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今回の宮杯も開会式の花束嬢をやったんですけど、って私がやったんじゃなくて「花束嬢公募があった」ってことですけど、ナサケナイ話を聞きました。
「花束嬢定員十八人、応募十一人」
…………。哀しすぎる。ま、あれをやったからってたいしたウマミはないということが広く知れ渡った感のある花束嬢ですが、それにしても定員割れとは。ですから「一人で二人の選手に渡す」というような事態が発生したそうです。私はもう花束嬢はヤメようと思ってたけど、来年は応募することにした。それより前に、びわこ競輪場、もう花束イベントやめるかもしれませんな。
さて、その宮杯の最終日の晩、大津プリンスホテル何とかの間(失念)で、『JRA輪友会高松宮記念杯打ち上げパーティー』が開催されました。毎年やってるのは知ってましたが出たことはなかった。今年は作家の乗峯栄一先生に連れていっていただいたわけです。乗峯先生どうもありがとう。JRA輪友会というのは文字通り、JRAに関わる人で競輪ファンである人が集まって結成した同好会。だと思います。
いつも打ち上げにゲストの選手が来るのは知ってました。誰か来るのは知ってるが、誰が来るのかはわからない。今回は事前情報で「いつも来る児玉は今年は来ない」ということはわかっていた。あと「たぶん三宅伸は来ない」(そもそも前日お帰りしちゃってるよ)。あとはさっぱりわかんないんですが、今までは梶応や堤などが来ていたようです。言い忘れましたがこの打ち上げパーティー、今年で9回目です。
さて、私と大阪A嬢と大阪B嬢は大津駅前のアルプラザ平和堂で時間をつぶしてから会場の大津プリンスに行った。関係ないけどこの平和堂、ものすごくしょぼい、入ったら暗い気分に陥るほどひどいスーパーであった。冷房もまったく効いてないし。草津駅前の平和堂も暗かったがここまでではなかった。それはいいとして、六時半からなのに私とA嬢B嬢の3人は六時過ぎにはホテルについてしまって、受付を済ませてから会場のナントカの間の前のイスに座って時間が来るのを待っていた。
選手が来た。「コダマやん…………」。
来ないと聞いてた児玉の登場である。児玉はそこにいる顔見知りの人々に微笑みをたたえて挨拶している。私はそれを横目で見ながらA嬢に「ホンマに如才のないやっちゃなーコダマ」とか言ってたら児玉さんは(いきなりさんづけかい!)私を見て、「やあこんにちわ。いつも読ませてもらってますよ」と言った。
一瞬心臓が凍り付きかけたが、一瞬のちにそれはスポニチの競馬コラムのことであるのがわかり、ヘコヘコと頭を下げながら「あっ、いやドーモ、すんませんありがとうございます」とワケのわからない応答をした。日刊三宅伸をいつも読まれてるのかと思って慌てたんです。日刊三宅伸においてコダマは永遠の悪役なので。「おのれコダマ!」「コダマ!××!(書けないよ……)」とか何十回と書いたような……。ホメた記憶なんて「神山にくらべてうどんの食い方がうまい」ぐらいしか思い出せぬ。いえ、ほら、悪役というのはある程度の存在感がないと悪役たりえないわけでね、……って何を言い訳してるのか。
写真は乗峯先生と児玉氏。乗峯先生の腰の低さがよく表れた写真です。この画像ではうまく出てないんだけど、児玉氏の着てるシャツは、4番車と見まがうショッキングブルーの光沢素材でした。それで、シャツを通してもわかるぐらいすげえ筋肉。胸なんか私より張り出してた。
コダマショックが一段落したら、次の選手がやってきた。ノダゲンくんと岡部芳幸……さん。だからどうしていきなりクンづけさんづけか>私。えーと、競輪選手の名前はそれだけで尊称を含む、という考えによりこれから後はすべて敬称略でいきますのでよろしく(って、いつも呼び捨てなのになんで今日にかぎってそんなこと言ってるんだ>私)。私とA嬢B嬢はイスにだらーと座ったまま「あーオカベだー、あーノダゲンだー」とか他人事みたいに言っていた。金網前オッカケ隊といっても北日本方面は守備範囲外なので気楽もいいところである。しかし多少の緊張が私を襲っていた。日刊三宅伸は、コダマにも言いたい放題書いてるが、岡部のことも同じぐらい好き放題書いてはいなかったか。「岡部のヤロー!××!」とか。いやもっとすごいことも書いたような気が。
