じゃなくて琴線を揺さぶるタイプとはかけ離れてるが、見れば見るほどついカメラ向けちゃうよな〜。ちゃんと大貴誠の歌うシーンも撮ったけど、……見る者に誤解を与える写真のような。
私が「日本の国歌はこれに替えろ」と思っている『桜咲く国』を歌ってるとこですけどね。吉津先生いったい何を。ま、このようなアトラクションを見せてくださった後、皆様ご退場になられました。技芸員が去ると、にわかにファンも落ち着き、食い残りの立食を皿に盛ってきてだらだら食ったりしつつ、間近に感じたスターの息吹を忘れないように忘れないようにアタマに叩き込んだりしていた。私は「本なんか渡しちゃって……」と多少がっくりきていたが、でもいきなり間近で見て握手とかまでしちゃった大貴誠に脳圧が一気に上昇。ふだん血圧高くないからいいが、これで高血圧だったら線が切れてたかも。 しかしこのファンの集い、あと何回あるんだろ……。近鉄傘下での公演があと二回。フェアウエル・パーティとかやるんだろうか。そんなもんに出るのはイヤだ。でも出られるとなったら出ちゃうんだろうなあ。地方競馬もOSKも(一緒にするのはどうかと思うが。それに両方のファンているのか?)、見てると「よくここまでぜいたくなことをやってるよな」と感嘆させられる。そこまでぜいたくなだけに、切り捨てられやすいってことになるんだよなー。嗚呼。どうかこの劇団をつぶさないでくれー。 |