写真はノダゲンくん、……って、わかるか。岡部は「おっ、今日はドーモ!」とか言いながらそのへんの人たちに挨拶しまくっている。その感じは児玉の如才のなさとは対極にあるカルさで、どっちかというと岡部の軽さのほうが好感は持てる。岡部は踊るような足取りで「おっ」とか「やっ」とか「よっ」とか言いながらこっちに近づいてくる。あの顔がどんどん近づいてくると、圧倒的に「岡部が近づいてくるー」という気持ちになる。口を半開きにして岡部のあの顔面に見とれていた私たちであったが、そんな私たちのところにもヒョコヒョコとやってきて挨拶しようとした岡部は「ありゃりゃっ?」というような顔つきになった。
そしてあの顔をさらにこっちに近寄せて(ということは私たちはさらに大きな岡部の顔面を見ることになって)、さらに「あれー?」と言って首をグリンとひねった。「あれー、どっかで見たな。えーと、あっそうだ!」
岡部はA嬢をピッと指さして、「花束の!」と叫んだ。A嬢は開会式で花束嬢やって岡部に渡していたのである。「え、覚えてはりますの?」「覚えてますよお〜! こんなとこでまた会うとはね!」「選手はいちいち花束嬢のことなんか覚えてはるんですか」「オレは覚えてるよお! だってタイプだったもん!」「……(A嬢B嬢私の全員が「ウソつけ!」と心の中で叫ぶ)」「ブルーの上着着てたよね?」「………。その通りです」。すくなくとも、岡部はよくおぼえてる人のようである。
私はA嬢の横で他人事のようにそのやりとりを眺めていたところ、岡部は次にこっちを見て、あのギョロ目をさらに見開いて、「あれー?」と言い、首をグリンとひねった。「あれー、オレどっかで見たな。えーと」。
どっかで見られたおぼえはないが、あるとしたらアレしかないので私は言った。「私、競輪クイズグランプリに出てたんで、それじゃないですか」。岡部は「あっそうか!」と言ってから再びあのギョロ目を見開いて、「でも待てよ、……ちがうよオレどっかで見たよ、……えーとえーと」。五秒ぐらい考えて叫んだ。
「三宅伸だ!」
…………。私は三宅伸じゃないんですけど。いや、言いたいことはわかります。こういう時にアレですね、ほんとうに三宅伸選手に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
しかしなんで知ってんだ岡部。「だってアレでしょ? 三宅伸にオレきんちゃく袋もらったけど、あれデザインした人でしょ?」「はあそうなんですが」「アレいーよ!」「(え?デザインが?と一瞬笑顔になりかかる)」「すごい便利! 汚れモノとか入れるのに便利だもん!」「あ……そうすか(汚れモノですか……)」「すごい評判いいよ。もっとつくればよかったって三宅伸、言ってたもん!」
きんちゃくの評判がいいのは良かった。岡部はさらに顔面を大きくさせて、「知ってるよ月刊三宅伸でしょ? あれ日刊になったってホント?」「ええなりましたが(もう二年以上前のことですが)」「すごい出世じゃん!」「はあ、そうすかねえ(出世なのか?)」「選手いっぱい見てるからさー」「…………」。
開始前から風雲急を告げるかと思われたこのパーティ、開始してみたらけっこうあっさりした雰囲気であった。テーブルが6つあって、そのテーブル一つに選手が一人づつ座る。ということは来た選手は6人で、岡部芳幸、香川雄介、梶応弘樹、児玉広志、堤洋、野田源一(五十音順)というメンツである。梶応にはべつだん何の悪感情もない。堤は、伸ちゃんと連係がうまくいかんという記憶があるがそれは堤が全面的に悪いわけではない。香川ははっきりいって罵詈雑言を浴びせまくってきた選手である。ま、とにかく参加選手全員、「話しかけようとしてもアガッてしまって言葉が出てこない」という相手ではない(話しかけたいかはともかくとして)。
私の座ったテーブルにはノダゲンくんが来た。まず来賓代表としてノダゲンくんの隣に座ってた乗峯先生がご挨拶をされたわけだが、ノダゲンくんは北日本の人だし西日本の有名人である乗峯栄一ったって名前も知らないらしく、きょとんとして困っている。見かねた私が「この人は関西のスポーツニッポンで競馬コラム書いてる有名な人気作家で云々」と説明してたら乗峯さんが「なんだ知り合い?」「いや見るに見かねて乗峯さんの説明を」「そうなんだ。ところで……彼なんて選手?有名なの?」。双方知らない同士なのでした。
参加者には競輪知らない人もいて、コダマを差して「あの人は選手ですか」って言ったりしてなかなか豪勢な会場であった。私はもっぱら近所のノダゲンくんとしゃべっていた。といっても、「その髪型を一生貫き通すという意気込みはありますか」「はい! これ以上、毛、伸びないんですう」「(一瞬ホントかもしれないと思う)」「ウソですー」とかいう豪勢な会話。会の終盤にテーブル対抗イントロ当てクイズ(……)ってのがあってうちのテーブルから誰も出ようとしないので(うちのテーブルは引っ込み思案な人ばっかりだった。酒に酔って絶好調になった乗峯先生はどっか別のテーブルの美女のほうに行っちゃったし)ノダゲンくんが「行きましょうよお〜、出ましょうよお〜」と泣くから、「じゃあ出てもいいがこんど三宅伸ひっぱると約束しろ」と迫ると即座に「なんでですかあ!」と叫んだ。そうですかイヤですか。
私は飲み会の席なんかでは「私は男の部だー!」と最初に宣言してお酌とかそういうことはぜんぜんしないで自分のペースで食べたりウーロン茶飲んだりしてるだけなんです。この日もそれで、人んところにビールつぎにいったりとかまったくしないでデザートのさくらんぼ食べてはタネをプッと出しながら選手を見てた。そこで気づいたことなのだが、選手でも「ビールついでまわる」のと、私みたいに「ドッカと座ってつがれるまま」の二種類がいる。岡部、堤、ノダゲンは「ついで回る」ほう、香川、梶応、コダマは「ドッカと座ってる」ほう。つまり、
「自力はついで、マークはつがれる」
という図式である。ま、ここにいる6人だけのことで、これが全競輪選手にあてはまる分類かどうかわかんないけどな。山田が愛想よくついでまわるような気もしないし(でも案外……いやどうしても想像もつかん)。でもふつうに考えて、マーク屋のほうがついでまわったりして気を遣ったほうがいいんじゃないか、というのはシロウト考えなのか。
イントロ当てクイズも終わり、うちのテーブルは6テーブル中3着同着となって(とほほ)、賞品の「選手の提供してくださったグッズ」からすきなもんを一ついただき、会も終わりをつげようとしていた。その時、またあの見慣れた大願面がどーんと近づいてきて、
「ねえ、オールスターのファン投票、三宅伸に次に誰を書くかわかってる?」。岡部の顔面はどんどん大きくなっていく。「はい。わかっております。小川巧」「んもー! 目の前にいる選手で、……んじゃわかった! 星島太の次でいい! オレの名前書いて!」。バレーボール大からバスケットボール大、そしてビーチボール大へと、その顔面は巨大化していく。
「ダメです。本田晴美がいます」「本田さんて!(うわっちゃーと、アメリカの農場の巨大コンテストに優勝したスイカぐらい大きな頭を抱えて)ダメだよ支部長じゃーん!」。申し訳ありません、ファン投票の9人、私が出す5通(メールアドレス4つ&ハガキ)、ぜんぶイスは埋まっとんのです。ファン投票できないお詫びに写真を撮らせていただこうとしたら(それがワビになるのか)、岡部さんは「んじゃこれ! 日刊三宅伸に載るわけね!」とおっしゃったのでこうして載せさせていただいております。どうもありがとうございました。日刊三宅伸に載るというのは、こういうことなんでありますが、三宅伸を描く時と姿勢は変わりませんので、そこのところはひとつ。
……ここまで書くのに時間かかって、タイトルの「岡部芳幸と北日本(とトランプ)」の「〜と北日本(とトランプ)」の部分がもうワケわからんようになっております。いずれたいした話ではないので思い出すのはヤメました。とにかくなんともいえないひとときを過ごさせていただいて、JRA輪友会のみなさん、どうもありがとうございました。 |